第十四話 レイの婚約者②
ルカがぱちりと目を開ける。
そこには『きょとん』という効果音が似合いすぎる、呆けた表情。
『……そこ?』って、顔に書いてある。
一瞬、間が空く。彼の頬が、さらにじわっと赤くなった。
「……今の、キス?」って言いたげに固まっているルカを見て、私は笑いそうになるのを必死に堪えた。
代わりに、そっと指先で自分の前髪を整えてやる。こういうのも、婚約者っぽい……のか?
……ああもう。かわいい。反則。
「ぷっ。……あはは!期待しちゃった?」
「……っ、してない!!一ミリも、微塵もしてない!!」
「うん、それでいいよ。ルカの初めては、ちゃんと本当に好きな子ができた時のために取っておきなさい」
「…………うん、わかった。ちゃんと、取っておくから……」
ルカの頭を撫でて、いたずらっぽく笑う。
顔を背けながらも、上目遣いで私を盗み見る彼の表情は、やっぱり反則的に可愛かった。
あっぶな~~。うっかり本当にキスしちゃいそうだった。自分でもびびる。
……でも。さっきからルカを見るたびに、ずっと感じていた違和感がある。
目の錯覚?いや、ドレスの胸元の開き具合からして、間違いない。
私は急に真顔になって、その『重要事項』を指摘した。
「……ルカ。ちょっと。あんた、ブラのサイズ、変わってない……?」
「…………ぶっ!!……て、レイ!!な、なんてハレンチな、乙女にそんな……!」
いや、お前は乙女じゃない。
ルカが両手で顔を覆う。指の隙間から、真っ赤な頬だけが見えてる。
「いいから!!ちゃんと確認させなさいよ!!私の、私自身の身体なんだから!!将来に関わる重大事なの!!」
「ええっ!?確認って、どうやって……!そもそも、サイズって変わるの……!?」
「変わるのよ!!サイズの合わないブラを使い続けたら、形崩れちゃう!!一生の後悔なんだから!!」
聖女の生活でいいものばかり食べているせいか、それともこの世界の『聖女パワー』とやらの影響か。
目視の推測だけど、明らかに以前よりボリュームが増している。
軽く1カップ……いや、2カップは上がっている気がする。
顔のアプデだけじゃなくて、身体までアプデするなんて……聖女の神秘、恐るべし。
「やっ、やめて、レイ!!見ないで、触らないで!!」
ルカが必死に胸元を隠して抵抗する。
けど、その動きが余計に目立つんだってば。
「私の将来なのよ!?あんた、責任取れるの!?」
引かない私。気づけば私は、ルカをソファに押し倒すみたいな、馬乗りの態勢になっていた。
……って、待って。これ、状況だけ切り取ったら完全にアウトじゃない?でも私の将来だし!
「……責任、取るよ」
ルカの声が、急に低く、凛とした響きに変わった。
さっきまでの、じゃれ合うみたいな空気が一瞬で反転する。
「僕が……僕が一生、レイの将来に責任を取る」
ルカの目が、真っ直ぐに、真剣な射抜くような目つきで私を見つめてくる。
さっきまで泣きそうになっていたくせに。
私の顔なのに……そういう、不意打ちの男の子らしい顔は、本当に調子が狂う。
ドキドキが、さっきのキス未遂の比じゃないくらい加速する。胸の奥が、熱い。
「……そ。……じゃあ、お願いね」
思わず言葉を飲み込んで、こくりと頷く。猛烈に、照れる。
「……うん。約束する」
優しく微笑むルカを確認してから、私はゆっくり彼から離れて立ち上がった。
心臓がうるさい。さっきの射抜くような眼差しが、脳裏に焼き付いて離れない。
真剣で優しいのに、少し切ないみたいな――変な顔。
「あ、あの……レイ……?」
「な、なに……」
「その……今日は……一緒に……寝ても、いいかな……?」
もじもじと指をくるくる回すルカ。声だけ小さいのに、主張が強い。
「え?なんでよ。部屋、隣でしょ」
「だ、だって!『婚約者』になったんだし!『婚約者』なら、同じ部屋で寝ても……おかしくないし……」
「え、そういうもんなの?いくらなんでも、結婚前の男女でいいの?」
「で、でも……!この一ヶ月、喧嘩してて話せなくて……本当は、すごく寂しかったんだ。……ダメ、かな?」
「理屈が飛躍しすぎ。全然意味わかんないんだけど」
「今日は、眠くなるまで一緒におしゃべりしたいんだけど……」
上目遣いで、捨てられた子犬みたいな瞳で見上げてくる。
さっきまでブラのサイズ確認すら拒んでいたくせに、一緒に寝たいとか、この子のガードは固いのか緩いのかどっちなのよ。
……寝てる間に胸のサイズを確認してやろうか、なんて最低なことまで考えてしまう。やめろ私。
「……仕方ないなぁ。今日だけだからね」
「本当!?やったぁ!!」
負けた。……完全敗北だ。
ぱぁっと花が咲いたみたいに明るくなるその笑顔。眩しすぎて太陽かと思ったわ。
まあ……ルカだし。中身は男の子だけど、見た目は私だし。
女子同士のお泊まり会だと思えば……思えば、うん。思えば。
「うん。でも、変なことしたら承知しないからね」
「しないよ!!絶対しない!!怖いから!!」
こうして、私たちは初めて一つのベッドに潜り込むことになった。
ルカはこの一ヶ月の鬱憤を取り返すみたいに、隣でぺらぺら喋り続けた。
宰相がどうとか、夜会で誰がどういう顔をしてたとか、私の歩き方が格好良かったとか。褒めるな、照れる。
けれど電池が切れたみたいに、ある瞬間ぱたりと静かな寝息を立て始めた。
幸せそうに、安らかな寝顔。
さっきまでの真っ赤な顔が嘘みたいに、すっと落ち着いている。
部屋は平和なはずなのに、私の心臓だけが未だに全力疾走を続けている。
「……やばいな, これ」
暗闇の中で、小声で呟く。
ルカと過ごす時間は、どうしようもなく楽しくて、温かい。
好きになっちゃったのかもしれない。言い逃れできないくらい、完全に。
……どうしよう。七ヶ月後には、絶対に別れが来るのに。
今ここでこの温度を覚えたら、その『さよなら』の時、私はきっと駄々をこねてしまう。
そっとルカの手に触れると、眠ったまま小さな私の手で握り返してきた。
指先があったかい。逃げ道を塞がれるみたいに、優しい。
「……ふふっ……。……レイ……だいすき……」
「…………ちょっと。寝言でそれ言う?」
その甘い寝言に、視界がじんわりと滲む。
涙が落ちないように、私は天井を見上げて、息を殺した。
ルカの寝息は規則正しくて、肩が小さく上下するたび、胸の奥がゆっくり落ち着いていく。
明日になればまた王太子と聖女の顔で、何食わぬ顔をしなきゃいけない。
だからせめて、今だけ。握った手の温かさを、こっそり覚えておく。
私も、大好きだよ。
でも、その言葉を返してしまったら、七ヶ月後の『さよなら』に耐えられる自信が、もうどこにもなかった。
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