第二十五話 レイの聖夜の嘘②
それにしても、この国の『聖女』への信仰心は凄まじい。
神殿での奇跡も、今日の糾弾も、人々は『結果』だけを見て、それを『神の意志』として受け入れてしまう。疑うより先に、拝む。
でも、その盲信こそが、今はこの子の身を守る強力な楯になる。
そう考えると、聖女の器として選ばれたのが私じゃなく、ルカだったのは正解だったのかもしれない。
この雪みたいに素直で純粋な子が、誰かを嵌めるための策略を思いつくはずがない――みんなが、信じたがる。
……そして、その『信じたがり』が、今日は確かに私たちを救った。
私はテーブルの上の鏡の欠片を見つめ、そっとグラスを置いた。
「でも、さっきのルカの剣捌き、本当にかっこよかったよ」
「はは、ありがとう。あんまり才能はないって言われ続けてきたけど、下手なりに、ずっと訓練だけは欠かさなかったからね」
あの時の、一閃。
大理石に突き刺さった刃の音が、まだ耳の奥で鳴っている気がする。
ルカ、あなたは本当に自己評価が低すぎる。
あんな音もない流麗な動き、見たことない。
見せびらかすための派手さじゃなくて、必要なところだけを最短で抜き、最短で止める。
怖いほど、綺麗だった。
私なら、あんなふうに寸止めできない。勢いで取り返しがつかなくなる。
「本当にかっこよかった」
「……本当!?レイにそう言ってもらえるのが、何より嬉しいよ」
子犬みたいに目をきらきらさせて、頬まで赤くする。
その表情だけで、胸がちょっとだけ温かくなるのに、同時に苦しくもなる。
私は少しだけ真剣な顔になって、彼の柔らかな手をぎゅっと握りしめた。
そういえば、身体が技術を覚えているのか、私だってそこまで運動が得意じゃないのに、訓練に混ざっても案外なんとかなっている。
剣の型も、馬の乗り方も、礼法の所作も。
中身が入れ替わっても、肉体が知ってることは、再現できる範囲で動けるってことなのかもしれない。
その上この王太子の身体、服を脱ぐとちゃっかり腹筋が割れていて、いい具合の細マッチョで。
毎回ちゃんとドキドキするのは内緒だ。ほんと、内緒。
「でもね。ルカに剣は、似合わないよ」
「え……?」
ネイルサロンなんてあるはずもないのに、爪の形は整っていて、肌は驚くほどつやつやでふかふかだ。
握っていると、体温がじんわり伝わってくる。ずっと離したくなくなる温度。
「この手は、誰かを傷つけるためのものじゃない。誰かを温めて、優しさで包み込んで、守るための手だ」
今日だってそうだった。
本気で斬ることだってできたのに、ルカは選ばなかった。
怒りに震えながら、殺さずに終わらせた。
あれは弱さじゃない。強さだ。私には、まだ真似できない強さ。
きっとルカは、私の助けがなくなった後も、立派な王になれるだろう。
民の痛みがわかる優しさと、いざという時に立ち向かう強さ、そして冷静な賢さ。
そんな、国民全員から愛される王様に。
……けど、それをこの目で見届けられないのが、今は残念でならない。
胸の奥がぎゅっと、引きちぎられるみたいに締め付けられた。
本当なら、私がずっと隣にいて、彼の背中を守ってあげたい。
でも、それは許されない願いだ。
ルカと出会って、この世界に迷い込んでから一年。その期限まで、残された時間はあと三ヶ月。
長いと思っていたはずの終わりが、もうすぐそこまできている。
繋いだ手を離せないまま、私たちはクリスマスの夜が更けていくのを静かに待った。
窓の外では雪が音を消して降り積もり、窓ガラスは二人の吐息で白く曇っていく。
灯りの揺れが、ルカのまつげの影を頬に落として、また胸がきゅっとなる。
「ねぇ、レイ」
溶けてしまいそうなほど小さな声。
「なに?」
「楽しかった。今日。……世界中で、僕が一番幸せだったと思う」
「そう。……私も、楽しかったよ」
「これからも、ずっと……こんなふうに一緒にいられるよね」
「……うん。もちろん」
言いながら、喉の奥がひりついた。
お互いに、その言葉に未来がないことくらい、痛いほどわかってる。
なんて残酷な嘘だろう。
あと三ヶ月足らずで、この魔法は解ける。
けれど今夜だけは、残酷な現実に気づかないふりをしていい。
温かな灯火の下、ただ寄り添って、指先の熱だけを確かめ続けたい。
繋いだ手を、もう少しだけ――離せないままで。ほんの少しだけ。
ブックマーク、★★★★★、リアクション
よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ




