第十六話 レイ、言い訳をする①
「……父上も、后妃様も、表向きは庇ってくれたんだ。ただ、僕が、不甲斐なくて……期待に応えられなかっただけで」
ルカは自嘲気味に笑い、震える手でカップの縁をそっとなぞった。
「だから……あまりの苦しさに、現実逃避するように……『女神の流星』に願ってしまった。そうして……レイに出会ったんだ」
喉の奥がきゅっと縮む。
俯いたままの私の頬から、大粒の涙がぽろぽろと絨毯に落ちた。
落ちる音が、やけに大きい。
「レイと入れ替わって……初めて、人生が楽しいって思えた。でも……それは、僕が自分の義務から逃げ出したからで……」
溢れ出した十六年分の孤独。
話を聞く限り、主犯はあの宰相だろう。――でも。
私の直感が、説明のつかない違和感に警鐘を鳴らしていた。
噂の広がり方が、綺麗すぎる。
城内だけじゃない。学園にも、市井にも、同じ温度の悪意が同時に染み込んでいる。
まるで誰かが、笑って見物しながら『世論を操作』しているみたいに。
「本当に、ごめんね。こんなややこしいことに、レイを巻き込んで……」
「ルカ……」
「僕が、もっと強ければよかったんだ。……逃げてしまって、ごめん」
耐えきれなくなって、私は目の前の小さな肩をぎゅっと抱き寄せた。
制服越しなのに、骨の細さがわかる。息を吸うたび、かすかに震えてる。
「れ、レイ……っ!?」
「よく頑張ったね、ルカ。……本当に、よくここまで生きてたよ」
驚いて身体を強張らせるルカの頭を、愛おしさを込めてくしゃくしゃに撫で回す。
すると、彼は一瞬だけ目を閉じて、堪えていた何かをふっと吐き出すみたいに肩の力を抜いた。
「……僕、頑張ったのかな……?」
「うん。世界中の誰が否定しても、私がこの十年分、全部まとめて褒めてあげる」
「……十年分……」
「足りなかったら、追加もしちゃう」
震える笑い声が混じって、ルカの喉がひくりと鳴った。
私はそのまま、彼が落ち着くまで抱きしめ続けた。
私の身体は、このルカの身体より一回り小さいだけなのに、こうして抱き寄せると、守らなければならないほど儚く、小さく感じる。
……それにしても、さっきの違和感。
宰相一派の嫌がらせだとしても、ここまで『速く』『均一に』広がる?
必要な人員、金、口の堅さ。どれも揃いすぎてる。
ふと、私が執務を請け負うようになってから目にした、とある不可解な請求書のことを思い出した。
額があまりに不自然で、一度差し戻したはずだ。なのに、いつの間にか、正規のルートを飛び越えて承認が下りていた。
あの時、私は何に引っかかったんだったっけ。
印鑑の位置?筆跡?担当者名の表記揺れ?
胸のもやもやが晴れないまま、私はルカと公式な『婚約者』となってから初めて登校することになった。
馬車が学園の正門に到着すると、重厚な扉が開く。
一歩、足を踏み出した瞬間――視界に飛び込んできた光景に、私は反射で天を仰いだ。
見慣れた時計塔の屋上から、巨大なアドバルーン。
それだけでも十分やばいのに、それ以上に馬鹿でかい垂れ幕が風に揺れている。
ピンクとゴールドのキラキラした装飾。花。リボン。ハート。過剰。全部過剰。
そこには誇らしげに、そして大声でこう記されていた。
『祝!王太子殿下、聖女様、ご婚約おめでとうございます!!』
「マジか……。誰がやったのよ、これ」
「わぁっ……すごい、レイ!綺麗だね!」
呆然と立ち尽くす私の横で、ルカが瞳を輝かせて感心している。
わぁっ……じゃないのよ。そんな純粋に喜ばないで。
今の日本だって、スーパーのグランドオープンでもここまで派手なことやらない。
けれど、十六年間浮いた話が一つもなかった王子が、突如現れた聖女と夜会で婚約を宣言したのだ。
この国にとっては、建国記念日に匹敵する国家的ビッグニュースなのだろう。
「……殿下っ」
見上げていた視線を下ろすと、そこには数十人の女生徒たちが列をなして待ち構えていた。
全員がハンカチを握りしめ、まるで悲劇のヒロインみたいに涙を浮かべている。
中には友人の肩に顔を埋めて号泣している子、既に鼻が真っ赤な子……
「殿下……あなた様と過ごした、あの輝かしいひと時……一生忘れませんわ……」
「は?」
「あの日、解けたリボンを優しく結び直してくださったこと……墓場まで持っていきますっ!」
「えっ」
「廊下で『その髪飾り、似合ってる』って……私の人生のピークでした……!」
「ちょっ」
「想い続けることだけは、どうかお許しくださいっ……!」
「まっ」
「聖女様と……どうか、どうかお幸せに……っ!!うわぁぁあん!!」
「おまっ」
次々に暴露される、この一ヶ月の私の余計な行動。
リボンを直す、アクセサリーを褒める、悩んでいる子のランチに付き合う。
ついでに、転びそうな子の手を掴んだり、泣いてた子にハンカチを差し出したり……。
……全部、覚えがある。全部、軽率。
ブックマーク、★★★★★、リアクション
よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ




