第2章 優人対純
「オッス、勇也。」
「はよー、高坂。」
教室の同期、緒方勇也が優人に言った。
彼は必需品一式を、純と勇也の間に置くと、準備体操を始めた。
「高坂、今日横根と試合するんだって?」
「あぁ、今こんなやつに負けてるようじゃ、日本代表枠からこぼれちまうからな。」
「本当、いつもそれだよな。」
勇也がつぶやく。
「悪いかよ。」
優人はそう言うとマスクを取った。
「よし、純、やるぞ。」
「おう!」
2人はフルーレ(剣)を電気審判機に続くコードにつなぐと、ラインまで離れて向き合った。
勇也が審判機に近いところまで移動する。教室へやってきた生徒たちも興味のある表情で近づいてきた。
「5点先取だ。」
コードを調節する2人に勇也が言う。
「ラッサンブレ・サリュー(気をつけ、礼。)」
彼の声に2人がフルーレを掲げて敬礼する。
「アンガルド。(構え)」
第二の指示で2人はマスクをつけた。
「エト・ヴ・プレ?(準備はいいか?)」
「ウィ。(はい)」
「ウィ。」
2人が相手から目をそらさずに言う。
「アレ!(始め!)」
その掛け声とともに優人は軽く前後にステップを踏んだ。先に攻撃権をとれば、流れをつかめる。
優人はぱっと前に出ると純のフルーレを払って突いた。
ピーッと音が鳴り、得点を知らせる。
見物していた生徒が感嘆のため息をもらした。
「まず一本だ。」
優人が言う。
「一本くらい、すぐに取り返してやる。」
純がタイミングを計りながら返す。そして続けざまに3歩前へ出たが、結局優人に切っ先を払われて後退する。純は再び優人のフルーレを払ってぱっと前に突くと一瞬無防備になった右のわき腹を突いた。
ピーッと甲高い音がする。
「それでも日本代表狙うのかよ。」
「まぁ、今のは一点ぐらい取らせてやってもいいかなってやつだよ。」
優人がラインに戻りながら言う。
「言い訳だな。」
「言い訳じゃねえ。この後は、一本も取らせねぇからな。」
彼はそう言うと勇也の「アレ!」の声とともにぱっと前に突き、続けざまに攻撃してその間をかわそうとした純の背後に突いた。
得点音が鳴る。
「おい!今やってるのはフルーレだぞ!突きだけだろ。切るのは反則じゃないのか?」
「今のは立派な突きだろ。俺らはフルーレやってんだから。」
優人は定位置に戻って構えながら言った。
「アレ!」
勇也の声と同時に優人は前へ出ると純のフルーレを元から絡め取った。が、攻撃へ移る前に純がぱっと突いてくる。優人はやむなく2歩後退すると、純の突きを払って再び攻撃に転じた。一度に4歩前へ出て純のフルーレを払った返り手で彼の左胸を突く。
ピーッと音が鳴った。
「ほらな。お前にはスピードがねえんだよ。」
優人が嘲笑しながら言う。
「古代フェンシングでは言葉で相手を負かすってのがあったって言うけど、優人のが正にそれだよな。」
純はタイミングを取りながら言うと、突いてきた優人のフルーレを払った。しかし、再び突かれて定位置から3歩下がる。
純は優人が手を戻す瞬間を狙って攻撃し、定位置まで戻り、決めようとした瞬間、また優人に背を突かれた。
ピーっと音がする。
「よし、リーチだ。」
「嘘だろ、もう4点目かよ。」
純が言う。
「接戦にもなれねぇなんて…」
彼はつぶやきながら「アレ!」の声で優人のフルーレを払い、一度に2歩前へ出た。
しかし、突きへ移る前に優人に突かれて定位置まで戻る。が、決められる前に、彼のフルーレを払うとすばやく突きを繰り返した。
優人が無意識のうちに3歩下がる。
純は一度、一歩下がると、ぱっと大きく一歩前に出て彼の右胸を突いた。と、ほぼ時を同じくして優人が純の左胸を突く。
ピーっと音がして、得点になったのは優人だった。
「くっそぉ。」
純はそう言いつつ定位置まで戻り、二人はマスクを脱ぐと、勇也の
「ラッサンブレ・サリュー」
の指示で礼をしてからぱちんと手を合わせて握手した。
周りで見ていた生徒たちがそれぞれ感想を述べながら三々五々散っていった。
「やっぱ無理だったか。」
純がコードを抜いたフルーレと、マスクを横において座りながら言った。
「俺もまだ練習不足だな。優人に勝てなきゃ世界にはいけないからな。」
「なんだよ、今日はいつになく真面目で素直じゃねーか。何かあったのか?」
「何もねぇよ。」
「俺にまで隠す必要ないだろ?小学校のころからのダチじゃんか。」
優人が彼の前に座りながら言った。純は足を投げ出すとちらっと周りを見てから言った。
「お袋によ、今度の世界大会で、日本代表になれなければ、もうフェンシングはやめて真面目に働けって言われたんだ。今度の日本代表枠が決まる日で、仕送りはもう一切しないってね。」
純はそう言うとぱっと立ち上がってマスクとフルーレを取った。
「だから俺は、こんな所でしんみり話してる暇はねえんだ。お前に負けねえくらい強くならないとな。」
優人は無言で鏡の前へ移動する純を見ていた。