第二十四話 レイによる断罪②
その瞬間、会場は凍りついたような静寂に支配された。雪の降る音まで聞こえそうなほどに。
「宰相が……王に?」
「今、クーデターを宣言したのか……?」
ざわ、と会場の空気が揺れた。
誰かが息を呑み、誰かがグラスを落とし割れる音がする。
けれど、人々の動揺を余所に――宰相の口だけが止まらなかった。
「ち、違う!私が言いたいのは、殿下が乗る馬車に細工をしたのは私ではないということで……!」
「いざとなったら隣国へ亡命する手はずも、完璧に整っていたのに……!」
「王は間抜けで、宝物庫の宝が減っても気づかぬ暗君!」
「第二王子はまだ赤子、いくらでも傀儡として洗脳できる……!!」
出るわ出るわ、堰を切ったように溢れ出す自白。
会場はもはや騒然という言葉では足りないほどの混乱に陥った。
笑い声も、音楽も、すべてが潰れた叫びに飲まれていく。
「なぜだ!口が、勝手に……止まれ、止まってくれ……っ!!」
パニックになった宰相が、その場に膝をついた。絹の衣が床に広がり、みっともなく擦れる音がする。
私は無感情に剣を抜き、その冷たい切っ先を彼の喉元へ突きつけた。
光を弾く刃が、彼の唾をきらりと照らす。
「顔を上げろ」
剣の峰で顎を掬い上げ、無理やり見上げさせる。
宰相の瞳は濁っていた。命乞いの色と、憎悪の色が、同じ場所でぐちゃぐちゃに絡まっている。
「……最後に一つだけ答えろ。私の母に手をかけたのは……お前か?」
隣で息を殺していたルカの瞳が、一瞬で涙に揺れた。指先が、私の袖を掴む。
「あの女が……!私が宝物庫の鍵を盗み出したことに気づいたのが、すべて悪いのだ……!!だから、毒を盛ってやったのだ!!」
会場にいた誰もが息を呑んだ。
言葉が落ちた瞬間、世界がひゅっと冷える。
次の瞬間――悲鳴が上がるより先に、私は剣を握り直そうとして、気づいた。
私の手にあった剣が、音もなく、すっと奪い取られている。
「え……?」
ルカが、私の剣を握りしめていた。
憎しみに燃える瞳で宰相を睨みつけ、そのまま迷いのない動作で剣を振りかぶる。
細い腕なのに、構えが怖いほど真っ直ぐだ。
「なっ、待って!!」
止める言葉が、間に合わなかった。
あまりにも流れるような動作で、私の声は空気の後ろに置き去りにされる。
光の速さで一閃が走り、重い風切り音が響く。
剣は、腰を抜かして座り込む宰相の股の間――布一枚の距離を掠めて、大理石の床に深々と突き刺さった。
ギィンッ、という凄まじい金属音。床が震え、刃がびり、と鳴る。
宰相は股間を数ミリの差で逸れた刃を凝視し、泡を吹いてその場に卒倒した。
「……はぁ、はぁ……っ」
ルカの肩が激しく上下する。
「……お前のような醜い男、聖女が裁く価値すら、無い……!!」
怒りに震える体で立ち上がったルカの横顔は、誰よりも気高く、そして誰よりも美しかった。
その姿に、誰かが膝をつく音がした。畏れか、安堵か、あるいはその両方か。
「陛下!どうか、公平なご判断を!」
『聖女』の叫びに、玉座の国王が静かに立ち上がった。
何も言わずに、倒れた宰相と、床に刺さる剣を見下ろす。
「……宰相を更迭する。直ちに連行し、地下牢へ繋げ。二度と日の光を拝ませるな」
王の宣言が会場に響き渡る。
衛兵たちが駆け寄り、意識を失った宰相を引きずり、豪奢な衣が床を擦る。
王はさらに、威厳のある声で言葉を継いだ。
「我が愛しき第一王太子と、国を救いし『聖女』の婚約に、異を唱える者は他にいるか?」
静寂。今この場で、その言葉を遮る愚か者は一人としていなかった。
……そこへあの教師が青白い顔をしながらがおどおどと近づいてきて、小声で話しかけてくる。
「あ、あの……自分は、その……約束の見返りを……」
震える声で、必死に私へ縋りつこうとする。
私は一歩だけ距離を取って、首を傾げた。
「……なんて?」
「だ、だから!宰相を嵌めるために協力したじゃないですか!見逃してくれると、約束したはず……!」
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私は何を言っているのかわからない、という風に大げさに手を耳に添え、もう一度首を傾げてみせた。
「聞こえているでしょう!?約束が違う……!」
「……そうだね。聖女の意見も聞きたいな」
私が視線を送ると、ルカは涙の跡を残したまま、まっすぐ教師を見た。
「え?……王太子が悪党を見逃すなんて、あるわけないよ」
「なっ……!?」
「さすが聖女。心まで清らかで麗しいね」
私はわざとらしく頷く。
「悪人相手に交わした約束なんて、守る道理はどこにもない。――そういうことでしょう?」
ルカの肩を抱き寄せると、教師の顔から血の気が失せ、真っ白になった。膝ががくがくと笑っている。
人差し指を立ててみせる。丁寧に、逃げ道を一つずつ潰すみたいに。
「私が見逃すと言ったのは、あの場での『脅迫』のことだけ」
「そ、そんなっ!」
「理事からの賄賂、成績の改竄、王太子への不敬罪。そして――我が愛しい聖女に対する、強姦未遂」
教師は、その場に崩れ落ちた。あっけない音を立てて。
「私と『聖女』を貶めた奴は、地獄の果てまで追い詰めて、二度と這い上がれないようにしてあげる。絶対に逃がさないからね。……覚悟しておくといいよ」
「ひぃっ……!」
「うわぁ……」
会場のあちこちから小さな悲鳴が上がり、席を立って出ていく人もいる。
心当たりのある連中は、今頃証拠隠滅にでも走っているんだろうけど――遅い。逃げ切れるほど、甘くはない。
ルカがこれまで受けてきた孤独。痛み。
その何百分の一でも、報いはきっちり受けてもらう。
ルカの『幸せ』を邪魔しようとした代償は、死よりも重い後悔だと、その身に刻みつけてやるのだ。
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