今後の予定
鹿と川魚、水を積み込んでバスは出発した。
男たちは優らが去り際も呪いの言葉を吐き出していたが、声を上げればそれだけゾンビが近づく可能性があるのに奇特なことだと優は肩をすくめた。
少なくとも銃声で集まる可能性はある。
優の予想通りにゾンビは成長しており、最初は気にもとめていなかった音であっても、そこに人の姿を見出せば集まるようになっていた。最近では銃声だけでなく、車のエンジン音や煙にも反応し始めている。
「しっかし、胸糞の悪くなる連中だったなぁ」
いまだ怒りが覚めやらない様子で、滝口がバスのつり革に掴まりながら呟いた。
「久々に他の人間にあったってのに、あんなのしかいねーのか」
三ヶ月あまりが経ち、滝口にとっては拠点以外の人間とは久しぶりの遭遇であった。
大高市には自分たち以外いないのではないかと思いかけていた矢先であったが、それがあんな山賊まがいであったことに、苛立ちがつのる。
「ああいうのばかりではなく、きちんと生活している人たちだっているだろうさ。ただ、あれが特別だっていうのはまた違うけどね」
ゾンビの拡大に伴う、治安の悪化は全国的に発生している。
食料がないため、スーパーなどで物資を手に入れるしかない。
けれど、その数は限られている。
そのため、必然的に奪い合いの様相を呈すると言うのは何も特別なことではない。
本来であれば、それを押さえるべき役目である警察も自衛隊も今は手が足りない。
「水は低きに流れるというからな。特に強い武器を持てば、相応の自制心がなければ容易に人は変貌してしまう」
ましてや、ゾンビが街中に溢れる異常な事態だ。
それまでの価値観など一夜にして崩壊している。
無理からぬ事と言えば、その通りであるかもしれない。
「やくざに山賊って――なんか、本当に出会いの運が悪いよね」
バスを運転しながら、日原が苦笑混じりに呟いた。
バスは山道に至る山道を下り、田舎道を走っている。
この辺りはゾンビの数は少ない。
音に気づいたゾンビが遠くから姿を見せたが、近づくことはなく遠巻きに見ている。
優は流れるバスの窓から、それを見ながら小さく眉をしかめた。
今までであれば、人間を目撃すればすぐに駆け寄ってきたはずだ。
もちろん、走るバスにゾンビが追いつけるわけがない。
だが、いまは。
「近づいてこないね。なんで、見ているだけなのかな」
「たぶん、追いつけない事を理解したのだろう」
優が眉をしかめながら、明日香の問いかけに答えた。
驚いたように目を開く明日香に向けて、優が肩をすくめる。
「やっぱり成長しているんだね」
「ああ。いまはまだ追いつけないと言うことを理解しているだけだが。そこから、どうすれば追いつけるのかまで思いつかれれば、とんでもない事になるな」
出来れば、彼らの成長力がそこまでないことを祈るばかりであるが。
もし、彼らの成長がとどまることを知らなければ――厄介なことになると優は心中で呟いた。
Ψ Ψ Ψ
優らの拠点とする大高都市銀行は、街の西北に位置する一角だ。
街を東西に分断する幹線道路――大高山近くの田舎と幹線道路側の住宅街の境にある場所に存在していた。
元々畑や空き地が多かった田舎にはゾンビの数自体は少ない。それでも山道から銀行までの道のりで何度かゾンビを見かけることはあったが、銀行付近では見かけることがなかった。
三ヶ月前の掃討戦が原因だろう。
あれ以降、銀行の近くでゾンビの姿はほとんど確認されていない。
街の中央に行けば食料は豊富であって、わざわざ人気のない田舎道まで歩くゾンビは少なく、そのゾンビも発見次第に即座に襲撃して、滞留することを防いでいる。もし人が増えれば、ゾンビも比例して増えるであろうが、周辺に買い物施設もない場所に来る者もいなかった。
バスが裏道を通り、駐車場へと向かえば――駐車場の入り口は大型トラックによってふさがれている。その前で一時的に停車すれば、銃を持った優が先頭で降り立ち、続いて滝口が大型トラックと入り口の隙間から入り、運転席に座る。
キーはダッシュボードの中だ。
差込みゆっくりと後退させながら、入り口を開いていった。
「お、無事帰ってきたようだな」
駐車場にいた浜崎が、嬉しそうに振り返った。
待機していたのは浜崎ら第二調達隊の面々だ。
どうやら現在は訓練中だったようで、駐車場内では秋峰琴子と遠藤剛が戦っている。
琴子はナギナタを、そして遠藤は小型の槍を使う。もちろん木製のもので、刃先はついていないが、それでも打ち合わされる音と表情は真剣そのものだった。
「足元がお留守よっ!」
と、トラックの移動に気づけば、琴子がナギナタを振りぬいて足を払った。
軸足を跳ね上げられ、転べば、差し出されるナギナタの前に遠藤が悔しげに負けを認めた。
「あー。いけると思ったのに」
「動きは良くなってきているけど。まだ考えがついていってないわね。もっと相手のことを考えて、効率的に攻撃しないと。力任せじゃだめよ?」
倒れた遠藤にアドバイスしながら、琴子が額の汗を拭った。
拠点人員の中で唯一、武道をたしなむ琴子は敬三と同様に教える立場でもある。
もっとも宮下敬三による軍隊式の訓練とは別の意味で、厳しい訓練であると有名なのだが、それは彼女の性格によるところも大きいかもしれない。
同じく、彼女の手によって鍛えられた滝口と宮下が同時に顔を引きつらせていた。
「頑張ってるようだね」
「鍛えておくことにこしたことはないからな」
出迎えた浜崎と並び、優は先ほどの件を思い出して、小さく頷いた。
強くなったと思う。
わずか三ヶ月ばかりではあるが、濃密な時間を過ごしている。
誰もが守ることを望み、自らの弱さを知った三ヶ月前。
二度は経験したくないが、やくざとの戦いは確実に彼らを成長させていた。
成長するのは何もゾンビだけではない。
三ヶ月前であれば、滝口が銃を握る男の背後から近寄ることも出来なかっただろう。
浜崎の次に大きい滝口は、ナイフを使った接近戦では大きく成長を見せていたし、他の面々も同様だ。自分なりの武器を見つけ、強く成長している。
もっとも、宮下は食い物の知識という別の成長を遂げていたが。
「で。そちらの方はどうだった?」
「ああ。いろいろ収穫があった、おろすの手伝ってくれ」
バスは、滝口が開いた入り口から既に駐車場へとゆっくり進入している。
同時にトラックが再び入り口を塞げば、その脇に停車した。
まず、最初にバスから降りたのは宮下だ。
背後に山菜を担いで、その両手には二つのポリタンク。
「まず水が三十リットル――あと、山菜が籠一つ分」
次にポリタンクを一つと、クーラーボックスを肩に担ぐ日原が姿を見せた。
「あとは川魚が十匹。全員分はないけれど、ま、一人半身くらいかな――あと、中に鹿が入ってるから、それを降ろすのを手伝ってくれるか?」
「しか? あの奈良とかにいる」
「野鹿だけどね。運よく遭遇できた」
「それは凄いな、久しぶりの肉だ――みんな喜ぶぞ。おい、今日は肉があるらしい、おろすの手伝え」
「まじっすか!」
倒れていた遠藤が飛び起きれば、嬉しげにバスに駆け寄っていく。
実に数ヶ月ぶりの新鮮な肉である。
冷凍でも加工でもない肉が食べられると思えば、喜びも大きい。
遠藤が顔をほころばせながらバスに駆け寄れば、開くドアから降りてきた明日香がいた。
銃だ。
見たことのない銃を肩に下げて、バッグを担ぐ二見明日香がいる。
遠藤が笑顔のままに、硬直した。
「あとは、銃を一丁に、猟銃の弾薬を百発ってところか」
それを見ながら話す優に、明日香に向けられていた視線をゆっくりと優に向けなおし、浜崎が問いかけた。
「お前らはいったいどこまで買い物にいってたんだ?」
Ψ Ψ Ψ
「なるほど」
五階の支店長室で、浜崎が納得したように頷いた。
最上階にある支店長室は、現在では執務室と言った様相を呈している。
方針の決定、あるいは雑務をこなせるように様々な書類が書棚に並び、中央には大きな机が運び込まれ、そこにやはり大きな地図が置かれている。支店長用の机にはノートパソコンが置かれ、起動していた。
元々は広い部屋であったが、荷物が増えて現在では大きいという印象はなく、逆に狭く感じてしまう。
そんな空間の中で、浜崎隆文と今宮優は向かい合って座っていた。
内容は本日の調達に関する話題だ。
日頃は互いの隊での情報交換という意味合いが強く、笑いを伴った話し合いであるが、今回ばかりは浜崎も深刻な表情でその報告を聞いている。
「それは無事で良かったが。次回も無事であるという保障はないな。今回は今宮がいたが、もし二見だけだと思ったらぞっとする」
言葉に想像したのか、優が酷く嫌そうな顔をした。
いかに狙撃の腕があがったとしても、女性の力では男性に勝てるわけもない。
技術に勝る琴子はともかくとしても、明日香では容易に押さえ込まれてしまうだろう。
同意の意味で頷きながら、小さく息を吐いた。
「でも、対処はこれまでと同じく単独行動は避けるくらいだね」
「治安の悪化はテレビでもやっていたが。こうも現実を見せられると悲しくなるな」
「仕方がない側面もあるけれどね。発生してから三ヶ月も進展がなければ、誰だって余裕もなくなる」
「仕方がないで犠牲になる人間はたまったもんじゃないがな」
「それはそうだ」
と、優は肩をすくめた。
「ま。治安の悪化自体はある程度は予想されていたことさ。だから、この三ヶ月間は避難所や人の集まる中央は避けていたわけだけれどね。問題は――今後だね」
「今後?」
尋ねる浜崎に、優は静かに立ち上がった。
執務机の横を抜けて、向かうのは中央に置かれた大きなテーブルだ。
大高市内の地図が書かれた西北に、青い丸がかかれている。
この拠点の場所だ。
その他にも地図にはいくつかの色で丸印や×印が書き込まれていた。
色分けされた地図を見ながら、優はそうと小さく頷いた。
「いつまでも拠点だけにずっといるわけにもいかないだろう?」
「駄目なのか?」
「別に拠点を離れるというわけじゃないさ。ただ、そろそろ他に生き残りがどうなっているか確認するくらいの余裕はできたかなと思ってさ」
優の後ろから地図を覗き込んでいた浜崎が、怪訝そうな表情を浮かべる。
先ほどまで心配されていた治安の悪化と真逆の方向ではないのだろうか。
そう述べる浜崎の表情に、優は苦笑して見せた。
「悪化しているといっても、全員がそうではないだろう。冷静な人もいるかもしれないし、あるいは政府関係の人間だっている。そういう人と情報を交換するってのは、決して無駄なことじゃないだろうね」
「その人間が善人であればいいんだがな」
「そう。だから、問題は今後どうするかということになる」
Ψ Ψ Ψ
「物資は今のところある程度の余裕はあるし、訓練を経てみんな成長した。そろそろ次のことを考えてもいいかもしれないと思ってね」
「つまり情報を集めるってことか」
優はゆっくりと頷いて、テーブル上の地図に目を向ける。
拠点に引かれた青い丸。そこから視線をたどれば、街の中央には赤い×がついた場所がある。
大高市立中学校。
そこが大高市でいう、広域避難場所に設定された一角である。
しかし、通常であれば広域避難場所は役立ったであろうが、ゾンビの襲撃という予想外の事態で、すでにそこは避難場所ではありえなくなっている。街の中央という理由もあったのであろうが、避難した人間が全員無事だったわけではない。
おそらくは病院同様――あるいは人が詰め掛ければ、それ以上に酷い状況になったのだろう。その後に繰り返されるラジオでは、それ以後一切避難場所としての登場することはなかった。
赤い×――それは物資があると予想されるが、危険も予想される場所の意味である。
同様の×印は商業施設のシルフィや病院にも書き込まれていた。
「ラジオだと避難民は、こことここに集まっているようだな」
そう言って指し示したのは二箇所の三角印だ。
黄色い印に書き込まれた地図が意味するのは、大高市立小学校と大高公民館の二箇所。
小学校の方こそ街の中央であったが、公民館は街の北側、住宅街に位置している。
発生から三ヶ月――情報自体が完全に失われたわけではない。
政府も馬鹿なわけではない。
情報がなければ大混乱に陥る――すでに混乱はしているものの――可能性を考えて、ライフラインのほかに放送局にも部隊を展開している。テレビこそすでにチャンネル数は国営放送と他に数箇所しか存在せず、それら全ては全国区のニュースしか報道していないが、ラジオは違った。
発信こそ途切れがちであるものの、それぞれ地方ごとに必要な情報を流している。
その中で浜崎があげたのは、現段階において救助を待つ避難所の名前である。
その存在を知ったのは二ヶ月前のことだ。
それまでは救助が来るまで外出を控えるようにとの放送が、さすがに一ヶ月も経てば外出を控えることが難しいという結論に落ち着いたのだろう。
あるいは暴動が増え始めたということにも原因があるかもしれない。
仮に合同の避難所を確立し、そこに集まるように放送が流された。
そこがいまどうなっているかはわからない。
放送を聴いた優であったが、避難することを避けたためだ。
理由としては、最初の広域避難場所のように集まることでゾンビが発生することを恐れたこともあるし、人が集まればより面倒ごとが増えそうだという個人的な理由でもある。
結論としては様子見を選択した。
無論のこと他のメンバーに対しては、避難場所に移動するならば安全に送り届けるという事を伝えたが、誰一人として避難場所に移動する人間はいなかった。
三ヶ月が経って、いまだラジオで放送していることは優が恐れていたゾンビによる避難所の占拠が防がれたということでもあったし、逆にいまだ救助がされていないという事でもある。
それが喜んでよいことか悪いことかわからない。
「何でさっさと救助しないんだろうな」
「運ぶ場所がないんだろう。一部では安全区域を作っているといってはいるけれど、全国からそこに人を集めればどうなるか予想もつく。ならば、それぞれの避難所に物資を配給した方が楽だろうし、何より安全な区域が汚染される心配もない」
「結局、逃げた先も地獄ってわけか。これは長引くな」
浜崎の言葉に、優は同意するように頷いた。
「まだ配給が届いている分だけマシだろう。さらに長引いて配給まで途絶えたらどうなるか。そう考えると、連絡をつけるなら今しかないともいえる」
「でも、理由はそれだけじゃねーだろう?」
優の表情に皮肉げな微笑が浮かぶのを、浜崎は見落とさなかった。
こういう表情をするときには、それ以外の可能性も考えている。
三ヶ月の付き合いで、それくらいはわかるようになっていた。
「ま。暴徒化されて、こちらに敵対するようなら今のうちに武器や人数くらい把握したいと思ってるけれどね」
「相変わらず、鬼だな。だが、俺は賛成だ。後は、他の奴らの意見次第だな」
ああと頷く優に対して、浜崎が渋い顔を作りながら、苦笑を浮かべた。
Ψ Ψ Ψ
夕食はフキの佃煮と川魚の塩焼き。
そして、鹿の焼肉に、白米と味噌汁に漬物だ。
それは普段であれば、それほどに豪華な食事ではない。
けれど、生鮮食品が手に入らなくなり、レトルトや加工食品が増えてからは久しぶりに豪華な食事ともいえる。
並ぶ料理を前にすれば、誰もが子供のように目を輝かせていた。
「さて、食べようか。いただきます」
「いただきま――もが、うめっ!」
叫びながらほお張ったのは、宮下だ。
肉とともにご飯を口に入れ、呆れたように祖父から苦言を呈されている。
くすくすとした笑い声を前にして、それぞれが箸で料理を口に運んだ。
「いや。ほんと上手い。うちの母ちゃんなんか、味噌汁作ったら味噌煮込みになっちま――あでぇっ」
「黙って食べな、信二」
箸でわき腹を刺された滝口信二が悶絶した。
騒がしい夕食だ。
テーブルの上に備え付けられた蝋燭が、一人一人の顔を揺らがせている。
新鮮な食事の前に、誰もが笑みをこぼし、幸せそうであった。
もっとも、食事の時に騒がしいのはいつものことであったが。
話は多岐に及ぶ。
琴子と明日香が話すのは、本日の調達の件だ。
鹿を仕留めたことを話せば、琴子は自分のことのように喜び、話題が山賊まがいの男たちに及べば、やはり自分のことのように怒り出した。
「最低ね。私も行けばよかった」
「だ、駄目だよ琴子。人殺しは」
「さすがに殺しはしないわよ」
「いや、殺されると思うぜ。てか、今日俺は何回か殺されかけたし」
「何かいった、遠藤?」
「あ。いや、何も――」
慌てたように、遠藤が味噌汁をすすった。
小さく膨れながら琴子が鹿肉を摘む。
少しの臭みはあるが、胡椒が利いており、気になるほどでもない。
ご飯と一緒に口に入れれば、ほのかな甘みが食欲をそそった。
おいしっと小さく笑みをこぼし、
「でも、まさか肉が食べられるとは思わなかったなぁ。次の調達も山にしてみる?」
「ああ。それなんだが――」
尋ねられた浜崎が、言葉を濁して優を向いた。
優が小さく頷いて、言葉を繋げる。
「次の調達は、ちょっと避難所を見てみようと思うんだ」
「ひなんふぉ?」
「母ちゃん。せめて口の中のものを食べてから、しゃべってくれよ」
「うるふぁいな」
んぐんぐと、滝口鈴がお茶で流し込み――疑問の言葉を続けた。
「避難所って。何でいまさら?」
その意見は、誰もがそうだったのだろう。
二ヶ月前に避難所が発表された時点ならいざ知らず、今現在行く意味がない。
仮に物資が少なくなっているのならばともかくとして、現段階において逼迫する状況ではないだろうし、調達自体も上手く行っている。
わざわざ危険を冒してまで向かう場所ではないというのが、周囲の認識であった。
「浜崎には話したが――」
そう言って、優が先ほど浜崎に話した理由を話せば、周囲から納得の声があがった。
もっとも、それに対する意見は様々だ。
お茶を置いた高木の父――高木秀介がまず同意したように頷いた。
「確かにずっと単独でというなら話は別ですが。そうも行かないでしょうし、この辺りで協力できることがあれば、それにこしたことはないですね」
「けど、それは協力できるという前提の下でしょ。今日もテレビでやってたけど、関西の方の物資集積所が暴徒に襲われたってニュースやってたわ。下手に手を出して、こっちの物資を狙われても困るもの」
「けどよお。それを心配してたら、結局何にもできねーんじゃねーか?」
日原正則が川魚の骨を齧りながら、呟いた。
「でも、実際に山賊のようなことをする人もいるからね」
「さすがに配給されている避難所で、そこまで酷い人もはいないと思いますけど」
様々な意見が繰り広げられて、納得や否定の意見が重なる。
賛成派の意見は、単独での行動には限界があるだろうというもので、逆に反対派は協力への危険性からだ。
特に優たちは現状においては物資に困っていないという点も、大きい理由であろう。
ほぼ半数程度の意見はしばらく続き、そのまとまりのない様子に琴子が苦笑する。
「相変わらずまとまらないけど――結局、今宮はどうしたいのよ」
「個人的には連絡をとるのは賛成だ。味方になるにしろ敵対するにしろ、こちらから先に情報を集めることに意味はあると思う。もし危険であるというのならば、何もしない方が危険は大きいと思う」
優の言葉に、反対の意見を述べていたものも、少し考えて頷いた。
見つかるリスクは高まるだろうが、何も知らない危険性のほうが大きい。
まだ配給が支給されている現段階が最善といわれれば、納得せざるを得なかった。
「すぐにどうというわけではないけれど。そうだな、調達隊の精鋭で確認に向かうというのは間違いじゃないと思う」
「わかった。じゃ、メンバーは俺と今宮、あとは滝口と」
戦闘力だけで言うならば、琴子と滝口鈴が今宮と浜崎に続くのだろう。
だが浜崎の視線が周囲を泳いだのをみて、琴子が眉間に皺をよせた。
不機嫌な表情だ。
「ちょっと私をはずそうとしてるでしょ?」
「いや。そういうわけじゃないが――今日の件もあるしな。相手がどれくらいいるかもわからなけりゃ、危険も大きいだろう」
「大きなお世話よ。だからこそ、各隊の精鋭が必要なんでしょう?」
困ったように浜崎が頭をかき、説得を求めるように優を見た。
優は諦め気味に苦笑している。
「上手い理由が見つかればいいんだけれどね。ま、最初から戦闘に行くわけじゃないんだ。女性もいた方が相手の警戒も薄れると思うよ。心配しなくても、君が守るのだろう?」
「そ、それはそうだろうが」
「あら、それならあたしは優くんが守ってくれるの?」
「誰も子持ちの年増には興味ないと思う」
「ちょ、ちょ。いま何て言ったのっ!」
しれっと毒を吐いた弓奈の言葉に、鈴が指をさして立ち上がる。
弓奈はどこ吹く顔だ。
連れて行かれないのが悔しいようで、むっとしたようにフキの佃煮を食べている。
「なんか、先が思いやられる」
困ったように頭をかく優に、隣で明日香が小さく笑った。
「私もいけないのは残念だけど、気をつけてね」
「ありがとう」
救われたように微笑を浮かべ、優は残っていたご飯を口に入れた。