第二十三話 レイだけの聖女②
「あぁぁ……確かに、着替える時間が……どうしよう!走れば間に合うけど、着替えが……!」
「……もうさ。その格好のままでいいんじゃない?」
「えええっ!?何言ってるの、レイ!」
フリフリで、レースたっぷりのメイド服。
可愛い。文句なしに可愛い。
……けど、どう見ても『白雪姫』の衣装じゃない。どうしてこうなった。
「だって今さら着替えるより、舞台に出るほうが大事でしょ。いっそ、ルカらしいし」
「えっ……そ、そうかな……?」
ルカの顔が、耳の先まで一瞬で真っ赤に染まった。
魔女が差し出した毒林檎より、ずっと鮮やかで――しかも、美味しそうな赤。
さっきあんなに泣いていたのに、まんざらでもなさそうな顔をして、少しだけ嬉しそうにスカートの裾を指でつまんで、ひらひら弄っている。
……薄々気づいていたけれど、ルカ、何気にこういうコスプレ好きなんじゃないのかな。
「似合ってるよ。世界一、とびきり可愛いお姫様」
頭をくしゃくしゃと撫でると、ルカは頬を押さえて目を細めた。
「えへへ……。じゃあ、このまま行っちゃおうかな!」
「行こ。今すぐ」
手を引いて走り出す。けれど遅い。
いや、遅いのは当然だ。走ってるの、私の身体だし。しかもメイド服。
ルカは必死に脚を動かしているのに、速度が出ない。
可愛いと速度が比例しない。可愛いけど時間がない。
「……って、足遅いな!もう!」
「わわっ、レイ!?」
「だって間に合わないでしょ!しっかり捕まって!」
私はルカをひょい、とお姫様抱っこで抱え上げた。
軽い。抱えた瞬間にバランスが取れる。
ついでに、ルカが「ひゃっ」と小さく鳴く。やめて、心臓に悪い。
階段は二段飛ばし。中庭は一直線。
風が頬を切り、遠くでファンファーレのリハみたいな音が聞こえて、背中がぞわっとする。
間に合え、間に合え――息を切らしながら舞台袖に滑り込んだ。
王子様が、お姫様を抱えての登場。
白雪姫がメイド服。王子は全力疾走。
これ以上の入場シーン、ある?
「聖女様!?その……メイド姿のまま舞台に……?」
「ご、ごめん!事情があって着替えられなくて……!」
舞台袖の女子生徒たちが一瞬ざわついた。
でも、ルカの姿を見た瞬間――彼女たちの瞳に、ぱちぱちとハートが点灯する。
「……でも、すっごい可愛い!!逆にありかも!」
「新鮮です!独創的です!天才です、聖女様!」
「むしろご褒美です!」
背中を押されるみたいに、ルカが舞台へ向かう。
そのタイミングで、盛大なファンファーレとともに幕が上がった。
ヒロインの姫君は、フリルを揺らしながら歩く、とびきりキュートなメイド姿の聖女。
眩いスポットライトの下、ルカが舞台の真ん中に立つ。
「……っ」
舞台袖で見守る私の喉が鳴った。
息を呑むほど、綺麗で、可愛い。
メイド服なのに。白雪姫を演じているのに。――違和感が、一ミリも無い。
そこにいるのは、誰かに愛されるために生まれてきたみたいな、奇跡みたいな存在だけ。
客席から「可愛い!」「天使だ!」「聖女様、最高!」と、今日一番の地鳴りのような歓声が起きる。
その音に押されて、ルカの肩が少しだけ上がり、次の瞬間、彼はちゃんと笑った。舞台の中心で。
スポットライトを浴びて、きらきら輝くルカ。
私のあの身体は聖女じゃない。けれど、この光景を見ればわかる。
ここにいる全員が、目の前の『聖女』に夢中になっている。
そして何より――舞台袖で拳を握りしめている私自身が、どうしようもなく彼に心を攫われていた。
聖女じゃない事実は変わらないのに、胸の奥だけが勝手に『聖女だ』と言い張ってくる。
『たった一人でも……!大切な人が僕を信じてくれるなら、僕は、聖女だ!!』
音楽室で彼が叫んだ言葉が、胸の中で何度も跳ね返る。
そうだよ、ルカ。
ルカは、私にとって――間違いなく、たった一人の『聖女』なんだから。
もうすぐ、王子様の出番がやってくる。
舞台の上、とびきり可愛いメイド姿を着た、世界で一番のお姫様の元へ。
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