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狂犬が二人



 夕暮れの太陽が西へと沈んでいる。

「郵便やさん。おっはいんなさい、御首が一枚落ちました。拾ってあげましょ、一枚、二枚、三枚、四枚……」

 物騒な野太い声とともに振るわれるのは二刀の白刃のきらめきだ。

 それが夕暮れの太陽の光に反射するたびに、振るわれた刃が近づくゾンビの群れに振るわれる。

一枚二枚と、数えるたびにゾンビの首が飛び落ち、大地に血痕を作った。


「だー。うっせぇなぁ、山崎。いちいちうたわねーとお前はころせねーのかよ。おちおちエロ本も読めやしねぇ」

 苛立ち紛れに叫んだ声は、山崎と呼ばれる丸坊主の男の後方――建物の前だ。

 古ぼけたコンクリート造りのビルの前で、ビーチパラソルにリクライニングソファの上で寝転びながら本を読んでいた男が非難の声をあげた。


 丸いサングラスをかけた細身の男だった。

 大柄な男とは対照的に小さな体をソファに寝かせながら、苛立たしげに睨み付ける。

 しかし、山崎は我関せずといった様子でただただ機械的に白刃を振りぬき、群がるゾンビを次々に仕留めていた。


 一撃だ。

 放たれる刃が全て正確にゾンビの首に叩き込まれ、繰り返される攻撃の前に――大量にいたゾンビが次々と倒れ付していく。

 それは対照的な二人だった。

 沈黙と雄弁。


 静と動。

 服装も大柄な男が灰色のロングコートに身を包めば、なぜかサングラスの男は半そでのアロハシャツだった。さすがに寒いのかその上から、マフラーを巻いているが。

 もし、そんな彼らに共通点があるとすれば目であろうか。


 そのどちらも獲物を駆る肉食獣の――獣の目。

もっともライオンやトラのように大型の獣を方物とさせる丸坊主の男とは違い、サングラスの奥に隠れた男の目はハイエナかキツネを連想させたが。

「あーしかし、ついてねぇ。何が帰ってきたらいいポスト用意しとくだ。ポストも何も組自体が消えてんじゃね。つか、そんな小さなことよりも、だ。一番は楽しみにしてた風俗に行ったらリアルに食われそうになるってことだ。厄日か今日は」


 苛立たしげに声を上げながら、サングラスの男柴村長治は脇に置かれているビール瓶を一気にあおった。

「期待に胸――ああ、膨らんでんのは胸じゃねーけど。どうするよ?」

「十五枚――切ろうか? 十六枚……」

「何でお前の選択肢は、切るか殺すかしかねーんだ。だから、ずっと用心棒のままなんだよ。てか、組長守れなかった時点でそれすら失格だろ。しかも理由が、ゾンビ殺すのに忙しいって、あほか」


 もう一口、ビールをあおった。

 もはや返答もなく、ただただゾンビを仕留めていく様子に柴村も声をかけることを諦め、ビール瓶を脇に置き、手にした雑誌を再び広げ始めた。

「しっかし、時代も変わったなぁ。いまじゃメイドさんとかあるんだもんなぁ」

 その風俗情報誌ににまにまとした笑みを浮かべながら、脇に手を入れて。


 一撃。

 銃声が街に響いた。

 それは白刃の脇を抜けて現れたゾンビの頭部を破壊。

「山崎ー。漏れてんぞー」

 何事もなかったかのように、次のページをめくる。

「増えてきた」

「増えてきたじゃねー。抜けた奴もきりゃーいーだろ。何でそこから絶対動きませんってしせーなんだ」


 弾く、弾く、弾く。

 次々と放たれるのは、柴村が手にした大型拳銃だ。

 デザートイーグルと呼ばれる二キロ近い鉄の塊を、片手でやすやすと撃ち続ける。

 それは一撃の下にゾンビの頭部を破壊し、完全に沈黙させてなおあまりある破壊力を秘めていた。

 ゾンビの数は次第に増して、白刃の脇から次々にゾンビが柴村を目指した。


 だが、それは柴村へと到達する前に眉間を撃ち抜かれ、大地に血を撒き散らせた。

 相変わらず片手は雑誌のページをめくったままだ。

 けれど。

 カチ――やがて放たれた銃弾が十を超えれば、スライドがひかれたままに銃が止まった。

 すでにゾンビの群れはその数を大きく減らしている。


 白刃から漏れ出たゾンビの群れは、次々に大地には倒れ付していた。

 全てではない。

 凶器の銃から漏れ出たゾンビが一体。

 その理由を知ることもなく、ただただ淡々と獲物を駆るために目指していた。


「あり、ありり」

 ようやく雑誌から目を離した柴村は、手にした銃を見て首をかしげる。

「山崎―。山崎―。弾切れたよ?」

「ない」

「ないじゃねー。予備くらい持ってろ、はげ。ちょっと待て、いま弾入れるから」


 近づくゾンビに声をかけて、脇の机をあさる。

 予備の弾倉を手にすれば、ゾンビはすぐ脇にいる。

「弾入れてる最中だから、ちょい待ってー。って、言ったよね、俺?」

 そのゾンビに向けて、ビール瓶が振り落とされた。

 半分近く残っていたビールが割れて破片を飛び散らせる。

 頭部を大きく陥没させたゾンビが倒れる――そこに。


「なんで、わざわざ十秒が待てないの。もう一度言うよー。弾を抜いて、入れて、装填して撃つ。十秒でしょ、まちゃーいーじゃん。待てって言われたら、待てよ」

 倒れたゾンビの頭を踏みつける。

 一度、二度、三度――そのたびに、ぴくりと震えていたゾンビの体が痙攣した。

 攻撃はやまない。

「おかげでまだ半分残ってたビールが駄目になったよね。おい、弁償だよ、いますぐ二十万もってこい。それか命で償うか、おい。どうすんの、ねえ、聞いてる?」


 頭が完全に形作らなくなってなお、柴村は頭に足を振り下ろし続けた。

「無視すんなって。ほら土下座して謝ったら、許してやらなくもねーし。ああ、何だもう土下座してんか、おい。じゃ、謝れよ、なあ、謝って三十万包んで来いって」

「もう死んでる」

 背後から言葉がかかった。

 そこで足を止めて、柴村はゆっくりと振り返った。


「あー。そりゃ謝れねーよなぁ。ごめんなー。釣りはいいからよぉ」

 そして、足先でそれを踏みにじりながら、男は笑った。

 楽しそうに。

 楽しそうに。

「山崎ぃ。弾そろそろ切れそうなんだけど、確か組長預けてたよね。武器」

「隠して、銀行に」


「んじゃ、今から取りに行くべかぁ。ついでに金ももらってよぉ、女がいりゃーなおいい。銀行員とかのこってねーかなぁ」

「駄目だ」

「あ。何でよ?」

「もう五時を過ぎている。八時には寝ないと」


「子供か、お前。つか、いまどき八時に寝る子供なんざ赤ん坊くらいしかいねーっ」

「……」

「ああ。わかった、わかったよ。暗い夜道に一人はおそろしーからなぁ。怖いお兄さんとか来たらちびっちまう。明日でいい、明日でいい」

 手をひらひらと振りながら、柴村は銃をしまい、歩き出した。

 獣は歩き出す。


 ゾンビの血溜りの中を踏みしめがら――大高都市銀行を目指して。


 Ψ Ψ Ψ


 囲まれた中央に、落ちて、散らばるものがある。

 壊れかけた木箱、砕けた金色の延べ棒に似た棒細工。

 そして、鉛色の塊。

 誰もそれを手にすることもなく、ただ遠まわしに見ているだけだ。

 囲みを割って、優が中央に現れれば、どこか安堵する空気が漏れ出た。

 慎重に、屈み込んでそれを覗きながら、背後にいる浜崎に問うた。


「これも家から?」

「まさか、多少余裕はあるが、普通の家だ。そんなつながり云々は聞いた覚えもない。ま、あっても不思議ではないがな」

「冗談だ……これは、どこに?」

「あっちだ、あの大型貸し金庫の左最上段。引き出したは良いが、箱が重みに耐えれず、途中で中をぶちまけちまったって次第だ」


「で、その中身が問題だったというわけか。なるほど、これは問題だな」

 苦々しげに呟く優の前で、箱の中身が床に散らばっている。

 底が抜けたであろう、木箱の木片。

 手にした金塊らしきものは、手にすれば軽く、衝撃で割れて、中が見えてしまっている。

 中は金ではなく、手にすれば非常に軽かった。


 ダミーかと口の中で呟きながら、散らばる物体を見た。

 拳銃だ。

 小型のものから大型のものまで、自動式のものからリボルバータイプのものまで。

 種類は様々あったが、それは一重に拳銃と呼ばれている。

 それが五丁余り。


 無造作に散らばる様子は、まるで子供が遊びを追えて散らかしているようでもあった。

 もっとも、その構造は精密で、重厚感はとてもおもちゃではあり得ないものだったが。

 一番小型であったリボルバーの拳銃を手にすれば、それは生々しい現実の重さを持って優の手におさまる。

「本物か?」


「さあ、本物を見たこともなければ、触ったこともないのでわからない。精密なモデルガンなのかもしれないが、わざわざ二重底の底に隠して、ダミーの金塊まで入れておく必要性がわからない。弾は入っていないようだけどね」

 そう言って、映画の見よう見まねでリボルバーの弾倉を開いた優は中身をみて、そこに何も装填されていないことに小さく息を吐いた。


「弾なしで、わざわざ銀行に?」

「その理由まで俺がわかるはずがない。念のため、この貸金庫を借りていた人間が他にも借りていないかどうか、調べられるか?」

「佐伯さんに言って顧客名簿を出してもらいます」


「頼む――出来れば、その預けている企業とかも一緒に調べておいてくれ。まだインターネットも一部は使えるはずだ。それとこの件は内密にな」

「わかった、宮下」

「ああ」

 高木と宮下が顔を合わせて頷くと、急ぎ室内から走り去った。


 足音が遠ざかっていく。

「厄介なものが出てきたな」

「とびっきり厄介だ。まだゾンビの相手をしていた方がましかもしれないな」

 優の苦い顔に、浜崎も肩を落としながらため息を吐いた。

 二人はその意味を理解しているのだろう。


 だが、その周囲の人間たちは不思議そうにしていた。

 確かに拳銃という非現実的なものが存在することには驚いた。

 けれど、非現実的なものというのであれば浜崎が持ち込んだ猟銃も同じだ。

 扱いが大きく変わるはずもないし、むしろ武器が増えたと、滝口は素直に喜んで、母親の鈴に呆れられていた。


 彼女もまたその意味を理解している一人であったからだ。

「それを預けた奴は――取り返しにくるだろうね、きっと」

「生きていれば、近いうちに必ず」

 言葉に、その存在の意味を理解して――誰もが顔を青褪めさせた。


 Ψ Ψ Ψ


「丸目玉建設株式会社――ね」

 高木が印刷した紙に視線を走らせながら、優は聞いたことがないなと首を振った。

 それは大高市に本社を構える比較的小さな企業だ。

 ホームページを印刷した内容は、どこにでもある企業のようで、主に大高市を中心にして簡単な工事や下請けを行っているらしい。


『あなたの暮らしと安全を築く 丸目玉建設』

 ポップな表記でそう書かれても、その預けたものを目にした、いまではどんな冗談だと苦笑せざるを得ない。

 丸目玉建設名義の貸金庫はもう一つあった。

 浜崎に確認させれば、そちらにはしっかりと弾が入っていた。


 マグナム用の弾が百発、自動式用の弾が三百発、そして小型のリボルバーの弾が百発。

 合計五百発もの弾丸は、同じように巧妙に隠し底に存在しており、知らなければあけることもなかっただろう。

預けたときにちゃんと確認しろと今は亡き支店長に愚痴をこぼしたくもなる。

もしくは、銀行員に手引きをした人間がいたのかもしれないが、今となっては詮索をしたところで無駄なことだ。


 マグナム製の拳銃が一丁、自動式が三丁、小型のリボルバーが一丁。

 それが机の上に並べられ、パックに入った弾丸が横に置かれている。

「銃一丁につき、弾が百発ってのが相場なのかね」

「八十発入りで、二十発はサービスだそうだ」

 冗談めかして肩をすくめる、浜崎に優も冗談で応じた。


 少しくらい緊張を解かなければ、おかしくなりそうだった。

「さて。問題は――これを預けた連中は生きているか、そしていつ取りにくるか、ね。生きてると思うかい?」

「狂人病自体は誰にでも起こりうることだからね。運よく全員が発症してくれたというのならば、幸いではある。ただ、全員が同時に発症するというのは考えにくいし、それで全員が殺されたというのも望み薄だと思う」


「誰かしら知っている人間が生き残れば、取りにくるだろうな。問題は人数と装備だが」

「今のうちに逃げるのが賢明かもしれないねぇ」

 胸ポケットから煙草を取り出しながら、滝口鈴が口に咥えた。

 ライターで火をつける。

 紫煙を吐き出す彼女に、滝口が口を尖らせた。


「せっかく拠点を作ったのに、何もせずにもう逃げるのかよ」

「まだ準備してないだけましさ。探せば、他にいいところがあるかもしれないし。ここにいるよりは安全さ」

「戦うってのは駄目なんです?」

 そう言ったのは、遠藤だ。


「こっちには猟銃もあるし、この武器だってある。人数だっているし。本職だろうがなんだろうが、簡単にはまけねーすよ?」

「相手はこの倍の武器を持ってるかも知れねーし、倍の人数がいるかもしれんぞ?」

 浜崎が言えば、遠藤は言葉に詰まった。

 鈴が大きくため息とともに大きな紫煙を吐き出した。


 いまだ逃げるということに不満げな息子たちを説得するように。

「それに簡単に勝つって言うけどね、今回はゾンビじゃない。人間なんだよ、あんたたちはそれを理解してんのかい、人間に勝つって言うことがどういうことかを、さ。殴って終わりじゃないんだ。負けてごめんじゃすまないんだよ?」


 その言葉には深い真実味が帯びている。

「それに相手がただのチンピラ崩れだったらまだいい。ただ、慣れた奴は厄介だよ」

「慣れた奴?」

「たまにいるのさ。一般の世界から摘み出されたわけじゃなく、一般の世界では生きられない人の皮を被った獣がね」


 何かを思い出したように――一瞬だけ眉根を上げると、鈴は煙草を投げ捨てて足でもみ消した。

「ま、決めるのはあんたさ。あたしとしては逃げるのをお勧めするけどね」

 言葉に、優は頭をかいた。

「それが最善だろうね」


 答える。

「敵の人数が不明の上に、いつ襲撃を受けるかわからない。そんな状況では満足に調達もできない。引越しの準備を進めよう、明日の朝一で出発だ。いいか」

「ああ。すぐに荷物をまとめて、運び込めるようにして置こう。少々もったいなくはあるが」


「また見つければいい。何も奪われなかったというだけでも、ましさ。準備をする前にわかっただけ良かったという事にしておこう」

 


 けれど。

 運命は――残酷で、皮肉で、そして血に塗れている。



「なあ山崎ぃ。お前、おかしいとかいわれたことね?」

「よくある」

「だよなぁ。八時に寝るのはまあいい。寝る子は育つ――なんで、起きるのが二時なんだよ、二時。丑三つ時じゃねーか。しかもご丁寧に俺まで起こしやがって」


「明日と言った」

「明日にも限度があんだよ。このままのペースだと四時には銀行つくぞ。つか、その時間に開店してんの、てか開いてなくね?」

 まだ暗い夜道で、二人は不毛な会話を繰り広げた。




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