役割分担2
「あとは……」
見ていないものを探そうとして、そこに並べられた配線や道具の部品に優は眉をひそめた。どれも初めて見るものばかりで珍しく、何に使うか想像もできない。
「整備道具です。こっちは電気関係の配線やブレーカー。こっちは水道管のパイプ。その奥にあるのが殺虫剤で。あとはそれの道具関係かな」
丁寧に教えてくれたのは、高木の父親――高木秀介であった。
「で、僕は施設内のメンテナンスをすればいいのかい?」
眼鏡の奥に人のよさそうな微笑を浮かべる秀介に、優は頷いた。
「ええ、屋上に太陽光パネルがあるそうなのですが、いま電気が止まったとして満足に動くかどうかもわかりませんし。その辺りの確認もお願いします」
「中途半端な知識でとても本職にはかないませんが、最善をつくさせてもらいます」
「昨日、息子さんにいろいろな情報をパソコンに入れてもらいました。わからないことがあったら、活用してください」
「本当に先々のことを考えてますね。わかりました、あとで目を通しておきます」
感心したように、秀介は微笑を浮かべる。
その隣――道具とは別に、こじんまりとした山がある。
救急箱が三つに、市販されている薬が置かれている。
風邪薬や胃腸薬といったCMでよく見られるものだ。
「秋峰のお母さんは薬剤師をされていたのですよね」
「ええ。元ですけれど、この子が生まれてから退職しましたので。少し現場を離れてはいますけれど」
そう言って、娘の千里の肩を抱きながら、秋峰里美は頷いた。
「それでも他の人よりは詳しいでしょう。薬の管理と、あと簡単な治療でかまいませんので、お願いできますか?」
「私でよろしければ」
「ありがとうございます。もし必要なものがあれば言ってください。出来るだけ調達するようにします――何しろ簡単には病院にいけませんからね」
「ええ。きっと、凄いことになっているのでしょうね」
感染が拡大して、すでに一日が経っている。
初期段階においてどれだけの人間が運び込まれたかはわからないが、発症前に運び込まれた人間も相当な数に上るだろう。
想像するだけで、優は嫌そうな顔をする。
「ま、平時でも病院は行きたい場所じゃねぇがな」
「けれど、必要だろう」
「それは否定しねぇ」
優の言葉に、浜崎は頷いた。
「もし、薬が必要でしたら病院ではなく、調剤薬局を探した方がいいと思います。ある程度の薬は置いてあると思いますし――病人はいませんから」
「調剤薬局?」
浜崎の疑問の言葉に、優は沈黙――驚いたように彼を見た。
同時に、周囲の人間も唖然と口を開く。
「なあ、浜崎」
「何だ?」
「最後に病院に行ったのっていつだ?」
「唐突だな。あーてか、病院何ていったことねぇぞ。つか、医者は家に来てたし」
「何、このブルジョワ。もう一回、蹴ってやろうかしら」
琴子がいささか本気をこめた口調で、口を尖らせた。
Ψ Ψ Ψ
「さて。大体、分類と担当分けは終わったかな」
周囲を見渡しながら、優は一つ一つを見て回った。
日用品や身の回りのものは、高木恵子が担当する。
食料品は、二見陽菜だ。
大工仕事と農作業は宮下敬三に任せ、燃料やメンテナンス関係は日原正則が行う。
施設関係は高木秀介、薬関係は秋峰里美が担当することになった。
それら在庫等の総合的な管理は、コンピュータを使う佐伯夏樹だ。
「じゃ。食材関係と日用品は台所とあと倉庫を整理しておいて置こう。大工道具と農作業用具――あと施設関係の用具は二階を一部屋潰せばいいだろう。燃料はさすがに危ないから屋上だな――雨が降る前にトタンで屋根を作ればいいかな」
それぞれ置き場所を指示して、さてと振り返れば――そこには名前を呼ばれなかった面々がいる。
「待たせたというのかな」
「ああ。いつ名前を呼ばれるかと期待していたんだがな」
浜崎の言葉に、優は苦笑しながら。
「別に待たなくても忘れたわけじゃないが。その前に――」
と、優は子供を見た。
同じような期待をこめた視線で見つめるのは和馬と弓奈であり、秋峰琴子の妹である千里は――そして、双子の遠藤翔子と純子は不安げな表情を見せていた。
「とりあえず。小学生は仕事はないぞ、勉強だ」
「えーーっ! なんだよ、僕も手伝えるよ」
「手伝えるといっても、それが仕事だしな」
「大人はいつもそればっかり」
不満げな口調で弓奈が口をだせば、優は苦笑せざるを得ない。
「というか、手伝うも何も、逃げることも戦うことも、それに判断だって大人に比べたら劣るだろう」
「大丈夫……私、足速い」
ああ、そうだったなと。一緒に逃げたときを思い出して、優は苦笑を深めた。
「だとしてもだ。掴まったら逃げられないだろうし」
「それはみんな同じじゃない?」
ああいえば、こういう。
優の言葉に反論する弓奈の口調は、代わらず冷静で的確だった。
「ま、個人個人の能力はともかくとして、最低限小学校レベルの知識は身につけてもらう。これは絶対だ」
と、優は断言した。
不満げな少年と少女に、まっすぐ――語りかける。
「いいか。君たちにとって見れば必要のない知識だろうが、それらの知識が合わさって彼らのような特別な知識を得ることができるんだ。算数や国語が直接的に技術になるとは言わない。けれど、それすらも知らないものが技術を生み出せるわけがない――そして、その知識は途絶えさせては絶対にいけないものだ。何よりも」
「……ほえ」
その言葉に意味が理解できないのだろう。
和馬はほうけた様な顔をして、逆に聡明な弓奈はそれも理解しているように優を見ていた。
「何も君たちを足手まといだというわけじゃない。というよりも、君たちだって貴重な戦力なんだ。そのために、今出来ることは勉強って事になるんだろうな」
「……この人はしなくていいの?」
「そこでなんで俺を指差すんだよ!」
弓奈に指差された滝口信二が、非難の声をあげた。
「あら、ちょうどいい機会じゃない。この際小学校からやりなおしてみたら?」
「か、母ちゃんまで」
「いや、あれは手遅れだから。そうなる前に勉強が必要なんだ」
「そうかー。手遅れにならないように今勉強するんだね」
滝口信二は号泣した。
Ψ Ψ Ψ
「純子さんと……」
髪を右に束ねた女性に声をかける。
「翔子です。右束ねが翔子で」
「左束ねの私が純子です」
「すまない」
「いいんです。よく間違えられますから。たまに変えて遊んでいるんですけど、お兄ちゃんとお姉ちゃんにしか気づかれた事ないんですよ」
二人して同時に笑えば、笑い顔も似ていた。
言葉通り、優にはとても判別が出来そうになかった。
兄である遠藤はどこで判別しているのだろうと、視線を向ければ。
「なんていうか、勘っすかね?」
という、とんでもなく曖昧な回答を得る。
「君たちも基本的には勉強って事になると思う。午前中は勉強して、午後は身の回りの関係の手伝いや子供たちの世話をお願いできるかな」
「ええ。わかりました――」
「任せてください」
やはり二人は同時に、頭を下げる。
その動作とタイミングまで同じだ。
「さて。で、後は残りだな」
振り返れば、力強く頷く姿がある。
「楽しそうだけど、たぶん一番危険だぞ。戦闘係だからな」
戦闘――その言葉に、全員の顔が厳しくなった。
けれど、恐怖はない。
覚悟を決めた顔だ。
「隊を二つに分ける。一つの隊が外に必要物資の調達で、もう一つの隊が拠点の防御。これが基本的な活動になるだろう。調達は午前か午後の一回で、残りの時間は休憩。夜に交代して、見張りという形になる」
優が説明したのは、一日の流れについてだ。
二つに隊を分けて、調達と防御に別れる。
調達隊は、午前か午後に必要な物資を調達を行うか、必要がなければ大人から技術を教えてもらったり勉強や訓練を行う。その後は休憩を挟み、夜の見張りへと移る。
防御隊は施設の防御だ。
夜の見張りの後にそのまま、夕方まで拠点に残り――見張りや防御、あるいは調達隊が残っている場合は。簡単だが休憩を取るというものだった。
「なかなかハードなスケジュールだな」
「夜の見張りといっても、昨日同様に二時間くらいさ。それに毎日毎日調達に行く必要もないだろうし、休めるときは休んでくれたらいい。その辺りについては、隊長に一任するし、臨機応変に変えてもかまわない。」
優が肩をすくめて見せた。
「無理をする必要はないさ。どれだけ続くかわからないし、どうなるかもわからない。実際やってみて改善点があれば、話して改善すればいい」
「なるほどな。隊はどう分ける?」
「こういう感じで、考えてみた。意見があったら、いってくれ」
優が紙を出せば、紙に隊の編成が書かれていた。
丁寧な手書き文字だ。
一隊目。
隊長 今宮優。
運転担当 日原昌司。
隊員一 宮下洋平。
隊員二 滝口信二。
隊員三 二見明日香。
二隊目。
隊長 浜崎隆文。
運転担当 滝口鈴。
隊員一 遠藤剛。
隊員二 高木稔。
隊員三 秋峰琴子。
「なんだか、凄いシンプルだな」
「こんなもの、こって作ったって仕方ないだろう。意見があったらいってくれ」
「あら、あたしは一隊目の方がいいな」
浜崎の背後から紙をのぞき見ながら、鈴が声をあげた。
「その理由は?」
「んー。あんたといたいから?」
「却下ですっ!」
明日香が断言した。
もはや滝口自信は何も言う気がないのか、頭を抑えるだけだ。
息を切らせて否定する明日香の肩に、手が置かれる。
にまにまとポニーテールの女性、秋峰琴子が笑みを深くしながら。
「よかったね、明日香」
「そういう、琴子も良かったね。二隊目で」
「ど、ど、ど、どういう意味よ!」
「ふふ、べっつにー」
切り替えした明日香が意地悪げな笑みを浮かべれば、琴子が動揺した。
何が良かったのかわからないが、意見はなさそうだと優は判断。
他にも、それを見て特段大きな意見があるようでもなかった。
「ま、全員おおむね納得してくれたようで何よりだ」
「今宮の考えたことだ。別に文句もないが――ただ、この名前はいけねぇ。一隊目と二隊目ってのにセンスも何も感じねぇ」
「だったらセンスのいい名前でも考えてくれよ。別に名前で決まるわけでもなし、嫌なら今宮隊と浜崎隊とでもしておくか?」
言葉に浜崎が、意地悪げな笑みを深めた。
「やっぱ、隊長じゃねぇか」
Ψ Ψ Ψ
隊の編成が決まったところで、それぞれ武器を選ぶことになった。
今まではそれぞれが適当に選んだものだ。
破壊力のある優の手斧はともかくとして、戦闘となれば心もとない武器も多い。
それぞれが並べられた武器を前にして、選び始めた。
「優はその手斧を使うのか?」
「ああ。今のところ、不便を感じないし――俺はこれでいい」
「私はこれを使うわ――」
秋峰琴子は自宅から持ってきたナギナタを手にしていた。
滝口鈴は日本刀を、滝口が金属バットを手にする。
それぞれが思い思いの武器を選んだところで、ふと気づいたように宮下が声をあげた。
「ところで。この浜崎さんの自宅から持ってきた金属バットを入れるケースみたいなのは何ですか」
開いて、絶句。
Ψ Ψ Ψ
「これはまた、とんでもないものを持ち込んでくれたな」
猟銃三丁、実弾二百発の姿に頭痛を抑えるように優が頭をおさえた。
周囲は興奮が半分、不安が半分といったところだろう。
始めてみる銃の姿に、誰もがそれを凝視している。
「ないよりはあった方がいいと思ってな」
「武器にはなるだろうけど、使い方が難しいな」
「そうでもない。中に弾をつめて」
「そういう意味じゃないさ。撃てば音がでるだろう――そうすれば、ゾンビを呼び寄せることになる。一体倒すために五体増えたら本末転倒だろう」
言葉に確かにと、周囲が納得したように頷いた。
強力な武器であることは確かだ。
だが、撃てば音が出る上に、さらに前に味方がいれば味方まで撃ちかねない。
訓練された人間が使うならばともかくとして、高校生が使うには手に余るものだと優は言った。
「訓練しようにも拠点でまさか撃つわけにもいかないしね。かといって、訓練できるところがあったとしても慣れるころには弾がなくなったら意味がない」
「無駄だったか?」
「無駄ではないさ。少なくとも調達のときに持っていけば安心はできる。ただ、その時持つのはゾンビが出ても、冷静に対応できるって人間に限られるけどね。いきなり後ろから襲われて、前の人間をズドンってのは勘弁してもらいたいもんだ」
「お前は無理だな」
「あ、遠藤。何で俺が無理なんだよ」
「ゾンビひこうとしてバックにギア入れた奴が何言ってんだ」
「お前まだ、それ覚えてんのかよ」
「忘れるわけねーっ!」
口論を始めた滝口と遠藤に、確かに冷静な対応は難しいもんだと浜崎は頷いた。
「そうすると、限られるな。今宮か俺か、あとは秋峰――」
「私は無理よ」
琴子は小さく首を振った。
「家でのこと覚えているでしょ。冷静に見えた?」
「いや、そりゃあの時は仕方がないだろう」
「その仕方がないってのが出来ないからこそ、難しいって話なんでしょう」
琴子の言葉に、それまで自信があったのであろう者たちも顔を見合わせて、俯いた。
自分のことは自分が良く知っている。
自分の今までの行動を考えれば、自信を持って手を上げるということができなかった。
「あとは滝口――ああ、滝口鈴さんかな」
「これだけいて、三人か」
「三人いるだけでも十分だと思うけれどね。とりあえず、俺と浜崎で一丁ずつ持つようにして。あとは予備で一丁って形でいいんじゃないかな。念のため通常は貸金庫に入れておいて、使う必要があったら取り出すようにすればいい」
「それが一番安全そうだ」
「じゃ、残った他の武器も合わせて、金庫に入れておいてくれるか」
頷きとともに、浜崎が指示を出して武器を運び始めた。
Ψ Ψ Ψ
数十分後。
「今宮――ちょっと着てくれ」
五階の支店長室にて、整理をしていた優を浜崎が呼んだ。
焦っているのか、階段を走ってきたためか、息が切れている。
「何かあったのか?」
「ああ。ちょっとした――ちょっとっていうか、かなり」
言葉に、優の視線が厳しくなる。
貸金庫へと武器を運んでいたはずの浜崎が、息を切らせて優を呼びつける。
その理由を想像して。
「まさか、暴発したのか?」
「いや、猟銃には弾もこめてねえよ。そんな事させないし、する馬鹿もいねえ。武器を入れようと貸金庫の中身をひっくり返したんだがな――問題があった」
「何が。いや、誰か怪我をしたのか?」
「怪我人はいない。とりあえず、きてくれ」
促されるままに浜崎に続き、優は金庫室へと向かう。
分厚い鋼鉄製の扉を開けば、金庫室の奥――貸金庫が置かれたフロアに人が集まっていた。
戦闘隊の面々だ。
それが床の一点を凝視しながら囲むように立っている。
人ごみをかき分けて、中を覗く。
「なるほど。確かにこれは――問題だな」
優の緊張した声が、室内に響いた。