第二十六話 ルカの約束
あの日を境に、国の空気はがらりと変わった。
王の直々の命で王太子が動き、宰相の積年の悪事と、学園理事長の醜い癒着が白日の下に引きずり出されたのだ。
長く澱んでいたものが、一気に表へ噴き出したみたいだった。
噂は雪崩みたいに広がった。
最初は「横領があったらしい」程度だったのに、蓋を開けてみればそんな可愛い話じゃない。
正当な後継者である王太子の評判を落とすため、組織的に成績を改竄し、『無能』の烙印を押し続けてきた者たちがいた。
学園の中だけじゃなく、城の中にも、街の中にも。関与した人間は合わせて百人を超えた。
一人や二人の悪意じゃない。国のあちこちに、静かに毒が回っていたのだ。
彼らは大小様々な罪に問われ、長年この国に巣食っていた膿は、たった一夜にして一掃されたのである。
城と学園、ひいては国全体を揺るがす暗部を、か弱き『聖女』が暴き出した。
本来なら王家への不信が募って、国威が失墜してもおかしくない。
なのに現実は逆だった。
賢明な王太子と聖女が固い絆で結ばれ、共に悪を討った。
その『わかりやすい物語』は、民衆の間で瞬く間に英雄譚へと姿を変えた。
酒場では尾ひれがつき、子どもは真似をし、神殿では祈りが増えた。
市場ではその話題でもちきりで、城下の空気までどこか明るく浮き立っていた。
結果として王家の権威は以前よりずっと強固になり、事態は最高の形で収束を迎えたのである。
あの一夜は、聖女が起こした『真実の奇跡』として語り継がれる。
彼女こそ本物だという、揺るがぬ証明とセットで。
……当の僕はといえば。
「聖女の神秘の力で宰相の自白を引き出した張本人」とされ、かつて僕を『偽聖女』と蔑んだ声は、今や一欠片も残っていない。
みんな、信じたいものを信じるのが得意だ。
本当は、レイが仕掛けた『自白の鏡』のトリックのおかげなんだけど。
それは、僕とレイだけの秘密だ。
きっとこの先も、誰にも明かされないまま残る秘密。
事件の後始末のため、レイは連日、山のような執務に追われている。
王太子の部屋には書類の束が積まれ、封蝋の匂いが消えない。
僕が淹れたお茶の香りも、すぐ紙の匂いに飲まれてしまう。
この身体で一緒に過ごせる時間は、もう三ヶ月を切っているというのに。
「はぁぁ~……」
自分でも止めようとして止まらない溜息が、ふわりと零れた。
窓の外の雪みたいに、音だけは静かだ。
静かなのに、胸の奥だけがちっとも静かにならない。
「ねぇ、ルカ」
「は、はいっ!」
「何、そんなに慌ててるの?」
「な、なんでもないよ!ほら、お茶淹れたよ!」
「ありがとう。ちょうど一息つきたかったんだ」
レイが湯気を吸い込み、ふぅ、と息を吐く。
カップを持つ指先。書類を追いかける凛とした眼差し。ペン先を止める癖。
その全部を、僕は忘れないように目に焼き付けるみたいに見つめてしまう。
少しでも多く覚えておきたいと、焦るみたいに。
……だめだ。見つめすぎると、寂しくなる。
「そういえばさ。『女神の流星』の日って、街では盛大なお祭りが開かれるんだって?」
「うん。大通りには隙間もないくらい出店が並んで、夜通し賑やかな露店が出るんだよ」
「いいね。楽しそう。……行ってみたいな」
口にした瞬間、胸の奥が少しだけ明るくなる。
でも同時に、怖い。欲しいと言っていいのか、わからない。
「……!うん、レイとなら絶対に楽しいよ!だから――」
「一緒に行こうか」
「っ……本当に、いいの?」
「うん。その日は、ルカの誕生日でもあるんでしょ?」
ドクン、と心臓が跳ねた。
熱いのに、冷たい。身体のどこかが空っぽになるみたいな音だった。
「……知ってたの……?」
父上は多忙で、優しかった母上が亡くなってからは、誰も祝ってくれなくなった誕生日。
なのに『女神の流星』が落ちるようになって、街中がそれを祝って華やかに彩られるたび、僕は一人、取り残されたみたいな寂しさを感じていた。
賑わう国とは裏腹に、自分だけが透明な箱に閉じ込められたような、冷たい孤独。
笑ってる人を見るほど、胸が冷える。そんな夜も、たくさんあった。
あの日は祝祭なのに、僕にとってだけは少し残酷だった。
「だから……その日、ルカを私に頂戴?」
「えっ……僕の誕生日なのに、僕がレイにあげるの?」
「あ、確かに。それは逆だね」
僕の素直な突っ込みに、レイは本気で「どうしよう」と悩み始める。
眉間にしわ。指で机をとんとん。真剣なのに、どこか可笑しい。
その様子を見て、僕はクスクスと笑い声を漏らした。
一年前の誕生日、孤独の淵にいた僕はレイに出会った。
そして次の誕生日、僕はきっと人生で初めての――そして一番残酷だけど、忘れられない失恋を経験する。
わかってる。わかってるのに、胸が勝手に期待してしまう。
「私に、ルカの誕生日をお祝いさせてほしい。……いいかな?」
「うんっ!もちろん!」
どんな結末が待っているか、わかっている。
魔法が解ければ、二度と会えなくなることも。
それでも僕は、最期の瞬間までレイの隣にいたい。
きっと今まで生きてきた中で一番楽しくて、最高に幸せで。
そして――何よりも切ない誕生日になる。
そんな確信めいた予感に、僕は少しだけ胸を痛めながら、それでもその日が楽しみなんだ。
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