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宿へ



 予想通り、幹線道路は街から逃げだそうとする車で溢れている。

 道路を、あるいは歩道上ですらも車が乗り上げていた。

 持ち主はいない。

逃げたのか、あるいは捕まったのか判断することはできないが、ただ持ち主のいなくなった車両は厄介なバリケードとして、その場に鎮座していた。


 大高市は三十分も走れば市の端から端まで抜ける事ができる小さな街だ。けれど、そんな封鎖された道に出るたびに脇道にずれ、あるいは後ろに下がるため、動きは遅々として進まなかった。

「山じゃないのか?」

 運転席の脇で、前方を見ていた優の背後から浜崎が声をかけた。

 幸いにして現在、ゾンビの姿はない。


 後方の座席で見張りをしていた浜崎は、周囲の様子から目的地が山ではない事に気付いた。山ならば、市を上下に走る幹線道路が一番早いだろう。

 けれど、バスが進む方角は西北――街の外れの方角だった。

「一人なら山にこもる方がいいけどな。こんな人数もいたら、そうもいかないだろう」

 肩をすくめながら、優は言葉にした。


 バスの車内には、大人十人、子供二人の計十二人が乗っている。

 人が集まれば、山であっても必然的に見つかる可能性は増えるだろう。

 さらに食料品等の必要な物資の数も増え、そうなればそれらを調達するためにさらに見つかる危険性が高まる。

 そう説明すれば、浜崎は納得したように頷いた。


「山は危険と言うわけか。それならどうする?」

「聞くばかりじゃなくて、少しは考えてくれ」

「そうだな、学校とかはどうだ。食料はあるし」

「そりゃ、地域の避難所に指定されているからな」

 苦笑混じりに優は答える。


 食料があるとの言葉通り、学校や公園は地域の避難所に指定されていた。

 当然、優先的に食料や電話等の通信回線が優遇され、情報も集まる事になる。

 もし、これが大地震であるならば、迷うことなく学校を目指しただろう。

 けれど。


「人は集まりそうだな」

 そして、人が集まったらどうなるのか。

浜崎はショッピングセンターで既に体験している。

「じゃあ、船とかはどうかな。あれが泳げるかどうかわからないけど、少なくともいきなり襲われる事はなくなるんじゃない?」

 苦虫を噛み潰した浜崎の隣で、明日香が声をかけた。


「学校よりはましだろうけれど。でも、逆に言えば逃げ場がないってことでもある」

 封鎖された空間で、もしゾンビが侵入すれば。

 いや、もし仲間内からゾンビが発生すればどうなるのか。

 優は直接的には言葉にしなかったが、浜崎と明日香はそれを理解して言葉を噤んだ。

「そう考えると、本とか映画とかの知識って全然役に立たないよね」


 明日香は残念そうにため息を吐いた。

 明日香が好きなホラー映画の多くは、ショッピングセンターや学校など人が集まる地域が舞台だ。病院や島と言った作品もあったが、現実的ではないような気がする。

 病院なんて危険度ナンバーワンは揺るぎないし、無人島には簡単にたどり着ける気がしない。

「全然ってことはないだろうさ。ただ映画に取り上げられるって事は、それなりに認知されているってことだろうからね」

「逆に映画で知られていないところかぁ。遊園地とか?」


「観覧車に立て籠る気か」

「空までは追いかけてこないかも?」

「その十分後には、地上に到着だけれど」

「やっぱり、駄目だよね?」


 困ったと眉尻を下げる明日香に苦笑しながら、浜崎は肩をすくめた。

「そろそろ教えてくれ。どこならいいんだ?」

「基本的には街の外れに拠点を置いた方がいいというのはわかるよな」

「ああ。いまも……外れの方に進んでいるようだしな」

 当初は車両やゾンビで溢れていた街も、走るにつれてその姿は少なくなってきている。


 慎重に障害物を交わしていたバスも、少しずつではあるがスピードをあげていた。

「で、一番必要なのは安全性だ。侵入されない事が大事だろうし、次にこんな時には余り用のない場所。ついでに自家発電装置とかついていたら最高だな」

「おいおい。そんな夢の場所があるのかよ」

「夢の場所かどうかはさておいて――そろそろ着くさ」


 既に運転席の日原には目的地を伝えており、バスはゆっくりと右へハンドルを切った。

 都心からも離れ、街の中心街からも外れている場所は少しさびれている。

 高い建物ですら五階建てが精一杯であって、ほとんどが二階建てや平屋建ての建物だった。

 大規模量販店の姿はなく、個人商店の本屋や食堂が軒を連ねている。


 放置されている車両もわずかながらにあったが、幸いな事に二車線の道路を封鎖するような事態にはなっていなかった。

 バスが障害物を避けながら、ゆっくりとブレーキを踏む。

 慣性を身体に感じながら、浜崎は座席の窓から外を覗いた。

 五階建ての、小さなビルが見える。


『大高都市銀行』

 バスはゆっくりと、その銀行の駐車場に入って行った。


 Ψ Ψ Ψ


「銀行――か」

「ま、こんな事態にさすがにのんびりとお金を下ろす奴はいないだろう」

 肩をすくめながら、優と浜崎がバスを降りた。

 油断なく手にした斧を構えるが、近づく人影は見る事ができない。


 銀行の扉越しに、中を窺ったが見える範囲にはゾンビの姿もなかった。

 確認して、手招きをする。

 最初に滝口と琴子が銀行の中に入り、次に明日香達が続いた。

 その間も浜崎と優は、扉の外だ。

 周囲の様子を窺いながら、全員が店内に入るまで外で待つ。


 バスから降りた男が店内に入って、浜崎が――そして最後に優が店内に入った。

扉は両開きの自動扉だ。

 左右に開くガラス扉に、浜崎は少し心配げにそれを撫でた。

「何かあっという間に、破られそうだな」

「そんな簡単に破られたら、世の中銀行強盗だらけになっちまう」


「あ、ありました!」

 言葉と共に、先に入っていた日原が鍵を手にして走ってきた。

 室内には他に、琴子と滝口の姿はない。

三人は先行して警備員の詰所から、鍵をとってきていた。


 それを受け取り、優は扉脇の鍵穴にそれを突っ込んだ。

 ひねる。

 いまだ電気は通電していたようで、ゆっくりと――そして機械がこすれるような音をして、扉の前でシャッターが閉まっていく。

 なるほどと、感心したように浜崎が肩をすくませた。


「これなら頑丈そうだな」

「ま、防犯のため普通は頑丈に作られてるだろうな。大丈夫だったか?」

「ええ。死体がありましたけど、ゾンビは見てません」

「死体ね――」

 果たして、ゾンビは死体ではないのだろうかと考えて、優は苦笑する。


 考えていても答えは出ないだろうが。

「詰所に行こう……浜崎、誰かにこの場を守らせてくれ、くれぐれもここから離れないようにな」

「わかった。高木――お前がこの場の指揮をとれ、俺達が戻るまでどこか行くなよ」

「わ、わかりました」

 高木と呼ばれた眼鏡の男と明日香達を残し、浜崎と優は警備員の詰所へと向かった。


 Ψ Ψ Ψ


 外観こそは古い建物であったが、室内はそこまで古くなく、リフォームされたのだろうか、まだ新しさを感じる事ができた。

 広い室内を二分するように、長いカウンターが遮っており、カウンターから手前入口側にはソファが並び、記載用の机が並べられている。


 カウンターの奥は執務用のスペースにであり、執務机や書類の他に、パソコンが――やはり電源が付いた状態で置かれていてた。

 床に敷かれたえんじ色の絨毯はまだ新しく、綺麗に清掃されている。

 けれど、そのところどころに混乱の様子を見て取ることができる。


 入口を除けば、扉は奥に二つ。

 片側がビルの奥に入る扉であって、もう一方が警備員が待機する詰所だ。

 ビルの奥へと向かう扉は遠く執務用のスペースの一番奥にあったが、警備員の詰所はどちらかと言えばカウンターに近い。


 その室内は狭く、二部屋しかなかった。

 片側は警備員の休憩スペースであって、真中に白いテーブルがあって電気ポットが用意されている。壁際には棚と鍵束をかけるフックがあり、入口のシャッターの鍵はここから手に入れていた。

 狭いながらも落ち着く空間と言う場所なのだろう。

 死体がなければだが。

 日原の語った死体は入口そばで、苦悶の表情を浮かべながら倒れていた。


 入った早々の出迎えに滝口と琴子は武器を構えたが、しばらくしてそれが動かないとわかり、二人は息をはいた。

 鍵束のかかった壁に向かうには、その死体を超えなければいけなかったからだ。

 しばらく無言でのにらみ合いの後に、結局鍵束を手に入れるため滝口が死体をまたぐことになったが、それでも死体はピクリともしなかった。


 後は鍵を、日原に任せ――滝口と琴子は次の部屋に足を進めていた。

 もう一室がモニタールームだ。

 監視用のモニターが、計二十六台。

 いまも正常に動いているらしく、あるカメラは外から駐車場の様子を。また、あるカメラは店内の様子を映し出している。もちろん、それだけではなく金庫室やビル内の事務室の様子を映しているカメラもあった。


「結構いるなぁ」

「ま、シルフィーよりはマシよ」

 そう呟く二人の目に映るのは、無表情な人たちだ。

 カメラの前を探すように歩く者、あるいは無残な死体をかじりつくす者など。防犯用に備え付けられたカメラは、それらの様子を余すことなく映しだしていた。


「あそこに比べたらマシだろうけど。でも、ひのふの――全部で二十くらいはいんぜ?」

「二十ですんで良かったじゃない。これが駅前だったらその三倍はいるわよ」

「簡単に言うね」

 琴子と滝口の会話は、どちらも正しかった。

 街外れの古びた銀行であるからこそ、監視カメラに映る二十数名ほどのゾンビしかいない。それは幸いであっただろう。だが、一対一ですら相手するのは避けたいと思う。それが、自分達の数の倍ほどいるのだ。


 滝口がため息をつくのもまた、当然のことと言えた。

「とりあえず、この建物の地図とかないの?」

「地図、地図ねぇ」

 そういいながら、滝口はモニターの前に座るとパソコンを叩き始めた。

 ファイルの検索をかけながら、探していく。


 時間をかけずして、それは発見することができた。

「あった、これから。巡回経路って奴だな。いまプリントアウトする」

 そう言って、印刷ボタンを叩いた――モニターが反転し、一瞬画面が暗くなる。

 その背後――琴子と滝口の間に、その死体はあった。

 立っている。


 血まみれで、制服ごと胸肉を噛み千切られて――白い肋骨をむき出しにしながら、その警備員は立っていた。

 浮かべていた苦悶も苦痛もない。

 ただ、二人を見ている。

「嘘でしょ」

「ふざけんな、てめぇ、死んでたじゃねぇかっ」


 叫びと同時に振り返った。

 いる。

 わずか数十センチの距離に、そのゾンビは立っていた。

 滝口がスコップを振るうよりも、そして琴子が長刀を振るうよりも早く、ゾンビの手は彼女らを掴むだろう。


 その身体がゆっくりと近づき――倒れた。

「危なかったな」

「つか、お前はインディアンか」

 呆れたような浜崎と、肩をすくめる優の姿がある。

 倒れたゾンビ――その頭部には、優の投げた手斧が深々と食い込んでいた。



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