第十九話 レイ、メイドに看病される②
私は、布団の中から手を伸ばして、ルカの指先をそっと掴んだ。
冷えてる。震えてる。握り返してくる力が、頼りない。
「心配してくれて、ありがとうね」
「……」
「わかった。ルカの言う通り、今日は甘えて休むことにする。だから――そんな顔しないで」
私が布団に潜り込むと、今にも泣き出しそうだったルカの顔が、ぱあぁっ!と春の陽だまりみたいに明るくなった。
もう、その表情の切り替え、卑怯なまでに可愛いんだから。
「じゃあ、まずはお水!それからお粥!それから……えっと、頭も冷やす?冷やしすぎない?どっち!?」
また暴走し始めた。
私は暑さと笑いをこらえながら、マフラーの中で小さく息を吐いた。
「側にいるからね!何かあったらすぐ呼んで!」
ルカは意気揚々と椅子を引きずってきて、ベッドの真横にどっかり陣取った。
ギギギ、と床をこする音がやたら大きい。いや、元気すぎ。看病ってテンションじゃない。
目を閉じる。
……閉じたのに、瞼の裏まで視線の熱を感じる。
ルカが椅子に座って、ソワソワ、ワクワク、テカテカとこちらを凝視しているのが、もう手に取るようにわかる。視線が光ってる。怖い。
「ルカ。……そんなに見つめられてると、眠れないんだけど」
「あっ……そっか、ごめんね。……じゃあ、添い寝でもする……?」
「風邪が移るでしょ」
「あ……えっと。じゃ、膝枕は……?」
「距離感、変わらないでしょ」
「そっかぁ……」
露骨にガッカリして、肩を落とすメイド姿の私。
いや、その格好で落ち込むのやめて。可愛い方向に説得力が増すから。
「えっと、あっ!子守歌とか、どうかな!」
「ぷっ。……いいわね。じゃあ、一曲お願いします、ルカ先生」
「は~い」
一生懸命で、無駄に可愛い。
ルカは自分の膝をポンポンと叩いてリズムを取りながら、透き通るような優しい声で歌い始めた。
歌い出しの息が、ふわっと白いレースみたいに耳に触れる。あ、これ、案外効くかも。
聞いたことのないメロディ。たぶん、この国の古い子守歌なのだろう。
聞き慣れているはずの自分の声なのに、ルカが歌うと、なぜか聖歌みたいな清らかさが宿る。
同じ喉、同じ口の形なのに、音の角が丸い。……どういう仕組み?
ルカも幼い頃、体調を崩すたびにこの歌を歌ってもらっていたのだろうか。
あのお母さんに。
そう思ったら、胸の奥がふっとほどけて、さっきまで暑苦しかったマフラーの存在すら遠くなる。
意識が、ゆっくり沈む。沈んで……私は深い深い眠りに落ちていた。
「……っん……」
ふと目が覚めると、窓の外は茜色の夕焼けに染まっていた。
え、もう夕方?予想以上に寝落ちてる。
そして――。
「……あっっっつ……!!」
ルカの目論見通り、寝汗が凄まじい。びっしょり。
これは看病じゃなくて蒸し焼き。サウナの修行、第二段階。
ガウンを脱ぎ捨て、グルグル巻きのマフラーを引き剥がすようにほどいて、ベッドから転がり出る。
部屋の片隅を見ると、ルカが机に突っ伏して眠っていた。
小さく「すぅ……」と、寝息を立てている。
もう……人のことばっかり心配して。
そんなところで寝たら、今度はそっちが風邪ひくってば。
起こそうとして近づくと、机の上に積まれているのは、私がやり残していた書類の束。
「あれ?」
手に取って確認すると、全部片付いている。
試行錯誤した跡はあるけれど、どれもミスひとつなく、処理がきっちり通っている。
字も驚くほど丁寧で、余白の使い方まで綺麗。私が教えたノウハウを、ルカはちゃんと自分のものにしていた。
「……ルカ……あんたって子は……」
やっぱりルカは素直で努力家。そして、ちゃんとやれば、できる子。
ただ、長い間まともに評価されなくて、周囲の悪意を真に受けて、自己評価が底まで沈んでいただけ。
素直過ぎるせいで、その低い評価まで受け入れていたのかもしれない。
起こさないように、そっと抱き上げた。
……男の子って凄い。確か私の体重、四十五キロはあったはずなのに。
軽い、とは言えない。言えないけど、抱え上げられる。これが筋肉。
筋肉すごい。筋肉は正義。
ベッドまで運んで横に寝かせ、掛け布団を胸元までそっと引き上げる。
ルカはふにゃっと表情を緩めた。眉尻が甘い。寝顔までなんでこうなのよ。
「もう……レイ……そんなに食べきれないよ……えへへ……」
いや、夢の中でも食べてるのか。
どれだけ食いしん坊なのよ。私、そんなに『食え食え』って言った覚えないんだけど。
……でも、幸せそうだから、まあ、いいか。
「……ま、今日のお礼に、夜のスイーツのおかわりは、目を瞑ってあげようかな」
優しく微笑んで、ルカの柔らかな髪を撫でる。
指先に、シャンプーの名残りみたいな甘い匂いが残った。
「……好きだよ」
ルカにも届かないくらい小さな声で、本音を零す。
「ん……レイ……だいすき……」
ルカが寝言で、私の言葉に応えるみたいに呟く。
心臓が、また勝手に騒ぐ。落ち着け、私。
「……ずるい。本当にずるいんだから」
残り六ヶ月。
どうしよう。本気で、この温もりを手放したくない。
ルカの手を握ると、熱が出たのは私の方じゃないかって思うくらい、掌が熱かった。
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