第二十三話 レイだけの聖女①
けれど軽いのに、震えは重い。肩先が小刻みに揺れていて、息が浅い。
私はルカを背後に庇うように立たせると、地に這いつくばる教師を冷徹な眼差しで射抜いた。
暗闇の名残がまだ目に染みているのに、あの男の卑しさだけは妙にくっきり見える。
「……何、まだそこに用があるの?早く消えなさい」
「ひ、ひぃっ!」
教師は青筋を立て、情けない悲鳴をあげながら、転がるように音楽室から逃げ去っていった。
扉が揺れ、靴音が廊下の奥へ薄れていく。
静けさが戻ったところで、私はルカの手首を取った。
白く細い肌に残された、痛々しいほど真っ赤な植物の蔓の痕。
指先でなぞるだけで、まだ熱を持っているのがわかる。
「ルカ……ごめんね。痛かったよね……」
胸の奥がきゅっと縮む。謝りながら、傷跡をそっと撫でた――その時だった。
パンッ!
乾いた音が、静かな音楽室に響き渡る。
次の瞬間、頬に熱が走った。私の小さな手に、頬をひっぱたかれたのだ。
「っ……!」
生まれて初めて、人に頬を打たれたかもしれない。
あんなに細い腕なのに、意外なほど重く、痛い。
叩いたルカの手のほうが痛くなってないか、なんて、場違いな心配まで浮かぶ。
……それくらい、ルカが本気で、全身全霊の感情を込めて叩いたことが伝わってきた。
「……レイの身体なんだから……!もう絶対にっ……こんな真似、しないでっ!!」
大きな瞳が、涙で溢れている。
次第に大粒の雫がぽろぽろこぼれ、メイド服の胸元を濡らしていく。
泣きじゃくる姿は、あまりにも健気で、あまりにも愛らしくて――
メイド服で泣いてる。可愛い。……いや、違う。今はそんな場合じゃない。
ルカは賢い子だ。
あの手紙を使ってルカを一人にさせて、教師を音楽室へ誘い込み、そこに私が潜伏して決定的瞬間を押さえる。
ルカを囮にして、宰相一派の息がかかった教師の弱みを完全に握る。
私が書いた『計算ずく』のシナリオを、私が現れた時点で、きっと全部気づいている。
だからこそ、こうして怒っている。
怖い思いをしたのはルカ自身なのに。
あんな無体な魔法で吊るし上げられたのは彼なのに。
それでも彼は、自分を責めるより先に、私の身体が傷つく可能性を、汚される可能性を、何よりも怒って、泣いてくれている。
「……うん。ごめん、ルカ。もう、こんな無茶はさせない。約束する」
私は彼を力一杯、ぎゅっと抱きしめた。胸に押し当てると、ルカの呼吸が少しずつ整っていくのがわかる。
確かに、今回はあの教師がアホだったおかげで成功した。けれど――。
私が潜んでいた音楽室に入る前に、ルカを別の場所で捕まえられていたら。
複数で来られたら。扉の外で見張られていたら。
きっと、あそこまで上手くはいかなかった。そう考えると背筋が凍る。
喉の奥が冷えて、今さら手が震えた。
「あっ!!」
突然、ルカが私の腕の中で弾かれたように声を上げた。
「レイ!大変だよ、演劇の発表、もう始まっちゃう!!」
「でもルカ、私は着替え済だけど、ルカは着替えないと……」
慌てて壁の時計を見ると、開演まであと十分を切っていた。
やばい。物理的に、間に合わない。ここから舞台まで走って、着替えて、整えて――どう考えても無理。
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