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掃討戦2



 一階のゾンビの掃討を終了し、優達は二階へと足を進めた。

 その死をも恐れぬ行動力と体力、そして耐久力に今宮と浜崎はともかくとして、他の四名は苦労した。

 最初は今宮の斧が――そして、浜崎が首の骨をへし折るという荒業で対応し、また、戦闘を重ねるうちに滝口達も次第に戦えるようになっていた。一撃は無理にしても、二人で一人を相手にすれば、力はともかくとして猪突猛進のゾンビは決して対処できない敵ではなかった。


 もっとも、それは先に今宮と浜崎が何度も戦闘を行ったからであって、いきなりのインパクトに初見ではまず咬まれていたであろうが。

「――っ!」

 日原の声にならない一撃と共に、釘抜きで頭を打ち抜かれたゾンビがゆっくりと倒れていく。

「こ、これぜんぜん使えねぇ」

「倉庫でそれを選んだの宮下だよね。だからもっと長い物にしろっていったのにさ」

「こっちの方が使い慣れてたけど、あいつら全然きかねえのなー」


 じゃらじゃらと遠藤は手にした鎖を振って見せた。

 倉庫で荷物を縛っていた大型の鎖だ。

 鞭のようにしなり、振れば間違いなく痛いし、かわす事も難しい。

 ただそれは普通の人間が相手であった場合には、だ。

 ゾンビは鎖が当たっても痛みを顔に出さない。速度すら落とさずに突っ込んでくるため、止める事も倒す事も非常に難しい武器と言えた。


「足を狙えば?」

「それじゃ殺せねーじゃん?」

「けど、倒す事はできるよね」

「ま、それで我慢しておけ。俺なんて素手だぞ?」

「お前はおかしい」


 嘆く様に手を広げる浜崎に、今宮は五人を代表して言葉を口にした。

「特殊部隊でもないのに。首をへし折るとか、人間技を超えている――というよりも、人の首はそんなにもろくない」

 続く言葉に、五人が大きく頷いた。

「ひでえな!」

「いや正論だしな――それよりはあとは、三階か」


 地図をめくりながら、優は叫ぶ浜崎を置いて確認する。

 その間、他の者たちは周囲に視線を向けながら休憩をしていた。

 室内は総務部と書かれた、小さな部屋だ。

 机が五つほど並べられており、書類が散らばっている。

 もともと小さな都市銀行であるから、社員の数もそれほど多くはなかったのだろう。


 乱雑に荒らされた机の上、舞い散ったのど飴を手にして浜崎は口に入れた。

 先では手斧を持った優が地図を持っている。

 すでに振り回された手斧は赤く染まり、白いTシャツは汚れと血で赤黒く黒ずんでいる。

 きっと自分も同じ格好なのだろう――黒い服で幸いだったかもしれないが。


「そうだな、二手にわかれよう。俺と滝口、それに遠藤で五階を。浜崎達は三階と四階を頼む」

「おいおい。わかれて大丈夫か。五階は最低でも五体いるんだろう?」

「大丈夫じゃねーっ!」

 思わず口にしたのは遠藤だ。

 少しずつ慣れてきたとは言え、それは一人に複数で当たった場合だ。


 いまだ囲まれるトラウマから解放されたわけではないし、一体多数という光景は想像もしたくない。

 優は苦笑しながら、俺もだと小さく呟いた。

「けど、あまり時間がないからな」

「時間?」

 優の差した時計は、すでに三時を回っていた。


「暗くなる前に終わらせたい」

「暗くなっても電気があるだろう?」

「光におびき寄せられなきゃいいけどな」

 呟いた言葉に、浜崎は顔をしかめた。

 あり得ないとも言えない。


 そもそもゾンビとの遭遇は初めての事で、いまだに手探りであるからだ。

 奴らの五感がどうなっているのかもわからない。

 その状況で煌々と電気をつける勇気はない。

「わかった。そうしよう、だが危険だと思ったら」

「そちらの到着を待つさ」


「愚問だったな」

 苦笑混じりに話す浜崎の言葉に、優は小さく頷いた。


 Ψ Ψ Ψ


 階段を駆け上がり、三階と四階を飛ばしていく。

 幸いにして途中でゾンビと出会うこともなく、走り抜けて最上階の扉を開いた。

 最上階の一室もまた、大きな作り自体は一階と変わらない。

 建物の裏手につながる西側の壁際に階段があり、そこから廊下がL字型に伸びている。


 最上階は支店長室と来客用の応接室につながる廊下だ。

 他にも小さな部屋で会議室や機械室、資料室が存在しているが、どれも小さく、おそらくは地図に載せていなかった事が想像できた。

 扉越しに顔を覗かせれば、ゾンビが三体。応接室の前の廊下に立っている。


 同じ人間であろうが、ゾンビ同士は襲う事はないようだ。

 三つと指を立てて、背後に合図を送れば滝口と遠藤は嫌そうな顔を浮かべた。

 それでも音を立てないようにしながら、今宮に続くのは負けたくないと言う彼らなりのちっぽけな矜持であったのかもしれない。


「五人いなかっただけでもマシだろうけど、三人か。少し多いな」

「少しじゃねーっ。一対一じゃねえか!」

 小声ながら遠藤が吐き出し、滝口が諦めたように小さく息を吐いた。

「滝口も諦めんじゃねぇ。というか、ここで引いたらこれから一対一で戦う事になんぜ?」


「いや、そう言われても……なぁ?」

「一対一じゃなければいいんだな?」

「あ。ああ、そりゃあ……」

 刹那、顔を覗かせた優が斧を投げた。


 それは回転して、見事に応接室前の一体にぶつかり赤い花を咲かせる。

 倒れていく、その死体を見ずして優は走りだした。

「これで、三対二だな」

「そういう問題じゃねぇ。ってか、心の準備くらいさせろ!」


 引きつった表情で遠藤が叫び、自棄になりながら走りだした。

 仲間が目の前で倒された。

 その事に関心を持っていないゾンビ二名が気づき、走り出す。

 変わらぬ表情で――淡々と接近する一体に近づいて、遠藤は手に持った太い鎖を足に投げつけた。


 ――倒すことは出来るよね。

 そう呟いたのは日原だったか。遠藤はその言葉を思い出しながら、足へと絡めた鎖を思いっきり引きつけた。

 突然、バランスを崩したゾンビは片足を取られ転倒する。


「なんでこんな事になっちまったんだよ」

「どけ!」

 滝口が後方から叫ぶ。

 遠藤を超えて、倒したゾンビに近づく――そのゾンビが跳ね上がった。


 鎖の絡まりすらも苦にしない。

「なっ!」

 咄嗟の事態に呆然と言葉を発した遠藤の前で、その動きは人間離れをしていた。

 力任せに動かしたために千切れかけた足を軸にして跳ね起きる。


 向かうのはスコップを持っていた滝口だ。

 スコップを横にして止める。けれど、その力の前に滝口は押し倒された。

 スコップの柄を掴み歯をむき出しにするゾンビがいる。

 必死にこらえようと力を込めるが、滝口の力では止まらない。

 と。


 背後から鎖が巻きつけられて、ゾンビの首を絞めた。

 遠藤だ。

「ち、千切れるもんなら、ちぎってみやがれ!」

「が……」


 そこで初めて、実に初めてゾンビは小さく言葉を漏らした。

 いや、それは言葉ではなかったのかもしれない。

 抵抗するように身体を後方に倒す、その眼前でスコップが振り切られた。


 Ψ Ψ Ψ


 Prrrr――。

 それは支店長室の電話機の音だ。

 五階の掃討を終えて、支店長らしき白髪の男性を倒してすぐのことだ。


 ほっと気を抜いてソファに身体を沈めていた遠藤が跳ねるように起きて、滝口もまた疲れたように視線を電話機へと向ける。

 鳴り響いてやむことがない電話を、優は迷ったように取った。

「もしもし?」

『ああ、ようやく出たか。大丈夫か?』


 受話器から鳴り響く声は、浜崎のものだった。

 微かに聞こえる音に、遠藤と滝口もほっとした表情を浮かべている。

「よくわかったな」

『こっちの受付に内線電話っつーのか? 電話番号表があったからな。それより無事か?』

「無事ってのが何を現しているのかわからないけれど」


 優は小さく苦笑しながら、周囲の様子を見渡した。

 すでに遠藤と滝口の身体は血に染まり、こびりついた汚れが顔にまで付着している。

 五体ものゾンビを片付けた後だ。それを拭う体力もないとばかりに、みな疲れ切っていた。

「少なくとも怪我はない。そちらは?」


『ああ、こっちも予定通り三階と四階を制圧した。予想よりは多かったが、誰も怪我もしてない。ただ』

「ただ?」

『ちょっと。想定外な事があった』


「想定外?」

『ま、話すより見てもらった方がはやい。いまから三階に来てくれるか?』


 Ψ Ψ Ψ


「なるほど。想定外ね……」

「な、何ですか」

 小さく息を吐いた優の言葉に、戸惑う女性の言葉が聞こえた。


 ショートカットの若い女性だ。

 ベージュ色のつなぎ服を身につけて、手にするのは工具だろう。

 小さいマイナスドライバー一本を握りしめながら、見下ろす面々を恐怖で見上げていた。

「あ、あなた達は何です? お、お金なら金庫は上にありますの」


 大型のコンピュータを背後に、たどたどしく口を開く。

 涙でぐしゃぐしゃになった瞳で、警戒心をむき出しに見上げている。

 近づけばマイナスドライバーを振り回すため、近づくことも出来ないでいた。

 何があったと問いかけるような視線を向ければ、浜崎が小さく肩をすくめ。


「ゾンビを殺すのを目撃されてな」

 と、一言だけ小さく呟いた。

 なるほどと周囲を窺えば、そこはサーバ機が置かれるシンプルな部屋だ。

 防犯性を考えられて、ガラス張りの部屋は空調が効いており、鋼鉄の扉に遮られていた。


 そこにいれば、外部の騒ぎなど気づかなかったであろう。

 問題は。

「また、派手にやったもんだ」

 苦笑する優の視線には、ガラスに生々しく残る赤い手形がある。


 頭を潰されたのだろう、まるでスイカを叩きつけたようにガラス戸に赤い血痕が付いている。

 サーバ室に入る前に、確かに一体のゾンビが倒れていたなと思い。

「で、こうなったわけか」

「助けて……」


 命だけはと――懇願の言葉に、女性はしゃくりをあげた。

 まだ若い。つなぎの作業服姿に似合わず、年のころは大学を卒業して間がないように見える。決して荒事が得意なそうな風貌ではなく、むしろ正装すればどこかのお嬢様と言っても差し支えはないだろう。


 どうするという問いかける視線に、優は苦笑する。

「とりあえず、ここは良い。浜崎、何人か連れて屋上もついでに見てきてくれないか。残りは一階で待機を」

「わかった。遠藤、日原ついてこい。滝口と宮下は下で高木と合流だ、俺が行くまで扉はあけんな」


 慣れたように指示をだしながら、歩き出す。

 扉を開けて外に出て行ったところで、優は視線を下ろした。

 泣いている女性がいる。

 どうしよう。


 まだゾンビの方が対処法がわかって良かったなと、優は自問しながらも問いかけた。

「俺は今宮――名前は?」

「さ、佐伯、佐伯夏樹です」

「そうか。佐伯さん――電話してくれて構わない」

「え」


 震える声が疑問を現した。

 彼女の見える前で、優はポケットから携帯電話をとりだした。

 差し出す。それを夏樹は震える手で受け取った。

「警察だろう? 呼んでくれるなら俺達もそっちの方が助かる」

「ど、どういうことですか」

「それはこちらも聞きたいくらいでね。街中が狂人病の患者だらけだ」


 あれもと、小さく顔を振り血が付着したガラス戸を差した。

「そ、そんな」

 狂人病という言葉には聞き覚えがあったのだろう。

 大きく口を開いた姿勢で、夏樹は固まった。

 とても信じられないという表情は、言葉にしなくてもわかった。


 携帯電話を手にしている。

 だが、電話が出来ない――まあ、目の前で血まみれの斧を持っていたら、誰でもそうかと肩をすくめながら、優は扉を見た。

 コンピュータ室と外部を隔てる扉は厚く、鍵もあった。


 だから。

「外に出ている、鍵をかけて警察が呼べるなら、そうすればいい」

 小さく手を振り、優は鋼鉄の扉を開いて、外へと足を進めた。

 戸惑う気配と共に、しかしすぐに扉に鍵がかかる音がした。


 重い音が鳴り響き、ガラス戸越しに夏樹と視線が合う。

 いまだ彼女は戸惑いの表情を浮かべながらも、携帯電話を振るえる指で押した。

 一、一、〇。

 指がその動きをして、携帯電話を耳へとあてる。

 しばらくして彼女の戸惑いは大きくなり、慌てるように携帯電話を操作した。


 その動作を繰り返すたびに、彼女の驚きは大きくなる。

 慌てたように携帯電話を投げ捨て――それは優の携帯電話であったが――室内に置かれている電話機へと駆け寄った。

 そこで、やはり受話器を耳にあててすぐに、夏樹は大きく肩を落とした。


 何が起こっているのか。

 それは容易に想像することができた。

 出ないのだろう。あるいは、出れないのか。

 何度も呼び出しをしながらも、彼女が一言も口を開かないのがその証明とも言えた。


 そこで、気が付いたように夏樹は動く。

 サーバ機とは別に、室内に置かれたノートパソコンを立ち上げれば激しくキーボードを叩いた。

 背後から見えるのは、有名な動画サイトだ。

 その一つをクリックして――佐伯夏樹は、悲鳴をあげた。



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