第十八話 ルカの戸惑いと憂い①
最近、レイの様子が、どうにもおかしい。
喧嘩をする前は、レイの身体を僕が見ることになるのを嫌がって、一人でお風呂に入るのをあれほど頑なに許さなかったのに。
なのに今は、こちらが拍子抜けするほど、あっさりだ。
「お風呂?今更でしょ。もう別々でいいんじゃない?」
「え……でも、急にそんなこと言われても……」
「ただし!私の身体で変なことしたり、じろじろ観察したりしたら承知しないからね!!」
「えっ!?そ、そんなことしないよ!」
レイはお風呂上がりに湿ったタオルを肩にかけたまま、さらっと言い放つ。
念押しされる言葉は厳しい。けれど、その眼差しには、前みたいな執着がない。
「絶対に見ないで」「一人にしないで」って、あんなに必死だったのに。
……どうして?
夜だってそうだ。
これまでは遅くまで執務をこなす彼女の傍らで、僕が今日一日の出来事を話したり、街で見つけてきたお土産のスイーツを一緒に食べたりするのが当たり前の習慣だった。
眠くなるまでくだらない話をして、最後に「おやすみ」を言う。それだけで、心が温まっていたのに。
「執務はもう区切りがついたし、明日も朝から予定が詰まってるんだから、もう寝な」
言い方は優しいはずなのに、線を引かれたみたいに感じる。
僕はあっさり、自分の部屋へ帰されてしまう。
「でも、レイ。まだ話したいことが山ほどあって……」
「うん。また明日ね。おやすみ、ルカ」
バタン、と目の前で扉が閉まる。
……え、もしかして。
お土産と言いつつ、いつも僕がほとんど食べちゃうのが嫌だったのかな?
シュークリーム五個のうち四個を食べちゃった昨日のこと?
バームクーヘン十個のうち八個を平らげた一昨日のこと?
いや、さすがにそれは……。
でも、レイって意外とそういう小さい恨み、忘れないタイプかもしれないし……。
……それとも。
必死に隠しているつもりだけど、僕のこの気持ちが、聡明な彼女にはもうバレてしまったのだろうか。
好き。大好きだ、なんて。
そんなこと、口にしたら困らせるだけだとわかってる。
わかってるのに、胸の奥が勝手に熱くなる。
「はぁ……『気を持たせすぎ』なんて、言わなければよかった……」
冷たいベッドに顔を埋め、僕は情けなく声を漏らした。
レイは向こうの世界では二十歳だと言っていた。
大学生として大人の世界を生きて、何でも器用にこなしてしまう彼女からすれば、四歳も年下で、自分の身体を預けることさえ満足にできなかった僕は、どう逆立ちしたって「守られるべき子供」にしか見えないのかもしれない。
子供扱いされるのが、こんなに悲しくて、悔しいなんて。
僕は、知らなかった。
そうやって沈んでいたはずなのに、今、剣の訓練を見るため僕は中庭の見学席にいる。
木剣を握るレイの姿は、遠目でもすぐわかった。
背筋が真っ直ぐで、呼吸が静かで、足運びに迷いがない。まるで別人だ。
あの動きが自分のものだなんて、到底信じられない。
王太子という立場上、お情けで先導を任されることはあったけれど、実戦での僕の役割はせいぜい後方支援か、安全な位置での旗持ちだった。
剣の腕前も、平均よりは少し上という程度。
それが今、レイは部隊長格の騎士と一対一で、凄まじい火花を散らすような打ち合いを演じている。
カン、カン、カン!と乾いた木剣の衝突音が中庭に響き、兵士たちの息を呑む気配が波のように広がる。
踏み込みのたびに砂埃が舞い、汗の匂いまで風に乗って届いてきそうだ。
見守る僕は、彼女が怪我をしないかハラハラして、握りしめた拳にじっとりと汗が滲む。
僕の身体が傷つくのは……構わない。全然我慢できる。
けれど、中身は女の子のレイなんだ。
木剣とはいえ、まともに食らえば骨に響くような痛みが走る。青あざだって残る。
彼女にそんな思いをさせたくない。
「はっ!」
レイが大きく木剣を振りかぶった。
その瞬間、僕の目にもわかるほど、大きな隙が生じる。
歴戦の部隊長がそれを見逃すはずがない。一気に僕の懐へ踏み込み――。
勢いに押されたのか、レイが木剣をポロッと手放すのが見えた。
「あ……っ!」
勝負が着いてしまう。レイに攻撃が入る。
見ていられず、僕は反射的にギュッと目を瞑った。
次の瞬間、ドスン!と、空気を震わせるような重い音が響くと、周囲で見守っていた兵士たちから、地鳴りのような歓声が沸き起こった。
え?今の音、当たった音じゃない……倒れた音?
恐る恐る目を開けると、そこには信じがたい光景が広がっていた。
「おおおお!!」
「殿下!!」
仰向けに倒れ込んでいるのは、あの部隊長だ。
そしてその上に、相手の胸ぐらをがっしりと掴んで組み伏せている僕の姿があった。
レイが少年みたいに屈託のない笑みを浮かべる。
「やった……!やっと一本取れた!!」
「……殿下、参りました。随分と腕を上げられましたな」
部隊長が苦笑いしながら降参の意を示す。兵士たちは興奮気味にざわめき合っていた。
「凄い……!あの鬼隊長を投げ飛ばすなんて……」
「もう俺では敵わないかもしれない……」
ざわめきの中で、僕の胸だけが遅れて、どくん、と跳ねた。
良かった。怪我はしてない。……勝ってるし。
ホッとした安堵に力が抜けて、見学席の手すりを掴んだまま、腰が抜けたみたいにへなへなと座り込む。
心臓が、まだうるさい。喜びと、怖さと、誇らしさが、ぐちゃぐちゃに混ざっていた。
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