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銀行での戦い5



 空気が固まった。

 突然の言葉に、驚きをもって優は柴村を凝視した。

 その変化に、実に楽しそうに柴村は笑った。


「何驚いてんだ、おめー今宮っていうんだろ。やくざも黙る今宮兄弟っていやぁ、そりゃあ、こっちの世界じゃ有名な話だぜ?」

 からからと楽しそうに俯きながら、小さくため息混じりの言葉を吐き出した。

「それに借りもあるしな」


 どこか寂しげに柴村は笑う。

 だが、それは一瞬、誰にも気づかれぬよう表情の奥に隠して、優を見上げた。

「知ってるのか、親父を?」

「知ってるも何も、十年前にム所に俺をぶち込んだのはてめぇの親父だ。知らないわけがねーっ」

 吐き捨てるように呟きながら、手をひらひらと振った。


「あの親にしてこの子供ありか。そりゃー容赦がねーわけだ」

「……なるほど」

 いつの間に駐車場へと現れていた山崎が、口にした。

 すでに長ドスは背後へとしまい込まれている。

 どこか物珍しそうに山崎に見つめられ、優は困ったように頭をかいた。


「自分の知らない親父の姿を語られるのは恥ずかしいもんだ」

「語れるほど俺も知っちゃいねー。自分を知られるのがきれーな奴だったからなぁ」

「ほんと、今宮くんみたいな人だったんだね」

「二見、それはどういう意味だ」


 背後から近づいた明日香が驚いたように声を上げれば、優が苦笑混じりに問い返した。

えっと、容赦しないところとか。自分を表にださないところとかと指折り数える様子に、柴村は笑った。

 それまでの嘲笑とは違う、どこか楽しげな子供のような笑い声だ。


「笑わせんぜ。はん――行くぞ、山崎。これ以上、餓鬼にかまってる暇はねぇ」

 ひとしきり楽しげに笑い終えれば、立ち上がった柴村がふと手にした銃を投げた。

 それは高木秀介から奪った拳銃で――投げられたそれを受け取れば、すでに柴村は駐車場の入り口へと足を進めている。

「こっちの弾はもらってくぜ、手間賃くらいもらわねーと割りにあわねぇ」


 自らが持ってきたデザートイーグルを一度振れば、柴村は山崎とともに歩き出す。

 誰も声をかけることなく、その背を見つめている。

「ああ。そうそう――」

 その足が止まった。


 倒れ付すゾンビの屍の中で、一度足を止めて、ゆっくりと振り返った。

 丸いサングラスをゆっくりと中指であげると、入り口に立つ優を見る。

「てめぇは俺が殺してやる。だから、次に会うまで死ぬんじゃねーぞ」

 それは彼の本音であったのだろうか、あるいは死ぬなという警告であったのだろうか。


 ただただ、真意はわからず、優は苦笑を浮かべた。

「死ぬつもりはないさ。殺されるつもりも、ね」

「それでいい」

 柴村は再び、ゆっくりと街へと向けて歩き出した。


 Ψ Ψ Ψ


「終わったの?」

 柴村たちの姿が、遥かかなた視界から消えて、明日香は問いかけるように優に尋ねた。

 誰もがそれを信じられないように見ている。


 勝った――とはとても思えない。

 それほどまでに彼らの実力は大きく、今にも現れて殺されるのではないかという不安の方が大きかった。

 緊張したような面持ちとともに、握り締める武器を離せないでいる。


「終わったよ。さすがに今日は戻ってこないだろう」

 苦笑しながら笑う優に、明日香がほっとしたように小さく胸をなでおろした。

 その動きがきっかけとなって、口々に安堵の声が漏れ出る。

 初めての戦闘に疲労を隠せず、疲れたようにその場に座り込み、遠藤と宮下は喜びを爆発させながら抱き合った。


 漏れ出る声は、歓声よりも安堵のため息が大きい。

 滝口鈴が疲れたように駐車場の縁石に腰を下ろせば、胸ポケットから煙草を取り出して口に咥えた。

「母ちゃん。むね、むね!」

「ああ。かすり傷よ、心配ないわ。それより火をつけなさいよ、信二」

「ちげーっ。傷とか火じゃねー」


 指差す滝口に、鈴は自分の胸元を見下ろして。

「あら……」

 それは山崎に切られた傷。

 一直線に割かれた――傷自体は深くもないが、服が切れている。


 その状態で座れば――豊かな二つの胸が見事に外に飛び出していた。

「サービス?」

「サービスじゃねーっ!」

「ちょっとそのままでいてください」


 視線を隠すように背にシーツをかけて、秋峰里美がしゃがみこんだ。

 消毒薬をガーゼに染みこませれば、手早く傷口を消毒していく。

「疲れたわ」


 万感の思いをこめて、けれどほっとしたように鈴は笑った。


 Ψ Ψ Ψ


「大丈夫なのか?」

「ああ。かすり傷といいたいが、ちょっと深い」

 琴子から手当てを受けながら、浜崎は苦い顔で振り返った。

 上半身を露出させながら、肩口に刻まれた傷に包帯が巻かれていく。

 上から覗き込むような優と視線があって、浜崎は息を吐いた。


「いいのか?」

「いいって?」

 問いかけられた言葉に、優は疑問を浮かべる。

「逃げなくても。こないとは言ったが、どこまで信用できるかわからん」


 そして、次には勝てるかどうかも。

 不安が浮かぶ表情の前に、優は理解したというように頷いて見せた。

「ま、信用できる言葉ではないけれどね。彼らにも言ったが、銃声の範囲のゾンビを一掃できたことは利点だろう。他から現れるにしても、ある程度の時間は安全を確保できると思うよ」


「ゾンビに対してはそうだろうがな」

 視線を屍に向けながら、浜崎は息を吐いた。

 そこはさながら戦場のようだ。

 鮮やかな赤と倒れ付す屍が大地に横たわっている。


 吹き抜ける風が、濃密な血の匂いを撒き散らし、ともすれば吐きそうにもなる。

 百人以上もの死体が倒れ付す様子は、ある意味では壮観とまで言えた。

 長く見ていたいものではなかったが。

「元々」


 と、浜崎の不安を感じて、優もまた視線を背後に向ける。

 視線の先はゾンビではない。

 歩き去った――二人の方向だ。

「逃げるということは出来るだけ避けたかった。今回のような事態は今後もあると思う。その度に逃げていたら、一箇所にとどまって生活することが不可能になる」


 定住が出来ないということは精神的にも肉体的にもきついことだ。

 安全な場所を探すということは何度も出来ることではない。

 そして、選択肢すらも狭めてしまう。

 それは避けたいと、優は首を振った。


「今回、逃げるという選択肢は、相手の情報が不明確だったということの方が大きい。相手が何人いるのか、そしてどんな武器を持っているのか。それがわからなければ、戦いようもない。だから、逃げるという選択肢を選ばざるを得なかった」

 浜崎の方へと視線を戻した優は、不安を拭うように指を立ててみせる。

 二つ。


「けれど、もう既に相手の戦力は把握済みだ。相手は二人しかいない」

「一人一人がとてつもなく厄介だがな」

「もちろん。一対一ではとてもかなわないだろうね」

 そう言われれば、浜崎としては苦笑を浮かべるしかない。


 全力で戦ったそれが、相手の本気の前には一瞬で。

「でも、一人がどんなに強くても、限界があるさ」

あの山崎にしても、狭い路地で左右から銃撃を受ければ、さすがに無傷ではないだろう。


 もっとも、それは仲間が力を合わせて戦うという選択肢があっての事だったが。

 自分だけじゃないと思えたから。

「だから、逃げない。もっとも――あちらもそれを理解しているだろうから、これ以上は戦わなかったんだろうけどね。だから、次に来るとすれば楽に勝てると思えるようになってからじゃないかな」


 従わせる仲間を作ったときか、強力な武器を手に入れたときなのか。

 それがいつになるかはわからないが、すぐではないことは確かだろう。

「そしてその時にはまた、楽に勝てないと思わせる力をつけていればいい」

「出来るかな」


「俺一人では無理かもしれないね。でも」

 優は見た。

 戦いを経験し、疲れたように――けれど、どこか嬉しそうに笑う仲間を。

 逃げるのではなく、仲間のために戦うことを決断した仲間たちを。


「力をあわせれば出来ると、そう思う」


 Ψ Ψ Ψ


「山崎ぃ、山崎ー。他の武器の隠し場所ってどこよー」

「港の方だ」

「それってシルフィがあるとこじゃね。もうゾンビやだぜ――もっと楽なとこがいい」

「山」

「いま向かってるのと真逆じゃね? つか、山に女がいんのかよ」


 その声は明るく響いた。

 アスファルトの大地を踏みしめながら、二人の獣は歩き続ける。

「てかよぉ。おめー、あの餓鬼気に入ったろ?」

 唐突な柴村の声に、山崎は視線を柴村に向けた。


 代わらない無表情を前にして、柴村は楽しげに笑う。

「とおりゃんせ歌って、何で寸止めなんだよ。仲間を人質にするとかお前の趣味じゃねーだろ。今までも問答無用で首をはねてただろーがよぉ」

「……」


「図星だろぉ?」

「はねていたら、無事ではすまなかった」

「は? 意味わかんねーんだけど」

「浜崎といったか。人間の首は飛ばしても、すぐには死なない。勢いで体が動くことがある。首を飛ばしたと同時に俺は捕まれて、一瞬だが動きを止められただろう」


「なんだ、そのホラーは。あるのかよ、そんな事がよぉ」

「……」

 呆れたように呟く柴村に、山崎は真剣な表情で頷いた。

「今までも何度か、あった。数えるほどしかないが、そういう人間もいる」


「一度でもあったら異常だぜ。ってかよ、それを気に入ったというんじゃねー」

「かもしれない」

「おめーが他人に興味を持つ何ざ、珍しい。槍でも降ってくるんじゃねぇか」 

「そちらは」


「あ?」

 柴村の眉間に皺がよった。

 睨み付けられても、山崎は微動だにせず、それを見ている。

 誤魔化されないという強い意志のこもった瞳に、柴村は諦めたようにため息を吐いた。


 こうなれば、梃子でも動かない。

「気にいったつーか。なぁ」

 困ったように柴村が頭をかいた。

「あいつの親父に捕まったってのは知ってんだろ?」


「十年間」

「そうそう、それでようやく出てきたと思ったらこんな事に――まーそれはいいんだけどよぉ。あの時」

 と、それまでの軽口が消えて、浮かぶのは感傷。

 どこか怒りをもって、そしてどこか寂しさをもちながら答えた。


「初めてだ。初めて、俺は勝てないと思った。ま、勝つ負けるなんざどうでもいい話なんだが」

「……」

「復讐ってわけじゃねー。ただ、あんなにあっさりと死んじまうとはよー。人が死ぬなんてどうでもいいが、もう勝つ事が出来ないってのは――」


 振り返り、小さく唇を曲げながら呟く。

 何かを言葉に仕掛けて、やがて迷ったように小さく首を振る。

「少し昔を思い出した――それだけだ」

「今宮誠司か。一度、戦ってみたかった」


「怪獣大戦争でも始める気かよ。見たくもねーな。ま、どうでもいい話はこれくらいでいーだろぉ――ぺちゃくちゃしゃべってる間にお客さんがきた?」

 姿を見せたゾンビへと、柴村は笑みを深めていった。


 長ドスが二刀、ゆっくりと引き抜かれた。



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