第二十七話 レイの物語のヒロイン①
季節は巡り、世界はすっかり柔らかな春の色に染まった。
淡い花の香りと、土が湿った匂い。石畳の隙間から伸びた小さな草まで、今日はやけに眩しい。
今日は、一年に一度だけ空が裂けるように輝く『女神の流星』が降る日。
それは同時に、私とルカが共に過ごせる、正真正銘『最後の日』でもある。
——最後。
そう思った瞬間、喉の奥がひりつく。
だから私は、わざと視線を上げて、春の飾り付けに意識を逃がした。
国中がお祭りの熱気に包まれていた。
街の至る所が色鮮やかな春の花々で飾られ、広場には数えきれないほどの露店が隙間なく軒を連ねている。
焼き菓子の甘い匂い、香辛料の刺激、果実酒の華やかさが混ざり合い、匂いだけでお腹がいっぱいになる。
「レイ!買ってきたよ、見て見て!!」
満面の笑みを浮かべたルカが、人混みを縫うように小走りで駆け寄ってきた。
ツインテールを揺らしながら、スカートの裾がふわっと踊る。
そのたび周囲が「聖女様だ!」とざわめくのに、本人はまるで気にしない。
両手には、あふれんばかりの食べ物の山。
チョコバナナ、シナモンロール、焼き立ての人形焼、真っ赤に艶めくりんご飴……。
紙袋からはまだ湯気が立っている。
「……ルカ、それ、今日だけでもう何個目?」
「うん!でも、今日だもん!」
最初は私の分も律儀に買ってきてくれていたけれど、私の胃袋はとっくに限界を迎えている。
今は一口だけ私が味見して、残りは全部ルカが幸せそうに平らげている状態だ。
噛むたびに「おいしい~♡」って頬を押さえるの、反則。こっちまで食べた気になりそう。
それにしても、私の身体、一体どうなってるの……?
こんな大食いファイターみたいに食べれた記憶、ないんだけど。
むしろ私は、甘いモノより、居酒屋系の食べ物が好きなタイプだったはず。
横からまじまじと観察しても、あれだけ食べてお腹が出ている様子は微塵もない。
なんなら、入れ替わる前よりくびれが強調されている気すらする。
この身体の胃袋、ブラックホールになってるか、どこか異次元にでも繋がってるんじゃなかろうか。
……いや、繋がってて。お願いだから。
「最後の一日に、ちゃんと約束を守れてよかった」
「え……?」
「忘れたの?指切りしたじゃない」
「……もちろん、覚えてるよ。忘れるわけないよ」
「今日はさ、後悔しないように食べたいもの全部食べよう。ルカの十七歳の誕生日なんだからさ」
「いいの?」
「いいに決まってるでしょ。まだまだ食べるぞ、って顔に書いてあるし」
「むっ!そんな顔……してるけど」
「あははっ。素直でよろしい」
軽口を叩いている間にも、山盛りだった食べ物は最後の一本のチョコバナナのみ。
私は笑いながら、自分の口角についたチョコレートを指先でそっと拭ってあげた。
ルカは一瞬きょとんとして、それから照れたみたいに目を逸らす。
「今日は、いっぱいの楽しいを全部詰め込もうね」
「うん。いっぱい!」
あの宰相の一件以降、街の治安は劇的に改善された。
怪しげな闇市や違法な店は一掃され、今ではこうして王太子と聖女が、護衛もつけずに二人きりで出歩くことができる。
……もっとも、私たちの顔はこの一年で有名になりすぎて、行く先々で「聖女様!」「殿下!」と試食を押し付けられるのが唯一の悩みどころだけれど。
断れない。だってルカが、受け取る手つきまで嬉しそうなんだもん。
日本とは全く違う、海外みたいな街並み。
見たことのない食べ物や、花もある。
石造りの建物の影が夕暮れに伸びて、通りのランタンが一つずつ灯っていく。
ジェラートを片手に歩いていると、ふと、一つの露店に目が止まった。
植物のモチーフが細工された、繊細な銀細工のアクセサリーが並んでいる。
葉脈まで彫り込まれた小さなブローチや、蔓を模した指輪。
光を受けて静かにきらめいて、やけに胸に刺さった。
「どうしたの、レイ?」
「……せっかくだから、何か記念になるものを、一つくらい持って帰りたくて」
この世界に来た時、私は苺柄のパジャマ姿だった。
耳につけていたピアスも、あの時のまま。
身に着けている物はそのまま移動できるのだとしたら——ここで手に入れた物も、向こう側に持って行けるのではないか。そんな淡い期待が、胸の奥でふわりと膨らむ。
「ルカにも誕生日プレゼント、買ってあげるよ。……まあ、ルカの財布から出すお金なんだけどね!」
ネックレス、髪飾り……指輪は、あまりにも意味深すぎ。無し。
悩んで立ち止まっていると、店番のお姉さんが茶目っ気たっぷりに笑って声をかけてきた。
「ペアで着けるなら、こちらがオススメですよ。春の花を象ったものです」
差し出されたのは、愛らしいピンク色の小花を象ったピアスと、同じモチーフの模様が丁寧に彫られたブレスレット。
小さな花びらの縁に光が宿って、指先で触れたくなる。
「いいね、可愛い。ルカに似合いそう」
「え、でも、それって……」
私はピアスを手に取り、自分の耳たぶに当ててみる。
うん。やっぱり似合う。……というか、これ、絶対ルカがつけたら可愛い。反則なくらい。
「じゃ、これください」
包んでもらった小さな袋を抱えて、私たちは近くのベンチに腰を下ろした。
袋を開ける時の、紙が擦れる音がやけに大きい。手元だけが、世界の中心みたいになる。
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