第二十話 レイの王子様役①
風邪……というより、ルカのお医者さんごっこ――手厚すぎて、もはや過剰医療――に丸一日付き合わされて、学校を休んだ翌日。
私は旧校舎の裏手にある中庭で、石畳に腰を下ろし、高く抜けた空を見上げて現実逃避をしていた。
突き抜けるような青。のんびり流れる白い雲。
こんなに平和そうなのに、私の周りだけ、やたらイベントが渋滞している気がする。
「なんで次から次へと、こんな厄介事ばかり起こるのよ……」
吐き出したため息が、秋の気配を含んだ風にさらわれていく。
手の中で、紙が擦れる。インクの匂い。
私とルカが握っているのは――文化祭のクラス出し物でやる演劇の台本。
昨日、私たちが休んでいる間に、クラス会議で配役まで決まっていたらしい。いや、勝手に。
内容は、めちゃくちゃアレンジされた童話。
王国に生まれた、類まれなる魔力を宿す美しい少女。
継母である女王の嫉妬で命を狙われ、深く暗い森へ逃げ延びる。
そこで出会うのは七人の小人ではなく――古い校舎に棲む、いたずら好きな妖精たち。
毒の林檎と眠りの呪い。目覚めの鍵を握るのは、隣国の王子。
……白雪姫じゃん。だいぶ魔法寄りになってるけど、白雪姫じゃん。
そして案の定、『王子様役』は私。
『お姫様役』は聖女……つまりルカ。
「はぁ……。王子様役なんてできる気がしない。演劇だって、小学校の学芸会で桃太郎の『桃』をやって以来なんだけど」
「桃、って……動かないやつ?」
「そう。転がるのが仕事。セリフは、たぶん『……』」
「演技は沈黙の『間』が一番、難しいんだよ……」
「……それ、どこ目線のアドバイスよ……」
真顔で言わんでくれ。
私が愚痴をこぼす横で、ルカは台本を両手で持ち、ブツブツと小声で読み込みを続けている。
口元だけ動かして、何度も同じ行をなぞるみたいに。
「えっと……ここ。語尾、もう少し柔らかいほうがいいのかな……『ですわ』に寄せる?それとも……」
役作りまで入念すぎる。
王子は後半に颯爽と現れるだけのチョイ役だけど、姫はほぼ全編出ずっぱり、最後は眠らされる難役だ。
なのに、ルカの横顔は不思議なくらい晴れやかだった。
「ルカ、ずいぶん熱心だね。そんなに演劇、やりたかったの?」
「……僕、舞台で役をもらえたの、初めてなんだ」
台本で顔を半分隠しながら、ルカが照れくさそうに――こちらを見てくる。
「そうなの?」
「うん。今まではいつも『殿下はお忙しいでしょうから』とか『お身体に障りますから』って気を遣われて……。たぶん、本当はただの透明人間扱いだったんだと思う。いつも裏方で、大道具を運んだり、照明の隅っこをいじったりするだけで」
はにかむように笑うその表情に、胸がきゅっと縮む。
ルカの以前の評判を想うと、あまり楽しくない文化祭だったのかもしれない。
誰にも話しかけられず、孤独に大道具の色を塗っていた少年の姿が、嫌なくらい簡単に想像できてしまった。
「……そっか。じゃあ今回は、思いっきり主役やろ」
「うん!」
「そういえば、クラスの出し物って演劇だけじゃなくて、模擬店もやるんだっけ?」
「うんっ!喫茶店もやるんだよ。僕、ウェイトレスを任せてもらえることになったんだ。楽しみだなぁ」
ウェイトレス……?
いや、いつの間にそんなに決まったの。
嬉しそうにしているルカを見ながら、嫌な予感が背骨をつたって上がってくる。
「ねえ、ルカ。……ひょっとして、昨日の看病の時の、あのフリフリしたメイド服……着る気?」
「えっ!?なんでわかったの!?」
図星のうえに、素直すぎる。しかも誇らしげ。
顔を真っ赤にするルカを見て、私の脳内の処理能力は限界に近づいた。
この子、女子力というか『ヒロイン力』が高すぎる。カンストしているんじゃないの、これ。
日々美しさに磨きがかかる私の外見で、あの格好を完璧に着こなされたら……。
悪い男に騙されないか、本気で心配になるんだけど。
「えへへ。本当に楽しみだね、レイ」
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