第三話 レイの最初の試練①
「……あの……ねえ、レイ……っ」
「ん?何よ。さっきからソワソワして」
豪華なランチを平らげ、午後の授業が始まるまでの、わずかな休み時間。
人混みを避けるように中庭の端へ引っ張られ、植え込みの陰に入ったところで、ルカが消え入りそうな声で話しかけてきた。
近くでは噴水の水音と、どこかで笑う声。なのに、彼だけがやけに必死だ。
「えっと……あの……その、耳を貸して……」
何なのよ、その可憐すぎる仕草。
両手で顔を覆うみたいにして、もじもじ、くねくね。
肩まで小さくすぼめて、視線は泳ぎっぱなし。
顔は耳まで真っ赤。
極めつけは、上目遣いで私を見上げてくる。
……正直、今まで二十年の人生で、告白された経験は何度かある。
彼氏だっていた。だから自分の見た目がそこまで悪いとは思っていなかったけれど……。
私、こんなヒロインみたいな仕草、一度もしたことないんだけど!
女子を二十年やってきて一度も出せなかった天然のあざとさを、中身が十六歳の少年が、あっさり体現している。
もはや敗北感すら通り越して、少女漫画の読み過ぎかと疑いたくなるレベルだ。
「おトイレ……行きたい、です……」
「はぁっ!?」
耳元に添えられた指先と、吐息混じりに囁かれた言葉。
その瞬間、背筋にゾワゾワッと鳥肌が立った。
近い。そして声が甘い。
私の声なのに、なんでそんなに色っぽく響くのよ。
そうだ、朝のパニックの中で私が「トイレやお風呂は目隠しをさせた上で私が手伝う」なんて、無茶な契約を突きつけたんだっけ。
言った瞬間は正義だったのに、今になって全部自分に返ってくる。ブーメランが鋭利すぎる。
けれど、この中世ヨーロッパ風の世界に『多目的トイレ』なんて近代的なものがあるんだろうか。
かといって、今の王子の見た目をした私が、私の手を引いて女子トイレに入るなんて……。
想像しただけで終わりだ。視線で刺される。
「それ、絶対に通報案件でしょ……。お巡りさん呼ばれちゃう……」
ルカの様子を伺うと、さらに事態は深刻だった。
足を交互にもじもじ動かし、顔はさらに赤く、額にはうっすら汗まで浮かんでいる。
唇まできゅっと結んで、必死に大丈夫なフリをしてるのが痛々しい。
この生真面目な少年は、私の言いつけを頑なに守ろうとして、ランチタイムの三杯ものミネラルウォーターをすべて膀胱に溜め込んだまま耐えていたらしい。
いや、真面目すぎるでしょ。私の身体が壊れたらどうするの。
このまま我慢させて、私の大事な身体が膀胱炎にでもなったら目も当てられない!
「あ、あの……旧校舎なら……この時間は人があんまり来なくて、奥の方に……」
ルカが限界の体で、震える声で教えてくれる。
その言い方が、もう『今すぐ』って書いてある。
「よしっ、案内して!急ごう!」
私が頷くやいなや、ルカは小走りで先導を始めた。
制服の裾がふわっと揺れて、あざといのに状況が切迫しすぎていて、こっちは笑えない。
「待って、待ってレイ!そんなに急ぐと……っ。もう、波が……あぁっ、限界……っ」
「ちょっ!!ここで限界はだめ!」
私の顔で涙目。
演出なら満点だけど、状況は最悪だ。
私は周囲を見回し、人気のない通路へ体を滑り込ませるようにして旧校舎へ向かった。
辿り着いた旧校舎は、本校舎のきらびやかさとは打って変わって、湿り気を帯びた古めかしい空気に包まれていた。
錆びた蝶番がきしみ、廊下には埃が積もり、窓ガラスの隅では蜘蛛の巣がかすかに揺れている。
足音だけがやけに大きく響いて、心臓まで焦ってくる。
「ここは今、部活動の部室棟として使われているんだ。……昼休みは、誰もいないはずだよ」
「へえ、部活ね。ルカは何かやってたの?」
「……僕は、何も。放課後はいつも、公務や家庭教師との勉強があったから」
また、そんな寂しそうな顔をする。
たった十六歳で、放課後が公務って何。青春どこ。
気を紛らわせるために、どうでもいい世間話をわざと明るく振りつつ、私たちは人気のない女子トイレへ滑り込んだ。
一番奥の個室。バタン、と扉。ガチャリ、と鍵。
音がやけに大きく響いて、現実味が増す。
鍵の金属が指先に冷たくて、逃げ道が一つ減った気がした。
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