第二十話 レイの王子様役②
幸せそうに笑うルカ。
にこにこして、浮かれて、きらきらして――それが救いなのか、また新しい火種なのか。
私は台本を握り直し、空を見上げて、もう一度ため息を吐いた。
しかも観客はクラスメイトだけじゃない。保護者も、近隣の貴族も、下手したら国民まで見に来る。
舞台の上でやらかしたら、宰相の耳にも入る。……頼むから、文化祭くらい平和であって。
その平和な空気を切り裂いたのは、旧校舎の一室から響いてきた、野太く、どす黒い怒号だった。
「――どうにかしろと言っているんだ!!!」
私とルカは同時に肩を震わせ、顔を見合わせ、教室に耳を澄ます。
声の主は学園の理事長――そして、見覚えのある教師だ。
「王太子の人気がこのまま上がってみろ。我々の懐に入るはずの寄付金の計上が見込めなくなるだろうが!」
「し、しかし……これ以上の成績改竄は、周囲の目もあり……」
「無能な王子として廃嫡に追い込むのが我々の共通認識だったはずだ。宰相閣下からも、聖女が偽物である証拠を掴めと急かされている!」
「それに関しては……文化祭当日、案がございます」
「なんだ?」
「学園祭は外部の人間も多く、混乱に乗じれば聖女を誰にも悟られずに連れ出せます。王太子から引き離し、監禁して口を割らせれば、いかようにでも料理できましょう」
文化祭。監禁。生け垣越しに聞こえる、吐き気のする単語。
握りしめていたルカの手が、目に見えて震えだした。
顔から血の気が引き、唇がかすかに開いたまま固まっている。
二人はさらに、王太子と聖女への悪口と悪巧みを飽きるほど吐き散らしながら、教室を出て行った。
気配が薄れ、やがて不気味なほどの静寂が中庭に戻る。
「……行った……?」
「うん……」
私の問いに、ルカが力なく頷く。奴らの言う通りだ。
文化祭は学園が開放され、警備の目が届かない死角が生まれる。私の目が届かない隙を突かれれば――。
背筋が、ぞくりと冷えた。
冗談じゃない。聖女を攫う?監禁して口を割らせる?それ、言葉の響きが悪党すぎて逆に現実味があるのが腹立つ。
それに、今のルカは私の身体だ。怖い目に遭うのは私でもあり、何より彼の心が壊れる。
王太子の顔で取り乱すわけにはない。頭を回せ。ここは、勝つ場面だ。
「ど、どうしよう……!レイの身体なのに……僕のせいで、乱暴されたり、怖い目に遭わせちゃったら……!」
「ルカ、落ち着いて。大丈夫だから」
私は両手でルカの肩をしっかり掴み、視線を合わせた。
震える呼吸が、少しでも整うように。
「……っ。レイと……文化祭を回るの、すごく楽しみにしてたのに……」
唇を噛み締めるルカの大きな瞳に、みるみる涙が溜まり、ぽろぽろと落ちて台本の角を濡らしていく。
こんなに泣くほど楽しみにしていたなんて。
「りんご飴を食べて……焼きそばも食べて……ちょっと怖いけど、お化け屋敷も行きたかったのに……っ」
「ルカ……」
食い意地っ……!
と突っ込みたいのを飲み込み、私は彼を力いっぱい抱きしめて背中をさすった。
「大丈夫。絶対に、そんなことさせない。人の目が多いってことは、逆に言えば、衆人環視の中で派手な真似はできないってことでもあるんだから」
「……本当に……?」
「当日の自由時間は、一分一秒たりとも離れない。入れ替わった日以来だけど、トイレの前までついていってあげる。ね?」
「……それは、恥ずかしいけど……。……うん」
「約束ね」
涙を指で拭って顔を覗き込むと、ルカはようやく小さく笑った。
その笑顔にホッとした反面、私の掌の内側には冷や汗が滲む。
でも、今は怖がらせない。文化祭当日、私は必ず先手を打つ。
「文化祭、楽しみなんでしょ?あんな連中のために、その楽しみを我慢するなんてもったいないよ」
「……うん!レイ、ありがとう……!」
握りしめたルカの手が、今度は確かな力で私の手を握り返してくる。
残り五ヶ月。忍び寄る陰謀も、いつか来る別れも。
今はまだ、この手の温もりだけを信じて、一緒にいたいから。――絶対に守る。
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