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銀行での戦い2



 それは容赦のない一撃だ。

 頭があった場所を手斧が通過する、咄嗟に頭を下げることでそれを交わした柴村は口角をあげた。

「おい、よけなきゃ死んでたぞ?」

「殺すつもりだったからな」

「おもしれぇ」

「面白くないさ。出来れば、お引取りを願いたかった」


 柴村が鼻で笑う。

「たかが女のために命を捨てる。フェミニストかてめぇ」

「面倒な役目を押し付けられてね」

 振るわれる二つの手斧を、後ろに下がりながら柴村は避けていく。


 その表情に浮かぶのは余裕の笑みだ。

「けどよぉ。こうなっちまったら、虎の子の猟銃もつかえねー。預け物も同様だ――残念だったな?」

「最初から使うつもりはなかったさ。君の言うとおりだ、簡単に人なんて殺せるわけがないし――こんな汚れ役は一人でいいだろう」

「ほんと、おもしれぇなぁ」


 刃がきらめいた。

 ひらめいた手斧が、初めて柴村の手にしたナイフによって弾かれる。

 下がりながら、ゆっくりと丸いサングラスをあげて、獣の目が細められた。


「そういうセキニンとか、ヤクメとか俺いっちばんきれーだわ。昔を思い出しちまう。だからよぉ、お前は――セキニンをもって、俺が殺してやるよ」

「やってみろ」


 Ψ Ψ Ψ


 当初、考えられたのは荷物を諦めて表から逃げることだった。

 だが、その時点では表にも見張りがいる可能性があった。

 そこで優が二人に話しかけ、安全を確認後、銃声を合図にして逃げる作戦を取った。

 今頃は表の玄関が開き、それぞれ逃げ出していることだろう。


 もちろん、対峙する優には危険が伴ったが、逃げるくらいなら出来ると答えた。

 それに無理やりついてきたのは、浜崎と鈴だ。

 それが――飲まれちまうとはなさけねぇ話だ。

 浜崎は唇を噛んだ。


 彼らに話しかけた時点で、すでに逃げると言う選択肢は消えてしまっている。

 というより、おそらくは逃げることはできないだろう。

 万が一逃げられたとしても、誰かしら掴まってしまう。

 そう思わせる雰囲気が、二人の男からは発せられていた。


 残された選択は仲間が安全な場所に逃げのびるまで、戦うしか方法がない。

 どれだけの時間稼ぎが出来るかわからないが。

 すでに優は、柴村と呼ばれた男と戦いを繰り広げている。

 その動きに容赦と言うものはない。


 喧嘩ではない、命を懸けた戦いだ。

 自分にもそれが出来るだろうか。

 山崎と呼ばれた目の前の丸坊主男は、柴村が襲われても一向に動かなかった。

 ただ浜崎と鈴の様子を見ている――いや、その手が背後、灰色のロングコートに伸びた。

 長ドスだ。


 日本刀にも似た形状の分厚い鉄の刃が、引き抜かれていく。

 それが二本。

「ゆーびんやさん。おはいんなさい」

 そして、歌いだす。


 のんびりとした、朗々とした声で。

「お首が一枚落ちました――拾ってあげましょう?」


 Ψ Ψ Ψ


「武器何か使ったことがねーんだがな」

 浜崎は苦笑しながら、手にした鉄パイプを小さく振った。

 浜崎の力は他を圧倒している。


 優ですら力だけならば、浜崎に負けるだろう。

 一発で大人を吹き飛ばし、車ですらも持ち上げたことがある。

 そんな浜崎が武器を手にすれば、それはもはや喧嘩の領域を超えてしまっている。

 武器を使わないとかそんな男らしい理由ではなく、物理的な理由から使わなかった武器を、いま浜崎は握り締めた。


「何年ぶりだろうね」

 苦笑しながら、鈴がゆっくりと日本刀を抜いた。

 手入れもしていない、その刀はさび付いた様子もなくすんなりと鞘から抜くことが出来た。

「滝口さん。逃げていいですよ、ここは私が何とかします」


「冗談。子供を戦わせて、それで逃げちゃ女が廃る。それにあんた一人じゃ、あれは無理だろう。わかってると思うけど、もう喧嘩じゃないよ」

 大きく息を吐いた。

 できるだろうかと言う問いは今でも頭に残っている。


 簡単に割り切れるものでもない。

 けれど、脳裏に浮かぶのは仲間たちの姿だ。

 わずか一日余りで、その数はずいぶんと減った。

 その時と同じ後悔を――したくない。


 走り出した浜崎に向けて、山崎の長ドスが振るわれた。

 それは正確に銀線を残して加速、首へと振られたそれを横から鈴が日本刀で捌く。

 弾かれたドスが浜崎の脇を駆け抜けぬけて、髪を散らした。

かまわず、上段から鉄パイプを振りぬいた。


 避けられた。

 体を横にして避けられた鉄パイプは、アスファルトの大地に叩きつけられ、轟音とともに衝撃が起こった。

 大地に亀裂が走り、山崎がほうと小さく息を吐く。

 そこに振るわれる鈴の刃を、長ドスで受け止めながら――右手を一線。


 逆方向から横なぎに振るわれた刃に、鈴は後ろに飛んで避けた。

 豊かな二つの胸元に線が走り、羽織ったジャンパーが横に裂かれた。

「滝口さん!」

「かすり傷さ――前!」

 浜崎の言葉に、鈴が舌打ちが重なる。


 それは一瞬だけの視線の交錯。けれど、戻した瞬間には既に山崎は浜崎の前にいて。

 はえぇっ。

 咄嗟に鉄パイプをあげたのは幸運だったのだろう。

 振りぬかれた刃が鉄パイプに直撃、甲高い嘶きをあげた。

 両腕で握り締められた鉄パイプと、山崎の片手によって振り下ろされた刃が重なり合って金属音をかき鳴らす。力で負けているわけではない、ただその振り下ろされた衝撃と勢いは、浜崎の力をもってしても容易にとめることは出来ず、受けた鉄パイプが衝撃に負けて、食い込んだ刃が肩を切り裂く。


 完全に切り落とされなかったのは、僥倖であっただろう。

 歯を噛み締める、そこに――右手に持った長ドスが振るわれる。

 それは背後から突き出された、鈴の日本刀を正確に止めており。

「後ろに目でもついてんのかい」

 鈴を呆れさせた。


 二人は全力で、戦っている。

 もはや加減をするとか、殺す覚悟がないとかそんな次元の問題ではない。

 殺さなければ殺されると本能が理解する。

 だからこそ、浜崎は理解できた。


 勝てない。

 この目の前の化け物と、自らの差に。

 浜崎隆文は生まれて初めて、恐怖と名の言う感情を抱いた。


 Ψ Ψ Ψ


「あっちは雲行きが怪しいぜ?」

「そうか。余所見をしている余裕はないんでね」

「よく言う――」

 繰り出される攻撃を左右に避けながら、柴村は鼻で笑った。


 優の持つ手斧は長さ三十センチほどの小さなものだ。

 長さだけで言うのであれば、柴村の持つナイフと変わりがない。

 だが、その短さを利用して繰り出される攻撃に柴村は鼻を鳴らした。

 一撃を避ければ、次に繰り出される片方の手斧が飛来する。


 それを避ければ、すでにもう一方の腕は体制を整えている。

 短い斧の特徴を最大限に利用した攻撃はやむことを知らず、次第に柴村は後ろへと下がっていった。

 動揺を誘おうとした言葉もあっさりとかわされ、迷いなく攻撃をする様子に。

 めんどくせぇと小さく呟いた。


 自分が今何をすべきか、理解している。

 それは仲間の心配ではなく、一刻も早く彼を倒し、仲間の下へ駆けつけることだ。

 しかし、それは例えわかっていたとしても、なかなか出来ることではない。

 仲間の危機を無視しても、冷静にいられる、その度胸は――餓鬼にしちゃたいしたもんだけどよぉ――でも、やっぱまだ餓鬼だな。


 時間をかけられない彼とは違い、柴村には時間があった。

 二対一だろうがなんだろうが、山崎を殺せる人間がいるわけもない。

 だから、柴村は待てばいい。


 それだけだ――時間が立てば立つほどに、それは柴村の有利となる。

 あちらの決着がつけば、あとは囲めばいい。

 他の連中には逃げられたが、車はこちらにある。


 探せばいいし、もし見つからなかったらとすればそれはそれでかまわない。

 わざわざ戦闘一つに命をかける必要性もないし、女も食料もここにしかないわけではない。

なければ、また探せばいい。


 ま、餓鬼にゃ理解できねーだろうがね。

 だから、柴村は適度に攻撃を仕掛ける振りをして、優の攻撃を避ける事に集中する。

 無理はしない。


 ただただ単純に左右に避けながら、くるくると、くるくると。

 柴村はその表情に笑みを張り付けながら、遊びを再開した。

 

 Ψ Ψ Ψ


「はああああああああっ!」

 叫びとともに振りぬかれたナギナタが、アスファルトに叩きつけられた。

 切り裂いたアスファルトを抜き出しながら、数秒前までそこにいた山崎は既に後ろに下がって、新たな乱入者に視線を向けている。

「あ、秋峰――何でここにきた」


「何でも何も。みんなもう逃げたわ、あとは……こっちだけ」

 その堂々たる声に、浜崎は呆然としながら――ナギナタを振るった少女、秋峰琴子の背を見ていた。

「な、何で逃げなかった」

「それはあんた達と一緒よ」


「一緒――だと」

「この私が仲間を見捨てて大人しく逃げられると思うの? こんな時に女も男も関係ないわ」

「ばか。関係あるだろがっ! 掴まったら何されるか」

「言われなくてもわかるわよ――でも」


 ポニーテールを揺らして、琴子は答えた。

 でもねと小さく呟いて、浜崎に視線を送る。

「助けられずに、後悔するのも嫌だし、こんな奴らに負けたって思うのも嫌。せっかく見つけた物資を奪われるのも嫌だし、何より何より――浜崎に死なれるのももっと嫌」


 強い言葉に、浜崎は言葉を失った。

 薄明かり。わずかばかりの街灯と月の明かりが、まっすぐな瞳を映し出している。

 ナギナタを正面に構え、強い瞳に浮かぶのは、負けないと言う意志。


 胸に浮かんだ思いが、一瞬にして振り払われた気がした。

 怖いとか、勝てないとか、死ぬかもしれないとか、そんな感情が泡のように消えて。

 残ったのは――。

「秋峰」


「なによ」

「何だ、その男前は」

「全然、褒め言葉になってないんだけれど」

「最大級の褒め言葉さ。負けられんな、俺も」


 呟きながら、浜崎は琴子の隣に並んだ。

 確かに、殺し合いには勝てそうもない。

 踏んできた場数が違うのだ。

 けれど。


「それがどうした?」

 場数が違う、技術が違う、強さが違う。

 そんな事今までも何度も繰り返してきた。

だが、浜崎にはそれらを全て圧倒する力がある。負けていると言うのならば、その上からさらなる力を持って叩き潰せばいい。


 勝つとか守るとか、そんな事は考えず、ただただ力任せに。

 ゆっくりと、ゆっくりと浜崎の口元に笑みが浮かんだ。



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