第二話 レイの初登校①
「殿下、聖女様、まもなく出発でございます。学園へ向かう準備を」
執事の急かすような声に追われ、私たちは並んで長い廊下を進む。
それにしてもこの城、廊下が長すぎる。三歩歩いてもまだ廊下。曲がっても廊下。
壁には美術館で見るような重厚な油絵がずらり、床は顔が映るほど磨き抜かれていて、うっかり転んだら自分の情けない顔が最後に見える。
見上げればシャンデリアがこれでもかと光を投げてくる。眩しい。朝から眩しい。やめて。
……もう留年確定、人生詰んだも同然なのに。
なんで異世界に来てまで一限から登校しなきゃいけないわけ?
大学の講義なら迷わずサボるシチュエーションだ。
二度寝して、昼に起きて、コンビニでご飯買って終わり。
でも今の私は王子で、王子はサボれない。逃げ道がない。
それより今のうちに決めておくべき死活問題が山積みだ。
優先順位は、世界より私の尊厳。
「……ちょっと、待って!?さっきから気になってたんだけど、着替えたってことは、当然私の裸を見た!?」
「えっ……あ、うん。一応、その……」
隣を歩く私が、頬をかすかに染めて、しれっと答えた。
いや、しれっと言うな。そこ、しれっとで済む案件じゃない。
「『あ、うん』じゃないわよ!勘弁して!!」
「でも、侍女たちが寄ってたかって着替えさせてくれるから、僕がどうこうできる余地はなかったというか……」
「余地がなくても見たって事実は消えないの!」
今まで彼氏がいた時期もあった。だから『見られる』こと自体が未知ってわけじゃない。
けれど、こいつは私の彼氏でも何でもない、知り合って一時間足らずの正体不明の他人だ。
……待てよ?見た目は私なんだから、いいのか?私自身が自分の裸を見るのは当然のことだし。
いや、混乱しすぎて倫理観が迷子になってる。全然よくない。
中身は健康的な男子なわけだし、その中身が問題なんだから。
憤慨しながら大きな玄関を抜けると、送迎用であろう馬車が待機していた。黒く艶のある車体に金具がきらり。
そして、その前に――。
馬、本物。でかい。筋肉がみっちりで、毛並みもつやつや。
鼻息が白くて、蹄が石畳をコツンと鳴らすたび、身体の奥まで響く。
二十年の人生で、競馬場以外でこんなに馬を間近で見たのは初めて。近い。温かい。ちょっと獣の匂いがする。
「……うわ、ちょっとだけテンション上がるかも」
「え?何か言った?」
「……ううん、なんでもない」
最悪の状況だけど、目の前の馬車は本物だ。
これはインスタ映え間違いなし――あ、スマホがない。
私のiPhone 15 Pro、今頃どこにあるんだろう。あっちの世界で、私の身体が持ってるの?
ロック、突破されてない?頼む、Face ID仕事して。
馬車に乗り込み、向かい合わせに座った瞬間、私は指を一本立てた。真剣な顔で。
「とりあえず、いい?これから着替える時は目隠しをして」
「えっ……」
ルーカスが私の顔で、心底困ったように眉を下げた。
……可愛い。いや違う、それは私の顔が素材として優秀なだけ。
「トイレもね」
「えぇぇっ……無理だよ、そんなの!」
「お風呂も。目を開けちゃダメ」
「それはもっと難しいよ!絶対に転ぶし、石鹸で滑るし、最悪溺れるよ!」
「……じゃあ、百歩譲ってお風呂は、私が手伝うから呼んで」
「いや……それはそれで、僕の方の精神に問題が……」
もじもじと膝をすり合わせる私。
私の顔で、私の仕草で、やめろ。分身に弄ばれてる気分になる。
「なんでよ。あんたはいいの?私にその身体、隅々まで見られても」
自分で言っておいて、今朝の『構造的欠陥』との衝撃的な対面を思い出してしまった。
……そうだった。なんなら私は既に、この王子の尊厳の核心部分を、強制的に視認させられている。
不意に、うなじのあたりが熱くなる。
視線を逸らす場所がない。馬車の中、狭い。
沈黙が数秒だけ落ちて、車輪の軋む音がやたら大きく聞こえた。
「……ねえ、ルーカス。あなた、一体何に疲れて、こんな馬鹿みたいな願い事をしたの?」
「えっ!?」
「言いなさいよ。縁もゆかりもない他人の私をこんな騒動に巻き込んだんだから。王子様なんでしょ?何がそんなに嫌なの?お金持ちで、世界トップクラスの美形で、お城住まいで。不満なんてないでしょ」
「……それは……」
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