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掃討戦1



「は、はは……」

 乾いた笑いを残して、滝口が腰が抜けたように椅子に腰を下ろした。

 倒れたゾンビは、動かない。

 それでも琴子は油断なく、小さくゾンビから距離をとった。


 滝口自身も逃げたかったが、今更慌てふためくのは彼の自尊心が許さなかった。もっとも、それ以上に腰が抜けて動けなかったというのもあるが。

 それに気づいていないのか、浜崎と優は軽口をたたき合いながらゾンビに近づいていく。

 何でそんなに冷静にいられるのだと、叫びたかったが――それすらも言葉にできない。


「ありがと。でもはずれたらどうするつもりだったの?」

「それはその時に考えるさ、幸いもう一つ斧はあったしな」

「考えるも何ももう一つ投げるわけでしょ」

 悪びれもせずに語る言葉に、琴子は呆れたように息を吐いた。


 優は頷きながら、近づきうつぶせに倒れた死体に足をかけた。

 背中を押さえながら、手斧を引き抜く。

 その様子から視線をそらせば、電子音が響いた。

 プリンターだ。


 そう言えば、先ほど滝口が印刷していたと思いだして、琴子はプリンターに近づいた。

 それは建物内の地図で、五枚――ちょうど一階に一つのペースで印刷されている。

 大まかに見れば、一階は銀行としての主要スペースだ。

 一階の半分は、預貯金を取り扱うスペースであり、ちょうど明日香達がいる場所だ。


 そこから奥の扉を抜ければ、階段やエスカレータの他に従業員用のロッカールームや休憩室、給湯室などが残り半分に集まっていた。

 そこから奥に抜ければ。

「勝手口か」

 後ろから紙を覗かれて、琴子は頷いた。


 従業員用の出入口なのだろう。シャッターを閉めた入口と反対の裏手に抜ける出入り口があった。

「こっちは閉まっているかしら」

「閉まっているさ」

 断言の言葉にどうしてわかるのか問いかけようとして、優は視線でモニターを示した。

 ちょうど六番と書かれたカメラモニターは外の駐車場から、裏手を映し出している。


 そこに映る鉄製の出入口は確かに、完全に閉ざされている。

 納得したように頷く琴子の隣で、優もまた印刷された間取り図を覗いた。

 二階は事務室のようだ。

 五つほどの部屋に区切られており、それぞれ仕事を行うための部屋があった。


 また、それ以外に倉庫と言う文字があって、結構なスペースが取られていた。

「何と言うか、印象的には金庫とかしかないのかと思ってたぜ」

「そうでもないさ。預けられたお金を投資するのも仕事だし、貸したお金を管理する部署も必要だろう。それに人が集まれば、当然総務とか経理とかも必要だろう」

「……日本語か、それは」

「残念ながら。立派な日本語だよ」


「浜崎に言ったって無駄よ。ま、普通の会社なりには仕事部屋があるってことね」

 琴子が肩をすくめながら、次の紙をめくる。

 三階は部屋が一室、存在するだけだった。

 覗きこむ浜崎が困惑したように眉をひそめている。


「なんで銀行にコンピュータルームがあるんだ。それもこんなにでかい」

「一件だけならともかく、他に支店があればそれを繋ぐ回線は必要だろう」

「――い、今宮。浜崎さんのために日本語で頼む」

「いや、日本語なんだが。いいか、簡単に言うとこの街でお前が十万円貯金したとする。そして、銀行のATMでさらに五万円を貯金した。合計は十五万だ。そのデータはどこにあると思う」


「つまり、ここにそれが集まっているってことか」

「ああ。当然二重三重に予備も必要だろうしね」

「ふむ」

 難しい顔で眉根を寄せて、浜崎はふと豪快な笑みを浮かべて見せた。


「なら、俺の口座に百万位追加する事も可能なのか?」

「金が欲しいのか。なら、ショッピングセンターに行けばいくらでも落ちてたぞ?」

「やめておく。金よりも今は命の方が欲しい」


 Ψ Ψ Ψ


 四階は金庫と、それの手続きを行うための受付。

 そして、最上階は支店長室と来客用の部屋であった。

 琴子から地図を受け取った優は、それに赤色のマジックで数字を書き込んでいく。

 5、8、2、3、5と。

 突然書き始めた優の様子を怪訝そうに、浜崎達は見ていた。


 その疑問は、数字の後に地図上に小さく丸印をしてようやく氷解する。

「ゾンビの位置と数か」

 浜崎が口にして、琴子と滝口が大きく口を開いた。

 モニターと地図を交互に見る。

 確かに、数はゾンビがそれぞれの階でモニターに映し出された数であり、位置は現在確認ができる場所だ。ゾンビ達は一階と二階に多く、逆にコンピュータルームや金庫のある三階と四階は少ない。


「こんなところか。さて、戻ろう」

 最後に屋上に丸をつけて、優は紙をひらひらと動かすと詰所を後にする。

 詰所の扉をあげれば、視線が集中した。

 不安げな表情で待合用のソファに腰をかけている。


 外に姿を現した優達の顔を見て、ほっとしたように皆一様に安堵の表情を浮かべた。

「さてと」

 小さく発した言葉は、しかし静かな部屋にやけに大きく響いた。

「まだ安心するには早いな。モニターで確認したところ、現在この建物にはあれが二十三名ほどいる」

「なっ」

「で……」


 と、悲鳴に似た声をあげた男をさえぎって、優は言葉を続けた。

「俺と浜崎、滝口と日原――あと宮下と遠藤か。以上の六名で排除に向かう」

 口を開きかけた茶髪の青年、遠藤は驚きの言葉を発する事も出来ず、ただぱくぱくと口を開いた。その隣では、両耳と唇にピアスをつけた宮下が諦めたように大きなため息を吐いていた。

 逆に怪訝そうな表情を浮かべたのは、この場を任された眼鏡の青年――高木と琴子だ。


「私達は?」

「秋峰と高木はこの場で、二見達を頼む。というよりも、扉を閉めて封鎖したら俺達が戻ってくるまでは絶対に開けるな」

「帰ってこなかったら、どうするのよ?」

「その時は――シャッターでも開けて大人しく逃げるんだな」

 優は気にもしていないように、小さく肩をすくめた。


 Ψ Ψ Ψ


 扉が開いた。

 緊張した面持ちで、滝口達が思い思いの武器を手にして姿を見せる。

 先頭は浜崎、そして今宮だ。

 背後の扉が強く閉まれば、窓の少ない廊下は昼まであるのに随分と暗く見えた。

 薄暗い。


 響いた音に、最後を歩いていた遠藤が小さく言葉を発して背後を見た。

「最初は五人だったか」

「概算はな。ロッカールームまではさすがにモニターはなかったし、多くても不思議じゃないさ。ただ――少ない方が問題だがな」

「なぜだ。少ない方が楽が出来ていいじゃないか」


「……い、いや、少なかったらどこかに隠れているって事になるんじゃ?」

 おそるおそると日原が口にして、滝口は酷く嫌そうな顔をする。

 先ほど死体に襲いかかられた事を思い出したのだろう。

 次は死体でも容赦しないと、手にするスコップに力を込めた。

 扉の先は長い廊下だ。


 ちょうど建物の敷地半分を窓口が使用して、残り半分が扉の向こうに存在している。

 地図でみれば開けて左側に給湯室が――そして、右側が休憩用の部屋になっていた。

 廊下を進めば壁に突き当たり、ちょうどそこは敷地の裏に当たる。

 そこから右側――L字型に廊下は続いており、歩いて右側にロッカールームとトイレが。廊下を突き当たれば、従業員用の出入口となっている。


 階段は壁に突き当たった左側だ。

 室内は静かであり、そして足音が良く響いた。

 動いている――角で見る事が出来ないが、L字型の角の向こうで彷徨う足音が聞こえていた。

 さらには休憩室の扉を叩く音もしている。


 呻き声がないのが幸いであったか。いや、逆に呻き声すら経てず、ただただ生活音だけが鳴り響く状況は酷く不気味であった。

「浜崎」

 小声が今宮の口から聞こえる。


 休憩室に視線を向けていた浜崎は、その言葉に優を振り返った。

 視線が給湯室へと向けられる。

 その視線に、浜崎は激しく扉を鳴らす音に隠れて――給湯室から聞こえる、小さな音に気付いた。

 衣がすれるような、本当に微かな音。

 しかし、それは現実の音として浜崎は手を握りしめた。


 一歩近づく。

 瞬間、給湯室の陰から女性の銀行員が姿を現した。

 口の周りを血まみれにして、なお表情のないそのゾンビは、腕を前に突き出して走り出す。

 もし、気づかなければあっという間に肉薄されただろう。

 浜崎は、女に向かって腕を突き出した。


 浜崎の厚い手は女の突進を止めてなお、前に突き出され女を壁に縫いつける。

「宮下ぁっ!」

「は、はい」

 名前を呼ばれ、ピアス男は咄嗟に手にしたスパナを女の顔に振り下ろした。

 鈍い音が響いて、顔面が窪んだ。


 けれど――痛みすら見せず、その整った顔立ちが崩れてもなお、女は手を伸ばし続ける。

 恐怖が、ただただ宮下の腕を動かした。

 一撃、二撃。

 次々と繰り出されるスパナと舞い散る血。


 女の顔が変形して、人間のものとは思えない酷いものになった。

 割れた頭蓋からこぼれるように白いものが見え、支えを失った眼球がこぼれていく。

 けれど。

 その真っ黒い穴となった二つの双眸で、なお視線は宮下をとらえていた。


 痛い。一言も発さない声で、そう訴えかけているような気がして、宮下は楽にさせてやりたいという一心で、ただただスパナを打ちつけていく。

「な、んで、しなねぇんだよ。早く死ねよてめぇ!」

「宮下。さがれ!」

 叫び声に、興奮したように叫んでいた宮下が一瞬止まった。

 その脇を風が抜けて、スコップが光を反射させた。


 一瞬――滝口のフルスイングしたスコップが女の首をとらえ、壁にぶつかる金属音が鳴った。遅れて、女の顔がゆっくりと傾き、倒れていく。

 それは縫いつけられている胴体を離れ、落下した。

 廊下に叩きつけられた、その首は――まるでボールのように良く弾んだ。

「はぁ、はぁ」

 わずか一体だけだというのに、呼吸が止まらない。

 心臓はまるで全力疾走をしたように跳ねている。


 叩きつけたスパナを持つ手がまるで別人のようで、感覚がなかった。

 やったとも良かったとも思わない。

 ただただ、まだあと二十二体もいるという現実の前に――絶望的な思いがした。

 その首が、突然掴まれた。

 何でという疑問と同時に、音がした。


 それは扉を突き破る破壊の音だ。

 掴まれて振り返れば、扉をぶち壊した青白い手が見える。

 その先に覗く無表情な二つの双眸も。

 大きく開いた木製の扉の先で、宮下を掴んだゾンビが待っている。


 その様子はまるで、走馬灯のようにゆっくり見えた。

 きらめく斧も。

 宮下が掴まれ引きずりこまれるのと同時。あがった斧が、振り下ろされて――ゾンビの腕が切り飛ばされた。その動作と同じくして、反対の手に持った斧がゾンビの頭に激突する。


 竹を割ったような鈍い音が響いて、頭を貫かれたゾンビは二度ほど小さく痙攣した。

 引き抜く。

 血の線を残してゆっくりとゾンビは倒れていった。

 あっという間だ。

 わずか数秒の出来事であり、あれほどに苦労したゾンビを――今宮優は実に簡単に殺して見せた。


「喜ぶのは早いぞ」

 お礼を言いかけた、宮下を優は見ていない。

 視線の先は――廊下の角だ。

 L字の廊下を曲がってくるゾンビがいる。

 まだ、地獄は終わっていなかった。


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