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僅かな休息



 少しご機嫌斜めの明日香についていけば、五階の支店長室へ繋がる扉だ。

 室内はすでに暗く、電灯を消されている廊下は明日香の持つ蝋燭のわずかな明かりだけが頼りだった。

 それでも扉を開けば、ほんのりとした明かりが廊下に漏れ出た。

 蝋燭だ。


 もともと客間と支店長室、あとはトイレやシャワールームなどの細々とした部屋しかないため、広いスペースがある。

 そこに机を運び込み、中央に簡素だがテーブルが設置されていた。

 全員が座っても、なおあまりあるだろう。


 さらに言えば、まだもう一部屋同じ大きさの部屋があったが、そちらは今は手がつけられていない。

 清掃を担当した滝口達は手を抜かなかったようで、血痕は綺麗にぬぐわれていた。

 窓に引かれているのは、分厚い黒いカーテンだ。

 幾重にも巻かれており、中の光を外に漏らさないように考慮されていた。


「念のため、外で見張りながら電気もつけたが大丈夫だ。ましてや、蝋燭の明かりじゃ絶対わかんねぇ」

 自信を持って、浜崎が断言した。

 すでに全員がそろっており、優たちの到着を待ちわびていたようだ。

 窓際の開いている席に腰を下ろせば、隣に明日香が座り――。


 トタタタタ。軽い足音を立てながら、反対側に弓奈が腰をおろす。

「ちょっと、弓奈ちゃんはあっちでしょ。そこは高木君が」

「いや、別に僕はどこでも」

 ちょうどそこに座ろうとしていた高木は、譲らぬ気配を見せる弓奈に苦笑しながらも、彼女がいたもともとの場所に座った。


「もてる男はつらいね」

「……男と子供は対象外なんだが。っ!」

「子供じゃない」

 頬を膨らませる弓奈の隣で、優が小さく悲鳴をあげた。

 恨みがましく見るが、弓奈はそ知らぬ顔だ。


 蝋燭の明かりが、薄く照らしている。

 それは電灯の明かりとは違い、暗く影を残すほのかな明かりだ。

 さすがに疲れたのであろう、みな一様に顔は暗い。

 けれど、運ばれた料理にその表情が明るくなった。

 ハンバーグだ。


 中央に大きく盛り付けられたハンバーグとサラダ。

 そして、暖かな味噌汁とご飯の茶碗から立ち上る香りが鼻腔をくすぐった。

 添え物は煮物だろう――生鮮品が食べられなくなると言った優の言葉のためか、刺身が浮いてはいたが許容範囲内だ。

「うまそうだな」

「うん、お母さんのハンバーグは世界一だよ!」

 嬉しそうに和馬が口を開き、照れたように作った陽菜が苦笑した。

「お口に合うかわかりませんけど」


 謙遜の言葉とは違い、立ち上る香りはどれも極上のものだ。

 もともと朝からまともな食事をしていない空腹の体が、絶えかねるというように自己主張をはじめていく。

 集中する視線に、優は気づいたように食事から顔を離した。

「どうした?」

「いや。早く食べようぜ?」

 だったら食べたらいいだろうと思いかけて、優は苦笑する。


 こんな言葉を使うのは、何年ぶりだろうと。

 仕事で帰ってこない父親――たった一人きりの食事。

 使ったことなど、そう何度もない食事前の作法。

「いただきます」

「いただっきまーす!」

 優の言葉に、声が重なった。


 Ψ Ψ Ψ


 声に重なって大皿に盛り付けられたハンバーグが次々に消えていく。

 手のひらほどはある大きいそれを、齧る。

 皿に取り分けて、小さく口に入れる。

 様々ながらも、食事の光景が広がった。


「い、今宮君、とってあげるよ」

「別に自分で出来る」

「いいって!」

 明日香が張り切りながら、なぜか中央とは別の皿を持ってきた。

 そこには並べられたハンバーグとは違う、少し不揃いなハンバーグがある。


 見栄えは均一とは言えず、ところどころ焦げていて。

「はい――」

「それ姉ちゃんのてづ――」

「和馬?」

 渡そうとした皿を持ったままに、明日香に微笑まれ和馬は慌てて味噌汁に顔を埋めた。


「ちょ、ちょっと見栄えは悪いけど――味は他と同じだと思うよ」

「悪いな、わざわざ」

 受け取れば、手作りなのだろうケチャップ風味のソースが添えられた。

 一口。

「んぐ……ふむ、旨い。というか、家庭的というのかな」

 ハンバーグなど、ファミリーレストランや洋食店くらいでしか食べたことはない。

 やわらかくはないが、こげた風味と味わいが口に広がり――どこか懐かしいと感じる味だった。


 口に余韻があるうちに、白米をほお張り、嚥下する。

「旨いよ」

「そう。いっぱいあるから、たくさん食べてね?」

「優。こっちも……」

 引っ張られれば、弓奈が皿を手にしている。

 のっているのはやはり、大皿のものとは違うハンバーグだ。


 小さいながらも、それはハートの形をしていた。

 しかも、驚くほどに均一に綺麗に焼けている。

「弓奈が作ったのか?」

「うん」

「ああ。じゃあ、いただ――」


「はい」

 ハートのハンバーグが箸でつままれ、差し出された。

「自分で食べられ――むぐっ」

 断ろうとした口に、押し込まれる。

 吐き出すわけにもいかず、咀嚼。


 焼き加減もよく、柔らかく肉の味が口に広がった。

「旨いな」

 驚くほど素直に口にした言葉に、弓奈がにっこりと微笑んだ。

「今宮君?」


「あ、いや、そっちもたべ――おっ」

 突き出された大きなハンバーグが、優の口に押し込まれた。


 Ψ Ψ Ψ


「うらやましい光景だこって」

「そうか。あれ、喉の奥まではいってんぜ?」

「おまけにかなりでかい。なんと言うか、端的に言えば致命傷だな」

「ざまぁ。今宮が悶絶する光景なんて、滅多にみれねーぜ」

 からからと笑う『黒夢』の面々。


 その表情は先ほどまでと打って変わって明るい。

 非日常から日常へと戻れたためか、あるいは陽菜の作った家庭料理のおかげであるか。

 それまでの焦燥が嘘のように、笑っている。

 ハンバーグをほお張り、味噌汁をすする様子はまるで子供のようだ。

 いや、彼らはまだ高校生の子供である。


 だから。

「元気かな」

 ポツリとピアス男の遠藤剛が言葉を口にした。

 誰がとは言わない。


 誰もが同じ思いを抱き、しんみりとした空気が流れた。

 父が、母が、兄弟が、家族が。

 この場にいる誰もが、同様の思いを心に抱いた。

 家庭など考えもしなかった。

 いや、その暖かさが当たり前であったからこそ空気のように大事さを失ってしまったのだろう。だからこそ、父親のいない明日香に酷いことも言えた。


 いま彼女に絡んだ光景を目にすれば、誰もがそれを許さなかっただろう。

 失って初めて気づくものは多い。

 だが、気づくのは往々にして遅く。

「ほら。何しんみりしちゃってんのよ。いまは食事中でしょ――料理したのは明日香だけじゃないのよ。ほら、こっちは佐伯さんだし、こっちはあたしの手作り」

「え。これ食べれんのか?」


 呆然と言葉を口にしたのは、宮下だ。

 もともと小太りだった体型どおりに、すでに三杯目をお代わりしていた。

 刺身もハンバーグもサラダも、あるものはもりもりと食べている。

 けれど、その大皿の隣に盛り付けられた皿は食べてなかった。

 というか。


「黒い――あ、これハンバーグか」

「ハンバーグと言うより、炭化してないか」

「なによ。そ、そりゃちょっと焦がしちゃったけどさ。でもタネは陽菜さんの手作りだし、お腹に入っちゃえば一緒よ」

「いや、そりゃ一緒だろうけど」


「男がうじうじ悩んでんじゃないわよ。さあ、この琴子さんの手作りハンバーグを食べなさい」

「お、おい」

「いや、か、かてぇ。箸でささんねえぞ」

 剣呑な琴子の雰囲気に気おされて、滝口が挑戦するが箸にすら刺さらない始末だ。

 手元に引き寄せて、割ってみせる。


「どうしたのよ」

「中までかよ」

 芯まできっちりと火が通っているのは、完全主義者の彼女の手によるものだからだろうか。肉の赤身やたまねぎといった具材を判別することすら、不可能であった。

 迷って、しかし秋峰琴子の厳しい視線に耐え切れず滝口が箸を振るわせる。

 と。


 彼の上から大きな手が伸びて、それを摘んだ。

 見ている前で、それは口に吸い込まれ――ぼりぼり。

 まるで煎餅を齧るような音が響き渡った。

 浜崎だ。

「なに、腹に入っちまえばおな―――」


 言葉途中、顔を青くして――浜崎隆文は後ろにひっくり返った。

「は、浜崎さーん!」

「ちょ。今宮の拳に耐えた浜崎さんが一撃って。どんな破壊力なんだ!」


 Ψ Ψ Ψ


 片づけが終わり、お茶が運ばれてくる。

 いまだ浜崎は意識が回復せず、脇のソファに寝転んだままだ。

 さすがに悪いと思ったのか琴子が付き添って看病している。


 置かれた紅茶とともに、後片付けを終えた陽菜が戻った。

「すみません、片付けを頼んで」

「いいのよ。明日香も佐伯さんも――それに遠藤君も手伝ってくれたし」

「あ。いや俺は家でやらされてただけっすよ」


 名前を呼ばれて慌てて、ピアス男の遠藤が首を振った。

「そちらもやることあったのでしょう?」

 そう問いかけたのは、食事を終えた優がスーパーから運んできた地図を片手に考え事を始めたからだった。

 一人蝋燭の明かりに照らされながら、考えていると思えば、突然住所を聞いてくる。


 何をしているかはわからなかったが、期待を持って優を見ていた。

 そして期待の視線は問いかけてくる。

 次はどうすると。

 頼られることが苦手な優にとっては、苦笑せざるを得ない。

 けれど、仮にも引き受けた手前逃げるわけにもいかない。


「ああ。明日なんだが、一度家に帰ろうと思ってな」

「家に?」

 目を開いたのは、高木だ。

 周囲から家と言う言葉に、喜びが浮かぶのとは対照的に困惑の視線を向けている。

「でも、それは危険じゃないのか。今日以上にゾンビの数は増えているだろうし。第一僕らの家は街から外れていると言っても、南北に分かれている。中央の幹線道路を渡ることにもなるよ」


 危険性を指摘されれば、単純に喜んでいた者たちも気づかされたように目を開いた。

「食料もあるし、拠点もできた。このまま落ち着くまでは閉じこもっていた方がいいんじゃないか」

「安全性で言うならば、その方がいいんだろうけどな。でも――」

 でもと、優は小さく口を開いた。

「危険だろうとしても、一度家に戻ることは必要だと思う。というより、今しか戻れない」


「今しか?」

「時間が経てばたつほど、家族に会うのが難しくなるだろ」

 言葉に、大きく目を開いた。

 家族に会う。


 それが誰もが望んでいたことだ。

 けれど、それは個人的な理由。

 家族に会いたいと願うのは当然だが、それは我侭なのだろう。

 そう思っているからこそ、誰もがその我侭のために仲間を危険にするという選択肢を上げられなかった。帰りたいとは思ったとしても、そのために一緒に来てくれといえるわけもない。


 それを、優はあっさりと家族に会うために帰ると提案をした。

「なんというか。君はそんな事のために危険は犯せないっていうのかと思ってた」

「俺を何だと思ってるんだ」

 優は苦笑しながら、紅茶を口に含んだ。

「実際問題として、家族がいれば精神的に楽になるだろうし。生死不明のままで心配して閉じこもっているよりは健康にもいい。見つかって人数が増えれば、戦力も向上するし――自宅で必要な物資の調達できる。むろん」


 と、手元に紅茶を置いて、優は少し考える。

「むろん。帰っても家族が見つからないかもしれない、あるいはもっと最悪な光景を目にするかもしれない。当然、探索中にゾンビに襲われることにもなるだろう。デメリットも非常に大きいけどね」

 どうするかは君たち次第だけれどと、付け足して――優は周囲に考えを促した。


 メリットとデメリットを語り、そして判断をゆだねる。

 顔を見合わせて、考える。

 願いは同じだ。

 帰りたい――家族に会いたい。


 だが、そのために隣にいる仲間を危険にさらせるのだろうか。

 自分のために、犠牲にできるのか。

「俺は帰れるなら帰りてぇ」

「お、俺もだ」

 やがて、上がる声は本音で。

 一人の言葉とともに、次々と決壊したダムのように言葉が漏れ出した。


「あいてぇよ」

「ああ。一日家を空けるなんて、今まで何回もやってきたんだけどなぁ」

「はは――」

 小さな笑いとともに漏れた言葉に、優は微笑んだ。

「決まりだな。明日は自宅に戻る。もちろん一人ってわけにはいかないが」


「でも、家は南北だから分かれたほうが効率はいいと思いますけど」

「肝心の足がバス一台だけだからな」

「それなら――」

 おずおずと手を上げたのは、小柄な青年――日原昌司だ

「うち、自動車整備やってるから家に戻れば車は用意できると思うよ」


「運転なら俺も出来るぞ。母ちゃんに教えてもらったからな」

 大柄な滝口信二が手を上げれば、優はなるほどと手元に持った地図を広げた。

 それぞれから住所を聞いたのだろう、ところどころに赤い丸で印が付いている。

 拠点となっている銀行は青い丸だ。

「なら。簡単だな、幸いにして日原の家は近い。まずバスで日原の家に行き――車を調達後、街の南側と北側に分かれる。注意するのは暗くなるまでには戻ることと、もし家族が家にいなかった場合は残念だが、周囲を捜索している時間はない。大丈夫か?」


 言葉に、全員が力強く頷いた。

「よし、決まりだ。明日は八時に出発しよう」

「今宮くんは」

 戸惑ったような言葉は、二見明日香のものだった。

「家に帰る必要――ないんだよね」


 と、すでに無事である自分の家族を申し訳なさそうに見ながら声をかけた。

「まあ、俺の場合はそうだが――それでも、家に残してるもので持ってきたいものはあるだろう。もちろん、二見は危険だろうから残ってもかまわないが」

「ううん。私もいくよ、行かせて?」


 家に帰る必要がないとの言葉に、秋峰琴子は驚いたように目を開いた。

 それは周囲の人間も同様だったようで、かける言葉を失っている。

 家族がいない。

 それがどれほどのことであるのか、失いかけている今だからこそわかる。

 それをさも当然のように話す様子に。


「ま、今宮が家族探しをするメリットはそれだけじゃねーだろ」

 と、からからとした言葉がソファから聞こえた。

 浜崎隆文だ。

 顔にかけられたタオルをのけて、浜崎は豪快な笑みを浮かべている。

「大人がいりゃ、リーダーの座から降りられて山にこもれるとでも思ったか。そうはさせんぞ」


「お前、自分の顔を鏡で見てからそういう台詞を言えよ。子供なら泣いてるぞ。ま、それを考えていなかったわけじゃないけどね」

 なんでもないというように、今宮優は肩をすくめて見せた。



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