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山菜とり



 六月中旬。初夏の季節となって、幸か不幸か問題となっていた二酸化炭素による地球温暖化作用は、一先ずの解決を見たらしい。

 動く車は少なくなり、工場もまた稼動を止めている。


 発電に必要な燃料も少なくなり、二酸化炭素の排出量はおそらく前年の半分以下となっているだろう。もっとも、それに伴う日常生活の不便さは半分では利かないであろうが。

 とはいえ、地球温暖化作用がなくなったとはいえ、すぐに冷えるわけでもない。


 今年の夏は去年よりも暑いという毎年恒例の愚痴は既に聞こえ始めており、いまだ夏に突入したばかりであるのに、厳しい暑さは続いている。

 早くも三ヶ月が経過した。

 期待されていた政府による作戦は難航を極めているようで、一部の地域では制圧が行われ、そこを仮の居住区として生存者の避難が行われていたが、日本全体としては微々たるものだ。海に囲まれ、もとより人の少なかった離島が多くの拠点となっていたが、そこにたどり着くまでの経路確保が難しい。


 本州などの一部の地域を奪還し、そこから輸送しているそうだが、少なくとも大高市周辺に輸送用地はできていなかった。車で移動すれば何とかなるかもしれないが、移動をすれば必然的に危険性も高まる。都心に近づけば近づくほどにゾンビの姿は多くなり、逆に都心から外れれば外れるほどに、輸送拠点は遠くなった。


 避難は遅々として進まず、逆にゾンビの数だけが増大していく。

 この状況でわずかに期待していたゾンビの餓死も、期待はずれに終わった。

 三ヶ月が経過してもなお、彼らの食欲は旺盛であったし、動きが鈍ることもない。

 それが食料によるところなのか、あるいは本当に死人だというのか。

 人間にはわからなかったし、人間をやめたゾンビはそれを教えてはくれない。

 

 即ち、街が死者のものへと様変わりしていた。

 

 Ψ Ψ Ψ


「お――フキ、発見。でも成長しすぎだなぁ。もう少し小さけりゃ」

 大きく成長したフキに、宮下洋平は少し残念そうな声を上げた。

 滝口信二が背後から覗き込み、不思議そうな声をだす。


「大きくなった方がいいんじゃね?」

「ばか。フキは成長しきる前がおいしいんだよ。成長したら固くなるし苦味も増える」

「何で、そんなに詳しいんだ?」


「調べたからに決まってるだろ。もう、うまいもんを食べるにはそれしかねーからな。じいちゃんにもいろいろ教えてもらった」

「なんていうか、相変わらず食べ物に対する努力は惜しまないなっ」

「はいはい、滝口はしゃべってる暇あったら先に水を汲んでよ」

 いそいそと、山菜の一種であるフキをかき集める宮下の背後から、日原昌司のため息が聞こえた。


 川だ。

 大高市の北側にそびえる大高山――その山中で湧き出す川べりに彼らはいた。

 岩肌からは水が流れ、集まった水は麓へ流れていた。

 それは途中でいくつかの川へと合流し、最終的には海へと流れ込む。

「お、わりぃっ」


 滝口が気づき、自らも空のポリタンクを二つ――川へと沈めた。

 どぼん。

 小さな音を立てて、それが沈めば滝口は重石を置いて、近くの石に腰を下ろした。

 いまだ宮下はフキをせっせと刈っては、かごに入れている。

 麓ではじわりと湿気のある空気も、山の中腹まで来れば涼しいものだ。


 川べりということもあり、清涼感のある空気が流れている。

「なんか、このまま寝てーなぁ」

「せめて、準備してからね」

 気持ちの良い天気に大きく伸びをした滝口に、苦笑しながら日原はバッグをあさった。

 釣竿だ。

 それを二つ取り出せば、一つを滝口に渡しながらなれた手つきで釣り針を結ぶ。


 昼食代わりのおにぎりの米粒を餌にすれば、それを投げ入れた。

 遅れること数分、同じように滝口が釣り糸をたらせば、あとはやることはない。

 竿を岩の間に入れて固定をすると、滝口は石を背に、大きく伸びをした。

「のんきだね。見張りは?」

「こんな山の中までわざわざ来るかよ。それにあいつがいるしな」

「わふ」


 呼ばれたと思ったのか、白斑模様の犬――ファットが顔をあげた。

 元々狩猟犬ということもあって、ファットは匂いには敏感だ。

 特に攻撃的なフィアよりも、臆病なファットは嗅覚に優れており、ゾンビが来れば真っ先に後ろに下がる。それがのんきに水を飲んでいる事が、安全な証明でもあった。

「何でもないよ」


 と、小さく声をかければ、遊んでもらえると思っていたのか残念そうに再び川に顔を付け、ちらりと確認するように、もう一度顔をあげた。

 悲しそうだ。

 その人間味あふれる様子に、日原は小さく笑った。


 Ψ Ψ Ψ


 食糧確保は何もスーパーやコンビニだけではない。

 確かに、現代の日本であれば大部分の食料はそこで手に入る上に、保存食も豊富だ。

 しかし、そこにしかないわけではない。

 川に行けば魚がいるし、山林には山菜やキノコの類も豊富だ。


 開発が進み、自然の数は減っている。

 しかし、完全になくなったわけではない。

 当初の予定通りに二つに分けられた調達隊は、順次、街で食料や資材を確保するとともに山へも足を運んでいた。


 もっとも食料が調達できる場所に至るまでは徒歩で山を登らなければいけないため、疲れる上に時間もかかる。途中でゾンビと出くわせば、すぐに逃げ出すことは不可能だ。しかし、街へと繰り出せば、それはそれでゾンビとの遭遇確率は格段に増えるため、どちらが良いとは一概には言えない。

 どちらにもメリットがあり、デメリットがある。

 川に到達後、水組みを三人に任せれば、今宮優と二見明日香は周辺の散策に向かっていた。


 水がなくなったわけではない。

もちろん完全に通常通りとまではいかないものの、いまだ水やガスは供給されていた。

 蛇口をひねれば水が出るし、シャワーも使える。

 ライフラインの防備は優先されているらしい。

 もっとも、それもどこまで信頼できるかというのが、優の本音のところだ。


 ゾンビ感染が拡大すれば、いずれ全てを守りきることは難しくなるだろうし、メンテナンスをする人材や燃料が足りなくなる日が来るだろう。

 その時に何の準備もないままでは、困ることは明白だ。

 だから、少しでもライフラインを出来る範囲で確保するように優はしていた。

 水の調達場所を確保し、燃料や木材も運び入れる。


 電気自体は直接的な確保が難しいものの、幸いなことに太陽光発電がある。

 長期的な運用は不可能でも、短期的に困ることはないだろう。

「今宮君、これ食べてるの?」

「ああ。それは食べられる、そっちは毒――で、こっちは、たぶん大丈夫」

「大丈夫だけど、捨てるんだ」


「たぶんって言ったろう。明確な毒キノコの見分け方なんてないし、知っているキノコだけとっておいた方がいいさ」

 三ヶ月が経って、優達は三年生になった。

 もっとも、学校自体は二年生以降から近づいていないため、三年生と呼ばれる学年になったというべきだろうが。


 黒色のTシャツとジーンズに身を包み、猟銃を肩に担いだ優は既に六月の時点で日に焼けており、もとより細く伸びた二の腕が一層引き締まって見える。

その隣に並ぶ明日香も、それまでの女性らしい体つきはそのままに、露出している両腕にはしっかりとした筋肉が付いていた。

 持つのは弓だ。

 背後には矢の入った矢筒が背負い、そこから伸びた紐が豊かな胸の前でクロスして、二つのふくらみを強調している。


 と、優の足が止まった。

 草を踏みしめる音がやめば、緊張したように明日香も足を止める。

 余計なことは聞かず、自らも周囲を観察し始める。

 その隣で優が慎重に周囲をうかがえば、やがてゆっくりと姿勢を低くした。


 同時――明日香も姿勢を低くすれば、ゆっくりとした動作で矢を一本抜き出す。そして、片方の手で小さく口の前に指を持ち、噛み付くような動作をした。

 ゾンビ?

 との、声にならない問いかけに、優は首を振って違うと示した。

 ゆっくりとした動作で草を掻き分けながら、進む。


 開いたスペース、そこで――鹿が草を食んでいた。


 Ψ Ψ Ψ


 距離は二十メートルほどだろうか、近いわけではないが遠すぎるわけでもない。

 幸いなことに位置は風上であって、いまだ鹿は気づいた様子もない。

「久しぶりの肉だな」

 優がそこでようやく小声を出した。


 うんと、明日香も頷いてみせる。

 すでに冷凍食品や加工食品を除き、生肉の類は姿を消していた。

 一部冷凍しているものもあるが、傷みがあるものも多い。

 店に牛肉が入荷されなくなって三ヶ月――新鮮な肉は久しぶりのことだった。


「いけるか、二見?」

「もうちょっと近づければ――」

「なら、これを」

 優が音を立てないように渡したのは猟銃だ。

 驚いたように明日香が目を開いて、いいのと尋ねる。


 まだいくらか余裕があるとはいえ、弾は貴重だ。

 簡単に補充することは出来ないとの問いかけに、優は小さく笑った。

「肉は久しぶりだしね。それにこんな時に使わなかったら、まったく使えなくなる。幸い山でゾンビも近くにいそうにない。二見も撃つの久しぶりだろう。練習がてらにどうぞ」


「みんなの期待がつまった練習なんて、緊張するだけだよ」

「大丈夫さ。得意だろ?」

 そう言われれば、明日香は普通だよと小さく笑った。

 普通ではないだろうと、優は内心思う。


 先のやくざ二人による敗戦以後、特に調達部隊の間では訓練がはやった。

 それは彼らが再び現れても負けることのないように。

 二度と負けないようにと、浜崎隆文が秋峰琴子に武術の動きを習い始めたことがきっかけであったが、その思いは他の人間も同様であったらしい。


 それぞれが訓練を始めれば、それに旧日本軍の軍人であったという宮下の祖父も同調して訓練を請け負った。それは軍隊式の厳しいものではあったが、誰一人弱音を吐くことも乗り越え、宮下敬三のぎっくり腰という犠牲はあったものの、全員が著しい成長を見せていた。

 特に、明日香は接近戦こそ才能はなかったものの狙撃に関しては才能があったらしい。


 弓はもちろんのこと、銃の腕でもすでに経験者の宮下敬三を抜いてしまっている。

 だから安心して彼女に猟銃を渡せば、明日香はなれたように猟銃を構える。

 緊張すると口には出したものの、その表情は真剣だ。

 照準を合わせれば、ポンプ引き込む。弾丸が装填されるとともに、気づいた鹿が顔を上げた。

 刹那、一発の轟音が鳴り響いた。


「お見事」

 と、感心したように優は言葉に出した。

 装填音とともに撃ちだされた弾丸は、音に反応した鹿の速度すらも上回り正確に頭部を撃ち抜いていた。血が爆ぜてゆっくりと倒れる鹿を見れば、大きく息を吐き出して明日香は緊張を解いていた。

「やっぱ緊張するね」


「それで仕留めればたいしたものだ」

 二十メートルの距離とは言え、装填から射撃まで一連の動作は精密なものだ。

 装填の際にわずかに銃口がずれれば、弾は明後日の方向へ飛んでいくだろう。

 そう簡単に弾は撃てないが、弾を込めていない状況で装填から射撃までを繰り返し訓練しなければ身に付かない動作だった。


 ただ才能があっただけではなく、その小さな手には豆が潰れた傷跡があり、今も何枚かの絆創膏を巻いていた。

 倒れた鹿へと向けて、歩き出す。

 その足が止まる――枯れ草を踏みしめる音とともに、声が響いた。

「大人しく武器を捨てろ!」




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