第十七話 レイと痴女お姉さん①
お城に戻るなり、ルカは私を自室へ促すと、向かったのは、壁一面を埋め尽くす巨大な本棚。
背表紙の金文字が、整列しているだけで圧がある。
彼は迷いなく、奥の方の特定の数冊を引き抜いた。
ずらりと並ぶ本の中で、そこだけ妙に使用した痕跡がある。
そして壁の継ぎ目を、強く押し込む。
静寂の中に「カチッ」と硬質な音が響いた。
「えっ!?なにこれ、隠し扉!?映画の世界じゃん!」
「うん。歴代の王族にしか引き継がれない、秘密の場所。……ここに、手をかざすとね……」
ルカが壁の紋章に手を当てる。
すると空中に、淡い光を放つ魔法陣がふわりと浮かび上がった。
壁の向こうから「ガチャン、ガチャン」と重厚な機械音と歯車が噛み合う振動が、床まで伝わってくる。
何度目かの駆動音が消えると、ただの壁だった場所から、滑らかな動きで小さな引き出しがせり出してきた。
「すごい……こんな仕掛けがあったなんて」
「ふふ、でしょ?」
ルカが得意げに胸を張る。その無邪気な笑顔が、今の私にはやけに眩しい。
引き出しの中には、精緻な細工が施された一本の鍵。
色とりどりの宝石が埋め込まれていて、光を受けるたびに小さく瞬く。
持ち上げなくても分かるくらい、ずしりと重そうだ。
「行こう、レイ!」
ルカに手を引かれ、私たちは城の最深部――地下へと突き進んだ。
螺旋階段を降り、さらに降りるたび、空気がじわりと冷たくなっていく。
壁の石は湿っぽく、靴音だけが妙に大きく跳ね返った。
「どんだけ深いのよ。迷子になったら二度と出られなくなりそう」
「僕もここに来るのは数年ぶりだよ。……方向、合ってるはず」
「はずって言った」
「大丈夫。宝物庫に入る鍵を持っているのは、王族だけだからね。誰も勝手には入れない」
「その言い方、逆に不安なんだけど」
ルカは気まずそうに笑い、鍵を指先でくるくる回しながら先へ進む。
金属が擦れる、からん、と小さな音。暗い廊下にそれがやけに響いた。
……と、その時。
長い廊下の角を曲がろうとした瞬間、向こう側から人の気配と、不敵な足音が近づいてくる。
規則的で、迷いがない。しかも一人分。
「っ、ルカ!」
私は反射的にルカを背後に引き寄せ、近くの部屋へ滑り込んだ。
ドアを閉め切る勇気はなく、隙間を残したまま息を止める。
埃と古い布の匂い。心臓だけが、やたらと主張してくる。
隙間から外を伺うと、宝物庫の方向から現れたのは――あの宰相だった。
ご機嫌な鼻歌を漏らしながら、左手で弄んでいる鍵をチャラチャラと鳴らしている。
歩き方まで軽い。人の金庫から盗み出してきた帰り道みたいに。
「ふふふ〜ん♪ 素晴らしい……実に素晴らしい輝きだ……」
宰相は右手の、拳ほどもある巨大な宝石を恍惚とした表情で眺めていた。
その、うっとりとした顔が――今の状況で見ると、ぞっとするほど気持ち悪い。
おかしい。
ルカは『鍵を持っているのは王族だけ』って言った。
なのに、なんであいつが鍵を持ってるのよ。しかも、あの手つき。慣れてる。
腕の中のルカの身体が、小刻みにガクガクと震え出した。
震えが布越しに伝わってきて、私の指先まで冷たくなり、呼吸も浅く、喉が「ひゅっ」と鳴った。
「……ルカ? 大丈夫?」
小声で呼びかける。
暗がりで表情はよく見えない。でも、返ってきた声は涙に濡れ、絶望に擦り切れていた。
「……あの鍵……。……母上の、鍵だ……」
――母上。
その一言で、胸の奥が重く沈んだ。
やがて宰相の気配が完全に遠ざかり、廊下に静寂が戻った。
私はルカを解放し、改めて顔を覗き込む。唇が白い。歯を食いしばっているのがわかった。
「ルカ、さっきの……本当に、お母さんの鍵なの?」
ルカは力なく、けれど確信を持って頷いた。
「鍵の装飾に使われている宝石の配置は、一人一人違うんだ……。あれは、間違いなく母上のものだよ」
ポロポロと涙がこぼれた。止めようとしても止められない涙。
私はルカをもう一度、強く抱きしめる。
背中が細い。骨が触れそうで、余計に腹が立った。
「大丈夫。絶対に、全部取り返そう。あいつが盗んだものも、全部」
「……うん……ありがとう、レイ」
私たちは言葉少なに廊下を進み、ついに行き止まりの重厚な扉に辿り着いた。
鍵穴すら存在しない、圧倒的な存在感を放つ鉄の扉。触れなくても冷たさが伝わってきそうだ。
「鍵穴がないけど、これ、どうやって開けるの?」
「こうやるんだよ」
ルカは地面に鍵を置くと、迷いなく足で「パンッ!」と強く踏みつけた。
「ちょっ、ルカ!? 鍵が壊れちゃう!」
「いいんだよ。これが起動スイッチなんだ」
踏みつけられた鍵から、青白い電気が走るように、扉へ幾何学模様が駆け巡る。
一瞬、魔法陣みたいに光って――。
「ガコンッ」という腹に響く音とともに、扉がゆっくりと開き始めた。
「……うわぁ……」
扉の中は、まさに金銀財宝の海。
眩いばかりの宝石、山積みの金貨、伝説上の武具が、無造作に放り込まれている。
光が反射して眩しくて、目の奥が痛いくらいだ。
「すごいね……。これだけあれば、確かに宝石を一つ二つ持ち出されても、一生気づかないかも」
鍵を手に入れる手順、宝物庫を開ける方法を考えたら、泥棒に入られないだろうという油断。
そして在庫管理なんて概念――この国の王族には、そもそも存在しなかったのかもしれない。
壁には歴代王族の肖像画がずらりと並んでいる。
厳格な王様、穏やかな表情の側妃、そしてまだ見ぬルカの弟――カイル王子の愛らしい姿。
けれど、その中に、奇妙に見覚えのある顔があった。
どこで見たのか、どうしても思い出せない。
胸の奥が、ちくりと痛む。
私はその肖像画の前で、釘付けになってしまった。
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