第十七話 レイと痴女お姉さん②
「あった! レイ、こっちだよ!」
「あ、うん。今行く!」
ルカに呼ばれ、はっとして駆け寄る。
手元には豪華な装飾が施された、楕円形の大きな鏡。
「レイ、これ。絶対に不用意に覗き込まないでね」
ルカが、やけに真剣な顔で言った。指先が、鏡の縁をそっと庇うみたいに添えられている。
鏡面は黒曜石みたいに暗くて、光を吸い込んでいる。
覗き込んだら、こちらが吸われそうな感じがして、なんとなく背筋がぞわっとした。
「鏡?」
「うん。今は使用が禁止されている『自白の鏡』っていうんだ」
「禁止されてるの?なんで?」
「覗き込んだ人は、聞かれたことを全部答えちゃうの。嘘も、言い訳も、ぜんぶ」
「何それ怖っ」
「でしょ?危険だよね」
そう言ってクスクス笑うルカを見て、私は少しだけ肩の力を抜いた。
宰相に睨まれていた時の、あの底なしの絶望。ルカも、そこからは立ち直ったみたいだ。
笑えてるなら、まだ大丈夫。……たぶん。
「元々は裁判で使われてたんだけど、悪用する人が増えちゃって……この鏡以外は処分されたんだ」
「つまり『真実を語らせる道具』が、今は『脅迫の道具』になったわけか。嫌すぎる」
「うん。だから、王族の管理下に置かれてて、基本は触っちゃダメって」
「なるほど。……でも、これなら自白を誘導できるかもしれないね」
「でしょ!?」
ルカが嬉しそうに笑う。
でも、彼が知っているってことは、それなりに有名な代物のはずだ。
それに、サイズが……でかい。重い。
「……覗き込むだけで発動するの?」
「うん。だから、絶対に顔を近づけないで。近づいたら、レイはたぶん勝手に全部喋る」
「え、私、どれくらい喋るの?」
「うーん……レイの黒歴史とか?」
「最悪!!」
一瞬、二人して吹き出した。こんな状況なのに、笑えるのが可笑しくて、救いでもあった。
「ねえ、ルカ。……私に一つ、とっておきの作戦があるんだけど」
「……なに?」
「バレたら、たぶん……何かの罪に問われる」
「罪に?」
「それでも、共犯になってくれる?」
私は真っ直ぐにルカを見つめた。
王太子の顔でこんなこと言うの、我ながらだいぶやらかしてる気がする。けど、やるなら今しかない。
宰相に先手を取られたら、私たちは一生『無能』の烙印の上で踊らされる。
一瞬だけ、私の顔――いや、ルカの中身が入った私の顔が、ぱちりと目を見開く。
でも次の瞬間には、子どもみたいに目を輝かせて、こっちを見返してきた。
「うん!レイとなら、何でもできる気がする!」
「決まりっ!」
パンッ、と小気味いい音。ハイタッチが、やけに頼もしく響いた。
掌が触れた瞬間、ルカの指先が少し冷たくて、私は無意識にその温度を包み込むみたいに握り返していた。
宝物庫の出口へ向かう途中、私はさっきから気になっていた肖像画の前で、また足を止める。
……見覚えがある。絶対にある。
なのに、どうしてもどこで見たか思い出せない。
喉の奥に、名前が引っかかっている感覚。
優しい笑み。どことなくルカに似た輪郭。
似てるというか、そっくり。
王族の肖像画だろうから、ルカの血縁で見たことある気がしているだけなのかなぁ……
長いウェーブのかかった、美しい金髪。
そして何より――ドレスの上からでも隠しきれない、あまりにも豊満なバスト。
豊満……でかい……圧が強い……。
あれ?どっかで……。
『ぱぱぱぱーん!!あなたの願いを叶えちゃいま~す!!』
脳内で、あの甘ったるくて場違いな声が、鮮明に再生された。
白い、真っ白な空間。妙に眩しくて、息が詰まりそうで。
そして布という概念を置いてきたみたいな格好のお姉さん――。
「……う、嘘でしょ!?あの、露出狂の痴女お姉さんじゃない!!」
「レイ?僕の母上の肖像画に、何か失礼なことでも言った……?」
「は?」
ルカが不思議そうに首を傾げる。
私は二度見、三度見……いや、十度見した。
ルカ、あんた気づいてないの?本当に?この金髪、このウェーブ、そしてこの圧倒的な質量。
あの真っ白な空間にいたお姉さんそのものじゃない!!
……いや待って。息子としては、実の母親が薄布一枚の痴女スタイルで降臨してたなんて、認めたくないどころの騒ぎじゃないよね。うん、分かる。分かるけど、衝撃が強い。
『……僕は、年に一度の『女神の流星』に願ったんだ』
ルカの言葉が、頭の中で反響する。
ひょっとして……まさか。
「ねぇ。ルカがお願いごとをした『女神の流星』って、ずっと昔からあるの?」
「え?どうだっけ……僕が物心ついたくらいだったような……十年前には、無かったと思う」
ルカのお母さんが亡くなったのは、ルカが七歳の時。九年前。
そして流星の伝説が始まったのは――その後。
パズルのピースが、音を立ててはまっていく。
背中が冷えて、同時に胸の奥だけが熱くなる。
それって……やっぱり。
『あの子のこと、よろしくお願いしますね』
別れ際にお姉さんが残した、あの切実で優しい言葉。
あれは、女神としての言葉じゃなくて、痴女お姉さん……改め、ルカのお母さんの言葉だ。
一人の『母親』が、自分のいなくなった後に残された息子を助けたくて。
この国の政治も、派閥も、宰相の顔も、全部わかった上で――
……私を、この世界へ呼んだんだ。
「レイ……?さっきから、どうしたの?」
「……ううん。なんでもない。ルカの母さん、すごい綺麗な人だなって」
「ふふ。でしょ!?」
ルカが誇らしげに笑う。その笑顔が、胸に刺さって、少しだけ苦しくなる。
こんなに嬉しそうに『母上』を語れるまで、どれだけ時間がかかったんだろう。
ルカのお母さん。あなたは今でも、流星になって息子を見守っているんだね。
あなたの息子は、今日まで本当にボロボロになりながらも、ちゃんと生きてきた。
やさぐれて、非行に走っていてもおかしくないのに、こんなに素直に育って。
だから――。
「行こう、ルカ」
「うん!」
手を繋いで歩き出す。
絶対に、ルカを守る。お母さんとの約束だから。
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