第二十七話 レイの物語のヒロイン②
まずはブレスレットを手首にはめてみる。
細い鎖が肌に馴染んで、花の模様がキラッと光る。
「ルカ、自分でピアス付けられる?付け替えてあげようか?」
「僕、やったことなくて……」
どうりで。この世界に来た時のままのピアスを、ずっとつけてるわけだ。
「じゃあ、じっとしてて。……ちょっと触るね」
ピアスを外すために自分の耳たぶへ手を添えると、ルカが私の身体をびくっとさせた。
自分の耳なのに、こうして触ると妙にくすぐったい。耳たぶ、柔らかいな。
それに、自分なんだけど……誰かにピアスをつけるって、意外と怖い。少しでも痛くしたらどうしよう、って。
「……できた」
息を吐いて、そっと手を離す。
「ありがとう、レイ。ねぇ、この花の名前、知ってる?」
「え?綺麗な小花、としか……。有名な花なの?」
「レイが知らないなら、今はいいんだ。……このピアス、一生大切にするよ」
「……ルカが大切にするのは、こっちのブレスレットでしょ。入れ替わるんだから」
「あ、そっか。……そうだね。そうだった」
ルカは寂しそうに笑って、自分の耳たぶに飾られたピアスを指先で撫でた。
その仕草が、なぜか胸をちくりと刺す。言葉よりずっと、素直だ。
季節は春とはいえ、日が落ちれば夜風はまだ肌寒い。
屋台の明かりがぽつぽつ灯り始め、通りのざわめきは少しだけ柔らかくなる。
「そろそろ『女神の流星』の時間かな。お城に帰ろうか」
空を見上げれば、東京のビル群では決して見られない、圧倒的な数の星々が瞬いている。
吸い込まれそうな暗さの中で、星だけがやけに近い。
残された時間は、あとどれくらいだろう。
カウントダウンの足音が、どこからともなく流れてくる音楽に混ざって聞こえてくる気がして。
私は隣を歩くルカの手を、壊れ物を扱うみたいに、そっと握りしめた。
指先に触れる温度が、怖いほど愛しい。
お城のバルコニー。
夜風が石の床を撫で、欄干の冷たさが掌にじわりと染みる。
遠くの街からは、まだ祭りの笑い声と音楽がかすかに届いていた。
二人で肩を並べ、運命の『女神の流星』が夜空を裂くその瞬間を待つ。
「……レイは、元の世界に戻ったら、まず何をするの……?」
ルカの問いに、私は空を見上げたまま少しだけ考えた。
星は近いのに、答えはやけに遠い。
「うーん。とりあえず、もう留年は確定してるからねぇ。地獄の単位確保かなぁ。山積みのレポートと格闘する日々が待ってるかも」
「そっか。……やっぱり、大変なんだね。レイの世界」
「ルカこそ、明日からの王太子の仕事、大丈夫そう?」
「……うん。せっかくレイが一年かけて頑張って、僕のために下地を用意してくれたんだもん。今度は僕が、僕の力で頑張ってみるよ」
「なるべく片づけたし、マニュアルも作ったから。無理しないでね。寝ないのはダメ。食べないのもダメ」
「レイ、お母さんみたい……」
「うるさい。私は二十歳の女子大生ですー」
言い返したはずなのに、口の端が勝手にゆるむ。
でも、その次に来る沈黙が怖くて、私はわざと月の光を追いかけた。
しばらくの沈黙が流れた。
ふと隣を見ると、俯くルカの細い肩が、ふるふると小さく震えているのがわかった。
笑っていたのに。さっきまで、あんなに食べていたのに。
静かな夜は、感情の隠し場所を奪ってくる。
「レイっ!」
バッとルカが顔を上げ、私を真っ直ぐに見上げる。
たった一年。けれど、あまりにも濃密だった一年。
肩くらいだった私の髪は、いつの間にか腰まで届くほどに伸びていた。
肌は真珠のように光沢を帯び、身体つきも、どこか女性らしい柔らかな曲線を描くようになっている。
何より、自分の顔が、自分でも驚くほどアプデされている。
カラーコンタクトもしていないのに黒目がちな瞳は以前よりずっと大きく、潤んで見えて。
その大きな瞳には今、こぼれんばかりの涙が溜まっていた。
……いや、待って。
私のそのアプデされた顔で泣かれるの、反則だって。
抱きしめたくなるし、守りたくなるし、わけわかんないくらい可愛いって思っちゃうじゃん。
「僕、すっごく楽しかった……!レイと過ごした、この一年間。僕の人生で、一番輝いてた!」
「ルカ……」
「は、初めて会った時から、ずっとレイと一緒にいたくて……。だから……」
ポロリ、ポロリと、真珠みたいな大粒の涙が頬を伝う。
ああ、可愛いなぁ。本当に、どうしようもなく可愛い。
なのに、その涙の理由を知ってるから、胸が痛い。
「僕、女神様にお願いしたんだ。レイと、もっと、もっと一緒にいさせてくださいって。そうお願いしたんだ」
え……!?
私はてっきり、元のルカの願いが『現実つらい、助けて』みたいなストレス解消で、その結果として私と入れ替わったのだと思っていた。
だから、私の見た目でルカが可愛く見えるのも、脳がバグってるせいだって思い込んでたのに……
「恋もしたんだ……!レイに!だから……僕の願いは、最初からレイだけだったんだよ……っ」
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