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銀行での戦い4



「今宮ぁっ!」

 叫び声とともに、優へと迫ったゾンビが弾き飛ばされた。

 それは一撃で吹き飛びながら、周囲のゾンビを巻き込みながらながら転倒。


 優を守るように、大きな背がゾンビの前に立ちふさがった。

 横から振り切られたナギナタの刃が、近づいていたゾンビの足をなぎ払った。

 琴子だ。


 ポニーテールを揺らしながら、ゾンビの群れを切り裂いている。

 何をしていると、今宮は手元の手斧を振りながら頭痛を覚えた。

 頭を抑えたくなる気持ちだ。


「なぜ逃げなかった」

 問いかけられた言葉に。

「いやいやいや。おまえ、馬鹿じゃねえの?」

 危ういところを鈴の日本刀によって、救われた柴村が呆れたように呟いた。


「ほんと、馬鹿じゃないの。何で、私たちが逃げると思ってるのよ」

「助けた意味がないだろう」

「助けられたさ」

 鉄パイプをゾンビに向けて振り下ろしながら、浜崎は呟いた。


「十分助けてもらった。だから、だから。少しくらい借りをかえさせろ」

「もう、助けられるかどうかもわからない」

「かまわない――お前を見捨てて逃げる方が嫌だ」

「一人を助けるために、三人が犠牲になるというのはどうかと思うがね」


「あら、三人だけじゃないよう、よ」

 ナギナタを振るっていた琴子が、小さく苦笑した。

 困ったなぁと言う表情とともに、どこか嬉しげで――。

「あーもう。言ったろう、だから車は人を引く道具じゃねーってんだよ」


「ごめんね、説教は後で聞くからさ。だから、だから、今だけは友達を守らせてよ」

 バスが突っ込んだ。

 それは駐車場の入り口に殺到していたゾンビの群れに接触、ハンドルを切れば、タイヤを一つパンクされたバスは、激しくスピンを続けながらゾンビを凪ぎ散らかした。


「やくざが何だってんだよ、ゾンビがなんだってんだ。く、黒夢をなめてんじゃねーっ!」

 叫んだのは滝口だ。バスの窓から放たれた猟銃が、ゾンビの群れに叩きつけられて血しぶきを撒き散らした。

 扉が開き、飛び出すのは武装した男たち。


 猟銃を――あるいは、大振りの鉈を手に次々にゾンビへと飛び掛った。

 正則が大きな斧を持ち、叩きつけるさまはまさにドワーフのようだ。

 力任せに流れる暴風が、周囲のゾンビを圧倒した。

「銃を持つなんて、中国以来だなぁ。んーと、こうかな」


 銃撃音が鳴り響いた。

 それは正確に後方のゾンビの足を吹き飛ばし、周囲のゾンビを巻き込みながら倒れていった。

 宮下敬三であった。

 猟銃を一つ手にしながら、慣れた手つきで再装填――そして射撃。

 撃ち込まれる弾丸が、正確に、ゾンビの群れを駆逐していく。


「じいちゃんが戦争に行ってた何て初めて聞いたぞ」

「これでも射撃の腕は小隊で一番だったんじゃぞ」

 肩をすくめる敬三の隣で、人のよさそうな高木の父ですら自動式拳銃を手に持ち、撃っている。それは正確さとは無縁であったが、群れで襲い掛かるゾンビは撃てばあたるという状況だ。打ち抜かれて倒れるゾンビが、周囲を巻き込みながら倒れていった。


「君たちは馬鹿ばかりか」

 逃げろと言った。

 そして、逃がしたはずであった。

 だが、だが、現実は。


「今宮くんを置いて逃げられるわけがないよ。今宮くんが戦うなら、私たちも戦うから!」


 Ψ Ψ Ψ


 バスから降りた二十二人。

 銀行にいた人間が誰一人としてかけることなく、バスが切り開いた駐車場入り口前に展開していく。殺到するゾンビの群れに対して一瞬も臆することなく、武器を向ける。

 二見陽菜や明日香、そして遠藤翔子や純子と言った戦いになれていない人間ですらも。

 誰もが戦うために、ゾンビの群れの前に立ちはだかっていた。


 手斧を止めて、優は頭痛を抑えるように顔に手を置いた。

 表情を隠すように。

 駆けつけてくれた仲間たちを死なせるわけにはいかない。

 手を離した優の表情には、もはや苦しさは浮かんでいない。


「全員、駐車場入り口にて敵を迎え撃つ。滝口さん、浜崎、秋峰、そして俺が最前列で敵を食い止める。他は後方から射撃と補助を――。疲労次第、すぐに後方と代われ、ゾンビから目を離すな」

 叩きつけるような言葉が全員の耳朶をうった。

「敵はおよそ百二十――殲滅するぞ」 


 言葉に、全員が応と声をあげて、背後に下がった。

 抜けた圧力にゾンビが幸いにと殺到するが――その首が舞い散った。

「行きは良い良い、帰りは怖い。それでよければ、とーりゃんせ?」

 山崎だ。


 全員がゆっくりと下がっている。

 それを見ることもなく、彼はゆっくりと、だが確実に前に進んだ。

 とおりゃんせを朗々と歌いながら振るわれる二本の銀線は、さながらまるで生き物のように動きながら、死の舞を踊る。一瞬にして数人の命を断ち切った死神の鎌は、一切の乱れを見せる事ながら確実にゾンビの命を刈り取っていく。


「おい、それかせよ――」

 慣れない自動式拳銃に戸惑っていた高木の父親、俊介の前に柴村が立った。

 驚いた様子を前にして、柴村はすばやくその手から拳銃を奪い取る。

 気づいた滝口が慌てて猟銃を向けようとして、制するようにもう一方の手からデザートイーグルと呼ばれる大型拳銃を高木俊介に渡した。


「マグナムだ。これ用の弾も預けた中に入ってたろ? 素人は黙って弾でもつめてろ」

 振り返りもせずに、柴村は後ろに向けて引き金を引いた。

 連続する銃声に、迫り来るゾンビの額に次々と風穴が開いていく。

「なめたまねしてくれやがって――死人が人間様を襲ってんじゃ、ねぇぞ!」


 Ψ Ψ Ψ


 夜が明けた。

 濃厚な血臭がする中で、優たちは応戦を開始した。

 倒れ付す累々の屍の中で、優は、浜崎は――ゾンビの群れから駐車場の入り口を守りぬき、その後方から銃で、ナギナタで、そして石で攻撃を加える。


 次第に増えるゾンビよりも、倒されるゾンビの数が増え――そして、ゾンビの数が減れば、もはや山崎と柴村の独壇場であった。

 山崎はただ一人、誰からも支援を受けることなく、ゾンビの群れの中で長ドスを振るい続け、その数を減らす。柴村もまた、一発でゾンビの頭を撃ち抜き、弾が切れれば弾を入れた銃と交換することで、連続して近づくゾンビを打ち崩していた。


 優や浜崎も負けてはおらず、優の左右から繰り出される手斧に、ゾンビは伸ばした腕を切り飛ばされ、頭を叩き割られていた。浜崎の操る鉄パイプはあたったゾンビのみならず、その背後にいたゾンビを巻き込みながら吹き飛ばし、琴子の操る真剣のナギナタはたやすく、ゾンビの首をかき飛ばしていた。

 後方から打ち出される猟銃を前に、やがて。


「音がなくなっている」

 それはゾンビのうめき声。

 羽音にも似たその声は、もはや聞こえなくなっていた。

 ゾンビが倒れ、濃密な死の匂いが漂う中で、新たに現れるゾンビはいない。


 山崎がトドメとばかりに、一閃すれば――立ちふさがるゾンビ全てが、消えた。

 倒したのだ。

 百を超えるゾンビの群れから、優は誰一人かけることなく、守り抜いた。 

 最後のゾンビが倒れてもなお、誰も武器を下ろすことも出来ず、目を開いていた。


 また起き上がってくるのではないかと言う恐怖と、そして本当に勝つことができたという感情を前に、誰一人として声を失い、見続けている。

 太陽が上がった。

 朝の光に照らし出される中に、もはやゾンビの姿は確認できない。


 倒れ付すゾンビは血に塗れながら、立ち上がることもない。

「勝ったのか」

 いまだ信じられないように呟くと、遠藤が猟銃をおろした。

 それがきっかけとなった。


 それは夜が明けるまでの数十分足らずのことだった。

 けれど、命をかけた初めての戦闘は彼らの心と体を大きく疲労させていた。

 勝ったと、喜びを浮かべかけた前で、

「あーつかれた。ほんと、最悪」

 疲れたように壁にもたれかける柴村の姿があった。


 彼の手には二丁の銃がある。

 彼が持ってきたデザートイーグルと、そして奪い取った自動式の拳銃だ。

 まだ戦いは終わっていない。


 Ψ Ψ Ψ


 駐車場の入り口の中で、疲れたように壁にもたれかかる柴村。

 その銃の腕は先ほどの戦闘で嫌と言うほどに見せ付けられた。

 彼が銃を操れば、現れるゾンビは驚くほど正確に一撃の下に額を打ち抜かれている。


 それが二丁。

どれだけ弾が残っているかはわからないが、下手に動けば、確実に犠牲が出るだろう。

 そして、山崎。

 彼もまた、これほど激しい戦闘の後だというのにうっすらと汗をかいているほかに、息が切れている様子もない。


 確認するように長ドスを眺めて、小さく振っている。

 その動作は、いまだ切り足りないようにも見えた。

 ゾンビは倒した――だが、その原因となった二人はいまだ彼らの前に立っていた。

 遠巻きに、慎重に見守り続ける中で、優が近づいた。


 一歩、柴村の方へと歩き出せば、気づいたように柴村が顔を上げる。

 サングラスを緩やかに持ち上げながら、その口元に小さく笑みを浮かべた。

「助かった。たいしたものだ」

「はん、一緒に戦ったから味方だとか、あめぇ考えもってんじゃねーだろーなぁ。てか、第一この原因を作ったのはてめぇだろうが、少しは反省しやがれ、くそ」


「ああ、けど助けられたのは事実だ。秋峰が襲われかけたとき、銃で助けてくれただろう。他にも滝口さんも助けられてた」

「女が殺されたら、俺が来た意味がねぇ。それだけだ、別にお前らをたすけよーなんざ甘い考えはねえ」


「そうか。けど、連れて行かれるわけにもいかない。どうする?」

 優の尋ねるような言葉に、柴村の表情が変わった。

 へらへらと嘲笑をやめれば、サングラスの奥に獣の相貌が光った。

 優と真正面から対峙するように。


 やがて。

 何事もなかったのようにその表情を崩し、疲れたようにゆっくりと座り込んだ。

「やめとく。ほんと、今日も厄日だ――こんだけ疲れても何にも利益がねぇ」

 その変化に驚いたように周囲がざわついた。


 信じられないとでも言わんばかりの様子で、その様子を見ている。

 ただ優だけが、少し安堵したように――そうかと呟いた。

「なに驚いてんだよ。いったろ、女も武器もここにあるだけじゃねー。これ以上疲れるより、楽なところからかっぱらった方がいい。今日は疲れた、もう働く気がしねー、それだけだ」


 柴村にとっては、今回の件は勝ち負けなどどうでもいいことだ。

 生きるために武器が必要であったし、それが楽に手に入るならばそちらから手にいればいいだけの話だ。

 命をかけてまで勝ちにこだわる必要がない。

 それが一貫した柴村の考え方であって、銃をひらひらと動かしながら、


「ま。そっちがまだ戦いてぇってのなら話は別だけどな」

「いいや。遠慮しておく」

 座りながらも、見上げる視線は衰えてはいない。

 その様子に優もまた周囲に武器を下げるように指示をした。


「で、そっちはどうするんだよ。新しいとこでも探すのか?」

「いや。考えたが――ここにいることにする」

 優の言葉に、柴村が小さく目を開いた。

 片眉を上げて、面白そうに唇に笑みを浮かべる。


「何でだ。また俺たちがくるかも知れねぇ、もうヤサはばれてんぞ?」

「かもな。ただもうこないような気がするがね。楽なところの方がいいのだろう」

 優はゆっくりと振り返りながら、背後で――いまだ柴村の視線に怯えながらも、力強く武器を握り締める仲間を見た。


 ゾンビの群れを前にして立ちはだかった、心強い仲間たちの姿があった。

「だから、逃げない。まあ、それ以外にも都合よくこの辺りのゾンビを一掃することが出来たということも大きいけどね。もしまた来るというのなら、その時は歓迎の準備をしておくだけだ」

「は、女がいりゃーそれでいい。もう疲れるのはゴメンだ」

 からからと柴村は楽しそうに笑い声をあげた。


「ほんとおもしれぇ。度胸も、頭も、腕も――おめぇはいいやくざになれんぜ?」

「それこそごめんだね」

「ああ。そうだな、やっぱ警察の方がいいのかよ、親父みてーによぉ?」



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