聖女様は、今日も魔王城に避難中。
「魔王様〜、お土産持ってきましたよ〜」
少女はカゴいっぱいのお菓子を片手に、空間移動をなんなく使って訪問していた。
「……聖女アメティマよ、また教会を抜け出してきたのか」
「だってえぇ〜、教会つまんないんですもん」
少女は、聖女専用の白い服に着られているほどに、見た目はかなり幼かった。
実年齢も、魔族からしたら生まれてまもないようなものだった。
とはいえ、人間の数え年で14歳である。
「だからといって、魔王城に来てもいい理由にはならん。ワレらは一応敵対している身なのだから、もっと、こう…」
「それ、何千年前の茶番ですか。はい、魔王様の好きな人間界のお菓子です」
「ウグググ…、ワレがお菓子に釣られると思ってるあたりが解せん……」
「あれ?これ好物でしたよね?間違ってました?」
「………………合っておる」
「なら、いいじゃないですか。また3日ほど泊めてください」
聖女と呼ばれた少女アメティマは、勝手知ったるかのようにずんずん進んでいって、魔王の寝室のベッドにダイブした。
「はあああ…、やわらかいベッド…至福……」
真っ黒いベッドがなんの材料でできているかは知らないが、ここよりふかふかのベッドは知らない。
最高の寝心地である。
「アメティマよ…。そなた、まだ固い石畳の上で寝ておるのか?」
「まだも何もずーっとですよ、ずっと。聖女が贅沢すると、聖力が落ちるんですって」
「どうして、人間はそんなことを考えるんだ」
「さあ?教典に書いてあるからの一点張りなので、知らないです」
ふかふかのベッドの上にいることで満たされていて、他のことは割とどうでもよくなってきた上に、アメティマはとても眠そうだった。
「ふああぁ…、ここはいいですよねぇ。朝も昼も夜も叩き起こされない、最高です…」
「そなたたち人間は、特別な人間を特別にするやり方を、何千年も間違えているのはなんでなんだ?勇者しかり、聖女しかり…」
「知りませんよぉ〜。てか、魔王様、寝ていいですか?もう3日も寝かせてもらえてないんですよねぇ」
「なぜだ」
魔王の鋭い声が飛んで、普通の人間ならビビり散らかすところを、慣れているアメティマは微塵も怖がることなく、もう一度あくびをした。
「なんか、どこかの結界のために祈れとかなんとか」
「結界、だと?」
「んー。聖女の力は空間移動と浄化作用しかないって、偉い人は知らないんですかねぇ〜?」
「そなたはそう言わなかったのか」
「言っても、『聖女ならできる』の一点張りですよ。好きですよね〜、同じこと言うの。もう聞き飽きましたよ」
「……わかった。たくさん寝るといい。だが、あちらに帰らなくて大丈夫なのか?」
「地下の塔に監禁中ってことになってるので、3日は誰もこないですよ。当然バレないので問題ありませーん」
「…………問題しかなくて頭が痛いの間違いでは?」
「よくわかんないですけど、おやすみなさぁい」
「……ああ、おやすみ」
魔王の呻き声に似た威嚇のような響きは、もはやアメティマにとって子守唄だった。
数秒もしないうちに眠りに落ちたアメティマに、魔王は布団をかけてやるのだった。
「ふあぁ、よく寝ました」
「……だろうな。丸2日起きなかったぞ」
「こっちの時間でですか?」
「いや、人間時間でだ」
魔王の言葉に、アメティマはふふふっと口元に両手を当てて可笑しそうに笑った。
「わざわざ計算してくれたんですか?」
「……じゃないと、そなたが困るであろう」
「にひひ、やっぱり魔王様がいちばん優しい〜」
アメティマは自分の持ってきた手土産のお菓子を口に入れながら、ケタケタ笑った。
「アメティマ」
魔王の咎めるような声音に、アメティマは、ん?と首を傾げる。
「そのようなことを言ってはならん。決して口に出してはならない。異教徒だと思われて、火炙りにされても文句は言えん」
魔王の目がギョロリと動いても、アメティマは気にせずお菓子を口に放り込んだ。
何日ぶりかの食べ物、しかも甘味。
いくら手土産とはいえ、食べる機会を逃すわけにはいかない。
「わーかってますよ〜。ま、その前に空間移動で逃げますけど」
「……ああ、そうしなさい。その時はここに来なさい、それくらいは庇ってやる」
「ええ〜!じゃあ、今すぐ異教徒になって、魔王様のとこに匿ってもらった方が安心じゃないですかー!」
「……それは、最後の手段にしておきなさい」
魔王は頭が痛そうに、額に手を当てた。
それを見て、魔族も頭痛がするの?とアメティマは不思議に思った。
「だいたい、瘴気を払っているのだって、実際は私たちの力だけじゃないし」
「それは言わないお約束だろう?」
「人間界が虫けらほど弱くて、魔王様が同情して、瘴気コントロールしてくれてるおかげじゃないですか」
「アメティマ…」
「それを、聖女の力だ〜!ってことにして、お金を募ってるのが気味悪い」
「アメティマ……」
「っていう茶番に魔王様が何千年も付き合ってくれてるのも、意味不明だし」
「アメティマ………」
「あっ、魔王様のおかげで私ここに来られるので、茶番もありがとうございますって思ってますよ?」
「聖女が思ったらあかん……」
そう言って、魔王はお菓子のカゴを片付けると、どこで絞めてきたのか羊の肉のステーキを出してきた。
「柔らかくしてある。こちらを食べなさい」
「わーい、お肉〜!」
「あっこら、ゆっくり食べなさい。消化が追いつかんだろう…!」
「そしたら、自分に浄化をかけるから大丈夫!」
「それは、大丈夫とは言わん…」
魔王は温かい茶を淹れながら、手慣れた様子で甲斐甲斐しく世話していく。
それを見ながら、アメティマは肉をもぐもぐして、それから尋ねた。
「魔王様はどうして人間界を滅ぼさないんですか?」
「そなたは働きアリを見た時に、何を思う?」
「ん?働いてるなぁ〜、動いてるなぁ〜?」
「たくさん働きアリがいるからって、滅ぼしたいと思うか?」
「気にも留めないね」
「概ねそういうことだ」
「ふーん」
興味なさそうに答えるアメティマは、さながら人間界に興味のない魔王とよく似ていたのだった。
「んじゃ、今回もお世話になりました!」
来た時よりいくらか顔色が良くなったアメティマは、元気よく手を上げた。
「ああ…、あまりこちらに来るでないぞ。そなたの立場が悪くなったら困るだろう」
「今更ですね!」
アメティマがハツラツと答えて、魔王が頭を抱えそうになった時、アメティマとは別の空間移動の円が発動した。
そこから、ひょこっとアメティマより年上に見える褐色の少女が現れた。
「魔王様、すんませーん。1日泊めてくれません?…って、あれー!西の聖女も来てたんか〜!」
「うん、今帰るところ」
「そうかそうか、気をつけて帰れよ〜」
「おい、イソナ…」
魔王の声など無視して、少女たちの会話は続いていく。
「北の聖女も、逃亡?」
「馬鹿言うな。ちょっと睡眠をとりにきただけだよ」
「それを逃亡って言うんだよ、ねえ?魔王様?」
「逃亡っつーのは、逃げることだろ。あたいらはちゃんと国に帰るんだから、ただの休憩だよ」
「ああ、そっか。んじゃ、私も帰るね〜」
「おうよ。急ぎで土産も持って来れんかった、容赦してくれ」
「私が持ってきたお菓子、まだあると思うから魔王様にもらって?」
「おう、サンキュー!」
「アメティマ、イソナ…、そなたらな…」
魔王の呻き声は虚しく、聖女たちはそれぞれに分かれていく。
「じゃ、また来まーす」
「ほーい、あたいは寝るよ。おやすみー」
「うん、おやすみ〜。またね〜」
アメティマは自分の作った空間移動の円の中に消えていき、新しく来た聖女イソナは、アメティマと同様魔王のベッドに沈み込んだ。
全員が手慣れた様子である。
「魔王城は、託児所じゃないんだが…………」
「ぐおおぉ…、ぷーすぴー…」
魔王の嘆きもイソナのいびきに掻き消されて、魔王は新たに羊の肉を調達してくるように部下に指示するのだった。
今日も魔王城は、聖女の休憩所として少しばかり賑やかであった。
了
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