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「今宮が怪我をしたって本当かっ!」

 叫んで一階――受付へと飛び込んだ浜崎が目にしたのは、ソファに座る今宮優の姿だった。

 上半身むき出しの鍛えられた体。


 その背には裂傷が刻まれており、明日香の手によって消毒液がつけられていた。

 大げさだなと苦笑する優の姿に、浜崎の後ろに続いた面々も安堵の表情を浮かべた。

「少し――手こずっただけだ」

「今宮が手こずるって、どんな化けもんだよ」


 宮下が呆れた様に口を曲げた。

 無事でよかったよと肩を落とす浜崎の前で、明日香がガーゼを張った。

「ありがとう」

 礼を口にして、シャツに袖を通しながら、ふと気づいたように優は浜崎を見た。


 何で、内股なんだ。

 いつもは堂々としている彼の姿に反して、現在の浜崎は足を内側に曲げた、俗に言う内股の姿勢だ。まるでどこかをかばうような立ち姿に。

「そういう、そちらこそどこか怪我をしたのか?」

「あ。いや」


 問いかけに、浜崎は戸惑ったように視線を泳がせた。

 そこに深刻さはないため、一先ず小さく息を吐きながらも、怪訝な表情を浮かべる。

 促されるように問われれば、浜崎は言いずらそうに。

「まあ。その、攻撃されてな。ここを……」

「最近のゾンビは金的まで狙うのかよ。とんでもない成長力だな」


「い、いいじゃない! とりあえず、無事だったんだし」

 嫌そうな顔を浮かべた優の前で、話題を変えるように琴子が声を張り上げた。

 事情を知るであろう、宮下と高木は顔を背け、肩を震わせている。

 ただただ浜崎だけが困ったように、頭をかいていた。

「ま、何はともあれ。全員が無事で良かった。いろいろあったが」


 その言葉に、優も小さく頷いた。

 誰もが助けられたわけではない。

 ただ、助けられた結果は現実となって、この一階の受付フロアにあった。

 家族が。たとえ全員ではなかったとしても、家族が集まり、再会の喜びを浮かべている。

 満足げに優は微笑し、その背後で明日香もまた嬉しそうに笑った。


「わん」

 嬉しそうな言葉は、浜崎の背後からも聞こえた。

「……って、わん?」

「ば、ばか。お前らはまだはえー」

 焦る浜崎の背後に、尻尾を振る二頭の犬がいる。


「い、いぬ?」

 それを目撃した明日香が驚いたように、口を開けた。

「こ、これは今宮。ち、違うのよ――そう浜崎の家族なの。浜崎の弟さんと妹さん」

「人間じゃないと思ってたが。熊じゃなくて犬だったのか?」

 頭痛を抑えるように、優が頭に手をあてる。


「いや。その、駄目か?」

「そんな怖い顔で上目遣いにみないでくれ。というか……」

 ため息を吐きながら、苦笑し、駆け寄って犬を撫で付ける明日香を見ながら。

「いまさら駄目だとか言える雰囲気でもないだろう。とりあえず、集めた荷物をまとめて――落ち着いたら、自己紹介でもしようか」


 Ψ Ψ Ψ


 大高都市銀行。

 拠点として作られたそこに、集まった人数は合計二十二名まで膨れ上がった。

 最年長は宮下の祖父であり、八十二歳の彼を筆頭にして、二十歳以上の大人が八名。


 次に高校生の優たちが九名おり、続いて遠藤の妹たち――中学生が二名いた。

 最後に小学六年生である阪木弓奈と秋峰千里、そして最年少の小学三年生――二見和馬がいる。

 一人一人の紹介が終わり、まるで場所は学校の懇談会のようだ。

「わふ」


 犬が忘れるなと言わんばかりに、浜崎の周囲を回り、

「最後に、こっちの白斑がファット、こっちの茶色がフィアだ」

「わん」

 宜しくとばかりに、優に向けて二匹が声をあげた。

「猟犬って言ってたな。訓練とかはしているのか?」


「ああ。それなりには、吼えることはないと思うが――わからん。何せゾンビを見せたことがない」

「見せない方がいいかもしれないね。もし彼らが腐り始めたら、犬の嗅覚には刺激的過ぎる」

「人間にもな」

 腐るさまを想像したのだろう、浜崎が嫌そうな顔をした。


「心配していても仕方がない。それに仮に赤ん坊がいたとすれば、結局のところ泣くなといったところで、どうにもならない。それなら音の漏れないところにで寝かせるなり、対策をすればいいだけだ。幸い、防音の聞いた部屋もあるわけだしね」

 コンピュータルームとかねと、優は肩をすくめた。


「しかし、いろんな人が集まったなぁ」

 居並ぶ面々を見つめながら、浜崎は感心したように言葉を紡いだ。

 二十歳以上の大人は八名。

 その多くが、手に職をつけている。

 佐伯夏樹はエンジニアとして、コンピュータの管理を得意としている。


 宮下の祖父は、元大工だ。

 滝口鈴は運転手をしており、日原の父親は自動車の整備工場を営んでいた。

 他にも、高木の父親は便利屋として電気工事や修理を生業にし、秋峰の母――秋峰里美は元々は病院で薬剤師をしていたらしい。薬品にはもちろんのこと、ある程度の病気に関する知識も深い。

 二見陽菜はバーで働いていた。


 確かに夜の仕事であるが、厨房の方にもいたらしく、昨日の料理の味を考えれば、納得できることだった。

 結局、成人した大人が八人いて、専業主婦の経験しかないのは高木の母親である恵子一人だけであったが、その長い間培われた家事の知識は決して馬鹿に出来るものではない。


 どれもが高校生の彼らにはわからない遠い世界の知識であって、そして、これから生きていくのに必要不可欠な知識だった。

「こういう事も期待して、家族を集めるって言ったのか?」

「期待っていうかな。どちらにしろ知識では大人には勝てないさ」

「ずいぶんと自信を持って断言するんだな」


「当たり前だろう。仕事だぞ。三百六十五日を何年もやり続けて、経験をして、考えて、働いて。それが、ただ学校で勉強しただけで理解できるはずもない」

「確かに」

 苦笑をしながら、浜崎は頷いた。


 ふと、優は真面目な表情を作ると、談笑する人々にゆっくりと手を広げた。

 視線が集中する。

 その中で。

「それで――次は誰がリーダーに?」


 Ψ Ψ Ψ


 優の言葉に、明日香は表情を固くした。

 そう、彼は言っていた。

 次のリーダーが決まるまでの代理であると。

 優は元々一人で行動を考えていた。それを引き止めたのは浜崎であって、望んだのは明日香たちだ。


 しかし、それも。

「いや、そんなに驚かれても困るんだが」

 大人が八人もいる段階では、わざわざ高校生の優が率いる必要がない。

「俺はまだ、お前がリーダーをやるのが適任だと思っているんだがな」

「冗談。元々、そういうの苦手なんだよ。してくれる人がいるなら、それに越したことはないさ」


 安心したような微笑を浮かべる姿に、浜崎は嘆息をした。

 引き止めたいという思いはある。

 けれど、引き止める理由もない。

 昨日から優は十分すぎるほどに、その大役を務めてきた。


 だが、大人が八人いるという現状で――高校生の彼にこれ以上の責任を押し付けるわけにもいかない。

 誰かと優が視線を向ければ、最年長の宮下敬三がゆっくりと首を振った。

「それはいささか老人には骨の折れる仕事じゃな。お断りさせていただこう」

 もう年を食いすぎたしなぁと、苦笑する。


 ならばと、次に視線を向けたのは滝口鈴だ。

 まだ若い――そのトラック運転手の女性は煙草を齧りながら、肩をすくめた。

「そりゃ、昔はあたしも頭やってたことあるけど、悪いけど今回はパスさせてもらうわ」

 ひらひらと手を振る様子に、慌てたように優が周囲を探す。


「俺はやだぞ。そんなの趣味じゃねぇ」

 呟いたのは、ドワーフのような日原正則で――佐伯夏樹はその隣でねじ切れんばかりに何度も首を横に振った。秋峰の母親里美も、そして二見陽菜もゆっくりと否定の表情で首を振っていた。

 優は次第に困惑を深めていった。


「勘違いしているようだけど」

 と、ゆっくりとした口調が聞こえた。

 高木秀介が妻の肩を抱きながら、微笑んでいる。

 それは柔らかな笑みだ。


「リーダーというのは、なりたいからといってなれるものじゃない。その人を信じたいと願うから、みんなが付いていくのだと、僕は思う。もちろん」

 と、言葉を置いて、秀介は話を続けた。

「君が高校生で――そして、僕たちの命を預かる立場が怖いことも十分わかっているよ。僕ももう四十を過ぎるけれど、そんな立場であったら恐ろしいと思う。実際、妻と二人で何も出来ず君たちを待つことしか出来なかった。でもね、そこで立ち止まらずに行動が出来るからこそ、君が適任なのだと思う。僕たちを――息子たちを助けてくれたように」


「別にあんた一人に全部を背負えってわけじゃないさ。必要があったら任せてくれたらいいんだ。それであたしが死ぬことになっても、それは任せたあたしの責任さ。あんたを恨む気なんてこれっぽっちもない」

「気軽にやりゃーいいんだよ。お前が動く、俺たちが付いていく。失敗なんざいまから考えたってしかたねーし。失敗しないわけがねぇ。つか、現段階で完全にマイナスだろうが、これ以上どう悪くなんでぇ」


 口々に紡がれる言葉に、優は深いため息を吐く。

 恨みがましく視線を向ければ、浜崎がにやにやと笑っていた。

 面白そうに。


「ずいぶん楽しそうじゃないか、浜崎」

「今宮のそんな顔が見れたからな、面白くてしかたねぇ。で、次は何をすればいいんだ、リーダー?」

 言葉に、優は心底嫌そうな顔をした。

「とりあえず、そのリーダーって恥ずかしい呼び方をやめてくれ」




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