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救出活動5



「母ちゃん、母ちゃん!」

 叫んだ声と、伸ばした手は浜崎隆文の力強い手によって止められた。

 それでもなお、伸ばした手が宙をかいて、助けを求めるように動く。

 両腕で、彼を抱きとめながら浜崎は沈痛な面持ちを浮かべ、唇を噛んだ。


「浜崎。もう持たないわよ。どうするの、逃げる?」

 扉を止めている琴子が、切羽詰ったように声を張り上げた。

 薄手の合板製の扉は、何度も繰り返し叩かれ、破片を撒き散らしている。

 何とか扉を高木と琴子が押さえてはいるが、それも扉ごと壊されれば終わりだ。


 その脇に、齢八十を超えた老人が力なく座り、日原が心配げに背中を抑えている。

 朝からたった一人で、彼らが到着するまで扉を支えてきたのだ。

 高木と琴子が二人で何とか押さえているそれを、何時間もたった一人で。


 限界なのだろう、だが見上げる視線は扉であり、正確には扉の向こうだろう。

 この合板一枚を隔てた向こうに、宮下洋平の母親はいる。

「母ちゃん!」

 悲痛な叫びが、耳朶を打った。


 悲鳴に合わさるように打ち付けられた音は、確実に扉を割っていく。

 やがて、一発が合板を貫いた。

 伸びるのは太い分厚い脂肪に覆われた、小さな手だ。

 皮膚が破れ血にまみれ、それにかまわず打ち付けられる破壊の音。


「もう、限界よ」

「くっ」

 二人の声が、小さく漏れ出た。

 何とかして欲しいという言葉は、けれど決して言ってはいけないものだ。


 何よりも宮下自身が何とかして欲しいと願っているに違いない。

 そして、何とかできる事があるとすれば逃げるか、それとも。

「宮下ぁ!」

 分厚い言葉とともに、甲高い破裂音が背後から聞こえた。


 それは浜崎の一撃だ。

 手のひらを頬に当てられたビンタに、びくりと衝撃を受けて宮下が言葉を失った。

 痛い。けれど、それ以上に浜崎の表情は痛みをこらえている。

「お前の母ちゃんだろ。どうすんだ、このままにしておくのか。それでいいのか」

「あ……」


 差し出した手が扉を示す。

 確かに綺麗だったとはいえない。家事のため、洗剤にこすられた肌はぼろぼろだ。

 でも皮膚が破れ、血にまみれ、それでもなお扉に拳を打ち付ける。

 その手は異様で、そして痛々しい。


 何とかして欲しい。でも、出来ないのならば。

「楽に……」

 そう願った。

 誰か、母ちゃんを助けてください。

 説教くさくて、いつも小言を言っていた。


 韓流ドラマにはまって、いつか韓国に行くのが夢だと言っていた。

 宮下が喧嘩をしたと聞けば、本気で怒った。

 病院に運ばれたと聞けば、心配してずっと付いていた。

 いつも笑って、怒って、涙もろい。

 そんな母ちゃんが――大好きだった。


「楽に、楽に」

「ああ」

 力なくうなだれた宮下の肩を押して、浜崎は頷いた。

 見守っている。


 誰もが心配げに、浜崎と宮下を見守っていた。

 本当にいいのかという言葉は、誰の口からも発せられない。

 それは、宮下洋平が勇気を振り絞って言った一言への否定になる。

「三秒であけるわよ。浜崎、早く終わらせて」


「ああ」

 頷いた言葉に、とめる声があった。

 宮下だ。

「浜崎さん」

「あ?」


「や、やっぱり俺がやります。俺が始末します」

「何いってんだ?」

「おれ、母ちゃんっ子だったから。だから、自分でやりたいんです。わかってるけど、でも母ちゃんを殺されたって思ったら、俺浜崎さんを恨んじゃうと思うから。こんなことで、こんなことで、誰も恨みたくないから。俺が、俺がやります」


 泣いている。

 小太りで、決してかっこいいとはいえない姿だ。

 ただひたすらに涙を流しながら、仁王立つ姿に――琴子も高木も何もいえない。


 泣きながら、それでも決意を固めた男の顔だ。

「気にすんな」

 だが、浜崎は頬を緩めて、それを否定した。

 小さく手を伸ばし、宮下の頭を撫でて、笑う。


「自分の親を思わない奴がどこにいる。それが、自分で殺すなんざ一生後悔してもしたりねぇ。俺はお前にそんな思いをしてもらいたくはねぇ、お前はそこにいろ」

「でもっ!」

「それで恨むと言うなら、恨めばいい。後ろから刺したってかまわねー。そんなことくらいで、俺はしなねえがな。てめえの恨みも全て受け止めてやる、俺たちは仲間だろう」


「う、う――」

 それ以上は言葉にならなかった。

 腰が砕け、震えが走る。

 それを浜崎は見ていなかった。


 黙って、扉の前に立つ――琴子に視線を送り、頷きとともに扉が開かれる。

 伸びだされた手を掴み、さらに扉の奥へ。

 再び扉が閉められ、同時に室内に轟音が響く。

 叩きつけられる破砕音、そしてすぐに静かになった。


 Ψ Ψ Ψ


 扉が開き、浜崎が姿を現せば、静かな言葉が耳に入った。

 震えるような言葉だ。

「すまないねぇ」

 見下ろせば、ゆっくりと日原に支えられながら老人が立っている。


 宮下洋平の祖父である、宮下敬三だった。

「私にもう少し力があれば、孫にもあんたにもこんな事をさせなくてすんだのだが」

 震えているのは悲しみだけではない。

自らの無力によるところでもあるのだろう。

「いいえ。よく耐えてくれました、そして生き残ってくれました。それだけで十分です」


「優しいねぇ。顔に似合わず」

「よく言われますよ」

 浜崎は苦笑をかえせば、老人は朗らかに笑い声をあげた。

「他に人は?」

「いや。息子は――ああ、洋平の父は昨日は帰ってこなかった。心配していたが、今朝になって彼女もなぁ」


「そうですか。いま、私たちは拠点を見つけて集まっています。もしよければ、来ていただけませんか?」

「こんな老人が行っても、迷惑なだけじゃないかね」

「迷惑何てとんでもない。いろいろ教えてもらうこともあるでしょう、それに」

 言葉にして、うなだれる宮下に視線を向けた。


「彼にも」

「ああ。本当に優しいね。すぐに準備をしよう。何か必要かね?」

「とりあえず、そこを拠点に生活するつもりでいます。だから、必要な物資があれば、外にバスを待たせています」

「ああ。そうか、それなら――ちょっと庭の倉庫まできて欲しい。あれも必要だろう」


「ええ。日原、バスの準備を。高木は一緒に来てくれるか」

「浜崎さんっ!」

 言葉に、驚いたように全員が振り返った。

 発したのは宮下洋平だ。

 立ち上がり、頭を下げている。


「ありがとうございましたっ!」

「気にするな。そっちも準備をしておけ」

 手を振りかえし、浜崎と高木が敬三に続く。

 縁側を降りれば、そこは小さな庭だった。

 花や野菜が色とりどりに飾られている。


 小さいながらも見事なものであり、その一角を占める倉庫に敬三は近づいた。

 あける。

「拠点にするなら、少しくらい自給自足ができた方がいいじゃろ」

 そう言って、笑う敬三は倉庫の中を示した。

 肥料や野菜の種、土やクワといった園芸用道具がひしめいている。


 三角の台車を引っ張り出しながら、敬三はそれに器用に肥料を載せ始めた。

「農家をやられていたのですか?」

「趣味じゃよ。元々は大工をやっとった。これでも棟梁と呼ばれておったんじゃよ?」

「それで、のこぎりとか工具もあるんですね、この材木もいただいて?」

「ああ。必要なものは全部持っていくといい」


「ありがとうございます。リーダーも喜びます」

「おや。君がリーダーではなかったかい?」

「違います。リーダーは今別行動中です。きっとおじいさんも気に入ると思いますよ――うちのリーダーは優秀ですからね」


 笑い声をあげながら、浜崎は角材や木材の束を一息。

 一気に持ち上げた。

 重量数十キロに達するであろう巨大な木材の束を肩に担ぐ姿に、朗らかだった敬三は大きく目を見開いた。とても一人で担げる量ではない。


 それを軽々と肩に乗せながら、左手で別の木材の束を掴む。

「君の言うリーダーがどんな人物か知らんが。だが、私は大工時代に君が欲しいというよりも、今からでも働く気はないかね。紹介するよ?」

「残念ですが、手先は不器用なもので。力仕事だけが得意な半端もんですよ」


「将来は安泰ですね」

 高木が笑いながら、こちらはシンプルに台車に土を乗せて運び出していった。


 Ψ Ψ Ψ


 大量の材木と園芸道具、工具や台車を積んだバスは次に高級住宅街に止まった。

 一軒一軒が広く巨大だ。

 その家の前に止まり、バスから降り立った面々を目を開いていた。

『浜崎』


 表札に書かれた文字と、巨大な鉄製の門扉。

 そして、普通の家が何件も並びそうな広大な敷地と大きな建物。

 誰もが驚きを持って、それを見上げていた。

「ちょ、ちょ、浜崎。名前違いなんじゃないの」


「ちがわねぇよ」

 対する浜崎は、その家を見ても苦笑を浮かべただけだった。

 鉄製の門扉を開いて、開け放てば声が聞こえた。

 犬だ。


 二匹の足の長い中型犬が飛び出した、それを浜崎は受け止めて頭を撫でる。

 どちらも同じ犬種であるらしいが、足の長さが特徴的な犬だった。

 体長は五十センチほどで、ウィペットという猟犬の犬種であると浜崎は伝えた。

「こっちの白斑がファット。茶色い模様が特徴なのがフィアだ」


 がしがしと頭をかいてやりながら、何かを求めているようだ。

 苦笑しながら浜崎は玄関を開けて、下駄箱の横から荷物を取り出してくる。

 手に握られた、ドックフードを前においてやった。

 それにわふと嬉しそうに尻尾を振りながら、しかし見上げるように浜崎を見ている。


「食べていいぞ」

 その言葉で、二匹は一気に食事を開始した。

 もう一度撫でて、呆然とする面々に気づいた。

「ほ、本当に?」

「ぶ、ブルジョワだよ。犬だよ、しかも超賢い。滝口よりも賢いぞ、あれは」


「失礼な奴らだな。いいからあがれよ」

 首を振って、浜崎は玄関に招きいれた。


 Ψ Ψ Ψ 


「浜崎製鉄って聞いたことないか」

「聞いたことって、上場企業じゃない」

 浜崎製鉄株式会社。それは主要の鉄鋼製品のみならず、原子力関係や不動産にまで手を伸ばす巨大な会社だ。子会社も多く、あるいは別の上場企業の企業株主でもある。


 そんな名前を突然出されても、琴子に出来ることはただただ口を開くだけだった。

 高木と日原、そして宮下洋平と敬三には食料品や園芸用品の倉庫を伝えると、琴子とともに浜崎は二階へとあがっていた。


「じゃ、あんたも将来は社長になるわけ?」

「どうかな。俺は世話になるつもりはなかったが。それにこんな状況だ、どうなってるかもわかんねぇ」

 苦笑混じりに言葉を返す。

 あまりいい思い出はなさそうだった。

「第一、親父や兄貴にはもう二年もあってねえ。使用人はいたが、誰にもあわねーところをみると、逃げたかもしれんな。ま、幸運だが」


「メイドさんとか」

「四十を過ぎたおばちゃんだったけどな」

 住んでいるところが違うとは比喩の言葉であったが、琴子は見渡しながらそれを実感した。飾られる絵画や壷など価値はわからなかったが、琴子が一生働いても変えないのではないか。そもそも、ところどころの壁に飾られる剥製の意味もわからない。


 鹿か、いや鹿にしては大きすぎる。

「トナカイだ。兄貴が狩猟好きでな」

 視線を受けて、浜崎はその剥製の説明をした。

 長い廊下を抜けて、たどり着いたのは部屋だ。

 扉を開くと、そこは剥製の大群が彼女を出迎えた。


 熊やいのしし、それに鹿――それらが、現実的なものとなって彼女を出迎える。

 その迫力に気をされながら、琴子は一歩後ろに下がった。

「な、なんか。ずいぶんとすさまじい部屋ね」

 こんなところでは落ち着けないのではないだろうか。

 浜崎とのギャップに驚きを感じれば、背後で浜崎が首を振った。


「俺の部屋じゃねえ。ここは兄貴の部屋だ」

「お、お兄さんの?」

「ああ」

 そう言って、浜崎はずかずかと上がり込むと引き出しに手をかけた。

 一番上を開けて、鍵を取り出す。


 二つずつ付いた鍵が、合計三つ。

 それは重厚な作りで、分厚い鍵だ。少なくとも複製することなど不可能だろう。

「やっぱり、ここに入れてたか。無用心の上に犯罪だぞ――ま、探す手間が省けたが」

 呟きながら、次に移動したのは壁面に固定された、頑丈そうな金庫。


 見ればロッカーのようにも見える。

 しかし付いた二箇所の鍵と壁面に固定されたロッカーは、重厚な作りだ。

 それに鍵を差込み、ひねる。

 違ったようだ、それを引き抜けば次に再び差し込んだ。


 今度はあいた。

「な、何なのよ」

「いっただろ、狩猟が趣味だって」

 そう言って浜崎が扉を開けば――そこに、一丁の散弾銃が立てかけられていた。


 Ψ Ψ Ψ 


 レミントンM870。

 有名な散弾銃だ。

 ポンプ式で、二発の弾丸をこめることが出来る。


 それを取り出して、弾を確認する様子に琴子は口を何度か上下させて。

「何で、そんなもんがあるのよ」

「別に免許さえありゃ、あるのは問題ねーだろうよ。まあ、本人以外が取り出せたってのが、大問題だが」


 そんなことがあれば、免許が取り消しどころの話ではない。

 立派な犯罪だ。

 事も無げに話しながら、浜崎はそれを金属バットでも入れるような長いケースに入れて背に担いだ。

「弾はそっちか」


 そう言って、再び机に向かい合った。

 最下段に設置された引き出しを開けば、金庫が姿を見せる。

 慣れた手つきで操作し、鍵を開ければ開いた場所に箱があった。

 実弾だ。

 箱に入れられた実弾の束を手にして、無造作にケースにしまっていく。


 その手つきに、琴子は頭を抑えた。

 いまだ混乱がとけやらない頭を、冷静に冷静にと思う。

「ちょうど狩猟の時期で助かったな」

「助かったって、いやあんた、何でそんなに冷静なのよ」

「今宮がうつったかな」


 からからと笑う浜崎に、笑い事じゃないわと琴子は額をおさえた。

 銃だ。

 しかも、実弾だ。


 それは確かにゾンビに対しての強力な武器になるだろう。

 だが、同時に人に対しての凶器にもなりうる。

 いかに浜崎や今宮が強くても、銃には適わない。

「正直に言うと、俺もさすがにこれを持ち出すつもりはなかった。昨日だって言わなかったろう」


 確かに、昨日浜崎が今宮に尋ねたのはどこに行くかということだ。

 もし、銃が自宅にあることを知っていたら。

 それを先に行ったのではなかったか。

 安全な場所があると、武器があると。


 だが、浜崎隆文は一言も語ることがなかった。

「銃は強力だが。弱い人間が持てば、それに頼っちまう。ましてや、強いと錯覚しちまう。それなら、まだない方がいい」

 その言葉に琴子も同意の頷きを返した。

 心の弱いものが持てば、どうなるか――下手をすれば、それは味方への脅威となるのだから。


「でも宮下を見て思った。成長したよ――宮下だけじゃない、日原も、高木も、滝口も、そして遠藤も。みんな昨日よりも今日、そして今日よりも明日。強くなっている」

「それは、私もそう思うけど」

 きっと学校にいるときには考えることも出来なかったことだろう。


 彼らを信頼できる日が来るなんて思いもしなかった。

 けれど、今なら言える。

 強く決意を固めた宮下を、バスを迷いなく運転する日原を。

「私も信頼しているわ、浜崎も」


 浜崎は満足げに頷いた。

「ああ、秋峰もな。それはあいつらの頑張りもあるだろうが、何より今宮の存在が大きい。まっすぐで冷静で、そんなあいつを見ていると、今の現状に嘆いて何も出来ない自分が悔しくなる。だから、あがきたくなる。そんなあいつがいる今だからこそ、俺はかけてもいいと思えたんだ。きっと奴ならこれを有効に使ってくれる、そう信じることができた」


「そう――」

 そんな言葉に、琴子は湧き上がった恐怖がすっと消えていくのを感じた。

 恐ろしい武器であるが、信頼できる人間が持てば、何より頼りになる武器であることは間違いない。

「なら、私も信じないとね。信頼しているって言ったばかりだし」

 うん。きっと大丈夫だと、明日香がいればそう笑っていたことだろう。


 何も考えていない人を信じる少女を思い出しながら、琴子は笑いかけ――ふと気づいた。

 鍵は三つ。

「え。ちょ、ちょっと」

「隣とその隣に、使用人の『部屋』がある。ま、ばれたら間違いなく、逮捕だろうけどな」

 銃は一丁だけではなかった。


 Ψ Ψ Ψ


「浜崎さんっ。って、その荷物何なんですか?」

「あとで見たら驚くわよ」

 疲れたように、銃を入れたケースを一つ担ぎ、琴子はため息を吐いた。

 浜崎も左右の肩に二つずつ、そして自らの部屋から持ってきたバイクのメンテナンス道具や服を入れたかばんを軽々と持ち上げている。


「それより、食料品の倉庫って凄いですよ。でかい肉が完全冷凍でしまってあるんです。食肉店みたいに」

「ワインセラーも圧巻だったな。ロマネコンティとか無造作においていますし」

「園芸用の倉庫も――土とか肥料とか」


 その浜崎製鉄の資産力を語り、どこか遠い現実の話のように語った。

「いくらかは積み込みましたけど、全部はさすがに時間かかりますね。てか、冷凍の肉、あのままじゃ銀行の冷凍庫に入りきりませんし。ここの冷蔵庫は大型ですけど、さすがに持っていけません」

「日原、バスを裏に回してこい。切るなり分けるなりして、入りきるだけでいい。もし必要なものがあれば、また取りに来ればいいんだ。あと二件回るから、正午まで時間を切って運び入れんぞ。他は玄関まで荷物を運べ」


「わかりました」

 駆け出していった日原に続いて、浜崎も玄関に荷物を置いた。

 食事を終えた二匹の犬が、尻尾を振って待っている。

「お前らはゾンビを見張ってくれ。近づいてきたら吼えろよ」


「わんっ!」

 通じているのか、浜崎の言葉に二匹が力強く鳴いた。

 それを背後にして、再び荷物を運ぶために室内へと戻る。

「ずいぶん、賢いのね」

「猟犬だからな。もっとも、兄貴は世話をしないから俺になついたが」


「面倒見よさそうだものね」

「まあな。別れるのはおしいが」

「別れるって、置いていくつもりなの」

 驚いたように琴子がたずねた。

「賢いっていっても、犬だ。万が一、夜に吼えてゾンビを招き入れるなんて事になったら、大変だし。きっとそれは今宮が許さないだろ」


「大丈夫よ」

 その寂しげな表情に、琴子は友人に似た根拠のない大丈夫を思わず呟いていた。

 でも、大丈夫な気がする。

「家族なんでしょ。もう、ここには誰もいないし――そういえば、今宮だって許してくれると思うわ。ううん、私も一緒に頼んであげる。だから、そんな悲しそうな顔しないで」


「秋峰……すまん」

「いいのよ。たいした事じゃないわ」

 迷っていたのだろう、嬉しそうな表情を浮かべる浜崎が、まるで子供のように見えた。




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