銀行での戦い1
深夜四時。
それを最初に発見したのは、見張りについていた高木だ。
駐車場の監視カメラが近づく影を見つけた。
二人だ。
現在、見張りは一階の警備員室で行われていた。
人数が増えたため、二階の部屋が埋まったためだ。
直接的には見張ることが出来ないが、監視カメラが駐車場と玄関の二箇所から外の様子を映し出しているため、ある程度の様子はわかる。
そのカメラの一つが、駐車場に入る人影を捉えていた。
一人はアロハシャツを着た小さな男だ。
この寒いのに半袖のアロハシャツに丸いサングラス――そして赤色のマフラー。
どんな考えで、その服装の結論に至ったのか想像も出来ない。
ただへらへらと軽薄な笑みを浮かべながら、隣の大男に話しかけている。
そう考えれば、隣の男はまだ全うな服装をしている。
灰色のロングコートに、同色の長ズボン。
革靴に、丸坊主頭だ。
ただ、少なくとも街で見かければ声をかけたくはない。
いや、小さな男の方も別の意味で声をかけるのはためらうであろうが、少なくとも大男の方にはかけたくない、かけられない。
「……っ!」
慌てたように、高木は手元の内線電話を操作した。
一斉とかかれた短縮ボタンを押せば、銀行内の内線電話が一斉に鳴り響く。
Prrr――。
「お客さんが二名でお越しだ」
Ψ Ψ Ψ
「あいてるかなーって心配したけどよぉ。なんでぇ、賢い奴がいるもんだなぁ――捨てたもんじゃねえ、世の中捨てたもんじゃねー。捨てる神ありゃ、拾う神ありってやつかぁ」
「神は死んだ」
「はなから信じてない奴が何言ってんだ、ばーか」
つまらなそうに呟きながら、駐車場に堂々と柴村は足を踏み入れた。
駐車場には整理され、バスが一台とトラックが一台。
クレーンつきのトラックが一台と、ワゴン車が二台止められている。
「……なぜ、中に誰かいると思う」
「バスがこんな時間に銀行にとまるかよ、普通。それにゾンビどもが大量に入り込めないように、裏口を塞ぐようにとめてやがるし」
「閉じこもられると厄介だ」
「はん、火でもつけりゃーでてくんだろ。それより――」
柴村の腕が掻き消えて、きらめいた。
瞬間、彼の腕にはナイフがあり、それがバスのタイヤに深々と刺さっている。
抜き放てば空気の抜ける音とともに、バスの左前輪が空気を失い車体を下げた。
「にがさねー事のほうが重要だ」
手の中でナイフをいじりながら、次に近づくのは大型のトラックだ。
小さく鼻歌混じりに、ナイフを振り上げようとして。
「そのトラックに指一本触れたら、殺すわよ?」
声がした。
サングラス越しに、声の方へと向き直り、柴村は唇の端を上げる。
「おう、山崎ぃ、今日はラッキーデーだ。もう出てきてくれた。その上、女までいんぜ?」
Ψ Ψ Ψ
その男は異質であった。
服装、言動――そのどれもが異質であったが、一番注目するべきはその瞳だ。
サングラスの奥に光る瞳が、その楽しげな表情とは裏腹に、一切笑っていない。
単純な怖さだけで言うのであれば、その背後にいる丸坊主の大男の方が恐ろしいであろう。肉食獣を思わせる容貌も、盛り上がった筋肉も十分すぎるほどに威圧的だ。
だが、それすらも霞ませる何かが、目の前の小柄な男から発せられていた。
裏口からは、今宮と浜崎、そして滝口鈴の三人だけが姿を見せている。
残りは中だ。
すぐに逃げられるよう正面の扉付近で待機しており、合図とともに脱出を開始する予定だ。
それに琴子は不満を浮かべたが、置いてきて正解であったと浜崎は確信する。
喧嘩慣れしているはずの浜崎と滝口鈴ですら、たった二人の男を前にして飲み込まれようとしている。もしこれが普通であれば、戦うどころか満足に動けることすら出来ないだろう。
「これが本職との差ってことか」
「こんなのがごろごろいたら、日本終わってるわ。さっきの想定の――それよりももっと悪い、最悪の部類よ」
「それは、ついてない」
冗談めかして答えた浜崎の言葉が、緊張を伴って掻き消えた。
「まーそんな怯えなさんなって。ほら、俺はやさしいよ? 今だってただ預けてた物を引き取りにきただけだ。まあ、そこに酒とか女がついてくりゃ、もっと優しくなるけどなぁ?」
「いきなりタイヤをパンクさせて、よく言う。最初から逃がすつもりもないのだろう」
緊張感のない声が聞こえ、それに対応したのは優だ。
この殺気立つ空気の中で、何事もなかったように返答している。
その様子に面白そうに、柴村の眉があがった。
「丸目玉建設だったか――預けた物というのは、それで間違いないかな」
「なんだ、見ちまったのか。なら、話ははえー。俺が誰かってのもわかるな。組で若頭やってる柴村長治ってもんだ。こっちは山崎……おとなしく荷物渡して、酒と女をよこせば見逃してやる」
「組という割には、二人だけとは寂しいもんだ」
「あ?」
「二人しかいないんだろう。残りはゾンビの腹の中か?」
笑った。
優の前で柴村が笑う。
「二人しかいねぇって、二人で十分なんだよ。けど、良くわかったな、他に仲間がいねぇって」
「様子見が目的なら、いきなりタイヤを切りつけるわけもない。かといって、襲うつもりなら、もっと人数を用意するだろ」
「他は表を張ってるとは思わなかったのか」
「だとしても二人というには陽動には少なすぎる。ま、その可能性も考えたが、それも今の言葉でなくなった。教えてくれて、ありがとう」
「はっ、騙しされたってわけか。可愛げねー餓鬼だ。けどな、立場はかわんねえぞ」
「立場ね――それはどうかな」
優が手を上げる。
夜が明け行く静かな街に、一発の銃声が響いた。
Ψ Ψ Ψ
「酒も仲間も渡すつもりはない。預けた物も渡さない、さっさとお引取り願おう」
睨み付ける優を前にして、柴村は銀行を見上げていた。
正確には、銃声の方だ。
「山崎ぃ、山崎ぃ。組長って、レミントン何て猟銃をもってたっけ?」
「記憶にない」
二階の一室、そこから延びる二丁の猟銃。
それらを向けられながら、柴村はのんびりと山崎に問うた。
その表情に、動揺はない。
ただ二丁の猟銃を向けられながら、首をかしげて見ている。
ようやく納得したように頷くと、優のほうへ再び視線を向けた。
「あー。なに、俺を撃つつもりなわけか?」
「撃ちたくはない。おとなしく帰ってくれるなら、それに越したことはないさ」
「最近の餓鬼はずいぶん喧嘩っぱやいなぁ。考えなおした方がいいぜ」
「大人しく見逃してくれるというなら考えるさ」
「ああ、見逃してやるってんだろ。女以外は――」
「だから、それが論外だ。こちらにも譲れないものはある。それが駄目だというのなら」
面倒だといわんばかりに、優は小さくため息を吐いた。
「戦うしかないのだろう?」
空気が変わった。
乾いた笑いを吐き出すと、柴村がサングラスをゆっくりと持ち上げる。
「で、俺を殺せるのかよ」
二階で、猟銃を構える高木と滝口に向けて、手を広げながら笑う。
「撃ちてぇって言うなら撃てよ。ほら、逃げも隠れもしない。けどよ、人を殺したこともない、餓鬼がなめてんじゃねぇぞ」
口調が変わった。
それまでの軽薄さも一切ない、鋭い刃のような声だ。
「さあ、やれるならやってみろよ?」
その言葉に、猟銃を構えていた二人に動揺が走った。
下がる。
二階にいたにもかかわらず、猟銃を持ったままに二人は一歩下がった。
「それでよく戦うなんざいえ――」
その瞬間――柴村を手斧が襲った。