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銀行での戦い3

 


 暴風のような風が駆け抜けた。

 先と同じ――けれど、迷いのない走りだ。

 駆け抜ける銀線を、浜崎は手にした鉄パイプを横なぎに振るう。


 力任せの一撃だ。

 噛み合った金属音が、振るわれた長ドスを振り払う。

 叩きつけられた衝撃に大きく右腕を奪われそうになり、山崎は驚いたように目を開いた。


 繰り出される一撃はやはり、技術も何もない大振りの一撃だ。

 しかし、早い。

 左腕の長ドスを振るうことも出来ず、山崎の頬に巨拳がめり込んだ。

 それでも、後ろに下がりながら衝撃を逃がしたのはさすがだろう。


 首を大きく曲げながらも、遅れて左の長ドスがひらめいて浜崎の追撃を阻止した。

 終わらない。

 浜崎の巨体の背後、隠れるように放ち抜かれるのはナギナタの閃光。


 上段からの刃をかわせば、地面に叩きつけられた衝撃すらも利用して、跳ね上がった下段の刃が打ち払われた。

 追撃は出来ない。

その瞬間、左からは鈴が回り込み、正面からは浜崎が迫る。


 三方向からの攻撃を前にして、山崎は口をゆっくりと開いた。

「とーりゃんせ、とーりゃんせ。こーこはどぉこの細道だ」

 歌声とともに、銀線が走った。

 それは正確無比に、正面の浜崎を、鈴を、そして琴子の攻撃を打ち払う。


 跳ね上がる二刀が、まるで生き物のように動き回り、周囲に壁を張る。

 打ち込まれる攻撃を次々と打ち砕きながら、山崎は子供のように歌い、二刀の長ドスを緩やかに左右に広げた。

「いきはよいよい、帰りは怖い。それでよけりゃ、とおりゃんせ?」

「いい加減疲れろよ」


 と、こっちが疲れてきたと、柴村は呆れたように息を吐いた。

 優から繰り出される攻撃はやむことがない。

 もっとも、いまだ一撃として柴村の体に傷をつけていないが。

 時間を稼ぐだけでいい柴村にとっては、ありがたいことであったが、それでも何度も攻撃をされればうんざりするし、疲れもする。


 けど、それも。

 聞こえ始めた歌声に、柴村は少し驚いて――笑みを深くした。

 郵便屋さんはまだいい。

 だが、とおりゃんせはまずい。


 それは山崎が本気になったときに歌う、レクイエムだ。

 彼を本気にさせたということに、驚きを感じないわけでもなかったが、あの歌が響いて生きていられたものはいない。

 少なくとも歌い始めたら、長ドスの範囲内からは逃げる、真っ先に逃げる。


「ま、なんていうか。まあまあ、餓鬼の割には頑張ったんじゃねーの」

 振られた手斧を首を傾けて、かわしながら、柴村はナイフをひらりと振ってみせる。

「けど、ま――チェックメイトだ。仲間を助けたけりゃ、武器を……捨てろ」

 優の遥か後方で、小さく息を呑む音がした。


 Ψ Ψ Ψ 


 いつの間に。

 それが三人に共通する思いであって、その二刀の刃が彼らの首に突きつけられても、いまだ理解できない表情を浮かべていた。

 山崎の腕から伸びた二本の長ドスは、正確に三人の首の皮一枚を切り裂いて、止まっている。


 その表情に感情はなく、ただ三人を見ている。

 一瞬でも動けば、長ドスは閃き、彼らの首をかき切るだろう。

 優もまた攻撃の手を止めて、柴村から一歩距離をおいて、その光景を見た。

 歌が聞こえたと思ったら、既に終わっていた。


 争いがあったわけでもなく、まさに一瞬の出来事だ。

 逃げる柴村を追って、すでに駐車場の入り口近くまで離れている優が助けるにはあまりにも遠すぎる。手斧を投げたところで、届く前に三人は命を散らすだろう。

 もっとも、その隙を柴村が見逃すはずもなかったが。


 その光景に、優は小さく驚いたように眼を開きながら、ため息混じりの声をだした。

「何だ、あれは」

「いまだに俺もよくわかんねー。ってことで、仲間を助けたけりゃ武器を捨てな。いっとくが、これが最後の優しさだぞ? ま」

 ナイフをひらひらと振りながら、柴村は肩をすくめた。


「餓鬼にしちゃよくやったよ。ほんと、そこんとこは褒めてやる。だからよー頑張ったって事で女の一人や二人くらいいいじゃねーか。他にもいんだろ?」

「それが出来るなら、最初から戦ってはいないだろうね」


「いま逆らったとこで、結果は同じだろうが。いや、自分が死ぬかどうかって、大事だと思うぞ。いまなら、あの大男も助かるしな。ま、俺はどっちでもいいけ……」

 再び振り返った優の顔に、柴村は言葉を止めた。

 仲間はすでに、山崎の手の中だ。

 けどよぉ、何でそんなに冷静なんだよ。


 柴村を攻撃していたときはわかる。

 そういう性格だって事で納得も出来た。

 だが、仲間が今死に掛けている状況で、いまだ冷静でいられるわけがわからない。

 最初から仲間を見捨てるつもりだったのか。


 そんなわけがない。

 それならば最初から逃げているはずだ。

 不可解さが広がって、柴村の眉間に皺がよった。

「何でわらってやがんだ?」


「いや。間に合ったと思ってな、時間稼ぎをしていたのは君だけじゃないと言うことだ」

「あ――?」

 その肩に、手が乗った。

 振り返りざまにコメカミに、ナイフを突き立てながら、柴村はその光景に目を開いた。


 倒れていく無表情の――男。その背後にうごめく、群れ。

「山崎ぃ、ヤマザキィ? なんか、ゾンビがいっぱいいるんですけど?」


 Ψ Ψ Ψ

 

 囲まれている。

 駐車場の外――路地から、民家から。

 次々に現れるのは、ゾンビの大群だ。

 こいつ、ゾンビを呼びやがった。


 あの威嚇射撃は柴村に対する警告じゃない――ゾンビを呼び寄せる、餌だ。

 それを理解すれば、優の言葉の意味がわかった。

 やられた。

 最初からこちらが時間稼ぎをしていることを、優は知っていた。


 そして、それを利用しやがった。

「あーっ。ちきしょう!」

 叫びざまに懐からデザートイーグルを出して、放った。

 次々に撃ちだされる弾丸が近づくゾンビの頭を撃ち抜いていく。


 同時。

「てめーも襲われてんじゃねーかっ!」

 左から襲い掛かるゾンビの大群もまた、優へと雪崩れ込んでいた。

 それを手斧で次々に切り飛ばしながら、当たり前だろうという視線を送る。


「ゾンビが操れるなら、最初からそうしてる――ところでどうする、まだ戦うか?」

「遊んでる場合じゃねーっ。山崎ぃ、てめ、さっさと助けろ、はげっ!」

 駐車場の入り口で、左右に分かれながらゾンビを撃退する二人を遠くにして、山崎はしばらく長ドスを突きつけたままで、その様子を興味深そうに見ていた。


「何してんだ、さっさと助けろってんだろ。はげ、ボケ、サル!」

「こっちは?」

「こっちもどっちも関係ねぇ。てめ、餓鬼の命と俺の命どっちが大事だと思ってんだ!」

「……」


 息を吐き、突きつけられていた長ドスが唐突に外れる。

 踵を返し、走り出す――足音が遠ざかる。

 それはゾンビの群れに飛び込み、血煙を撒き散らした。

 その勢いは中央から押しかけていたゾンビを一瞬にして、押し返す。

 中央からの圧力が薄れて、左右から迫るゾンビに向かいながらも、柴村の口は止まらない。


「何考えてやがんだ、ちきしょう。仲間救うために、ゾンビに飛び込むって正気か、てめ」

「到着する前に逃げるつもりだったけれどね。逃がしてくれなけりゃ仕方ない」

「うまく逃げ出のびたら、銀行の預け物を手に入れた俺たちが、出てきてゾンビとご対面って寸法か。鬼か、てめぇ」


 デザートイーグルの弾丸を使い果たし、ナイフに切り替えた柴村が奥歯を噛み締める。

 自然と――互いに背を向け合いながら、優と柴村は並んだ。

 駐車場の入り口で、左右から迫りくるゾンビに向けて斧を、ナイフを振るう。

 多い。

 湧き上がるゾンビは、次々に数を増やし――その羽音に似たうめき声を響かせている。


 昨日の数倍はいるだろう――それが、三十程度なら山崎一人でも何とかなるが、それが百を超えれば、手に余る。

 一対一ならともかくとして、一対三十に対応できるほどの自信はない。

「うるせぇ上にうぜぇ。つうか、この辺りのゾンビ全員集まってきてんじゃねぇか」

「お腹がすいていたんだろう。まだ町の中心じゃなくて、幸いだったな」


「何が幸いだ、このままじゃ遠からず全員おいしくいただかれるこ――」

 首が舞った。

 それは正面でただ一人、長ドスを振るい続ける山崎だ。

 振るわれる二つの刃が、次々に近づくゾンビを凪ぎ散らかしている。


「あの禿はともかく、こっちがもたねぇ。何か計画でもあんのか、逃げ出すよぉ?」

「あるわけがないだろう。最初から来る前に逃げるつもりだったからな」

「ほんと、すくぇねえほど馬鹿だな。命をかけて、他人を助けてなんになんだ。ありがとうで終わりじゃねーか。英雄になるなら一人でやってろ」

 柴村の本音の言葉に、優は苦笑した。


 まったく――何をしているのだろうと自嘲する。

 別段、死にたかったわけではないと思う。

 命をかけてまで助けたかったのだろうかとの問いは、答えにならなかった。

 それは初めて頼られたからだろうか。

 あるいは、初めて仲間と呼ばれたからだろうか。


 それが自分の命をかけるほどの価値があるものかどうかはわからない。

 柴村の言葉通りに『ありがとう』の一言で終わりになるのかもしれない。

 そして、それは記憶に残ることもなく十年もすれば忘れられることだ。

 そう考えれば、人の事よりも自分の命を大切にする柴村の方がよほどまともな考えなのだろう。


 けれど。

「悪くはない」

 ゾンビと言う『死』を前にして、優は唇をあげた。

 


 誇り高くも強い少女がいた。

 仲間の事を考える生真面目な男がいた。

 そして、ゾンビ好きの――優しい少女がいた。

 


 今後を見届けることができないと言うことは残念でもあったが、いま守りきれたと思えば自然と笑みが浮かんだ。

 なぜという疑問に答えは浮かばない。

 ただ決して、悪くはない気分だ――だから間違えていないのだと思う。

 あふれ出したゾンビが、優へと一斉に踊りかかった。




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