第十四話 レイの婚約者①
やってしまった……。
ルカを伴って自室に戻るなり、私は王太子としての威厳もマントも放り出し、二人揃ってソファにどさっと沈み込んだ。
背中がクッションに吸い込まれて、ようやく現実が追いついてくる。
次の瞬間、私は両手で顔を覆って、そのまま頭を抱えた。
「はぁぁああああああああ……ッ!!」
肺の奥の空気をぜんぶ吐き尽くすみたいな、深いため息。
あんなに、あんなにルカをただの政治の道具としてしか見ない宰相の言葉に、どうしようもなく腹が立って。
会場中の貴族たちの値踏みするような視線に当てられて、完全に頭に血が上っていた。
その場のテンションで、まさかあんな婚約宣言が、広間の隅々まで響き渡るなんて。……私、何を言った?
「マジでごめん……。完全に独断だった」
「……え……あ、うん。いいよ、別に」
ルカが隣で小さく頷く。
その顔は、ドレスのネイビーブルーが青ざめて見えるほど真っ赤だ。
というか、会場を出てからずっと沸騰してる。耳の先まで熱そう。
……私の顔でそんな反応しないで。
「……あの場の勢いというか、とにかくルカを守らなきゃ、私から引き離させちゃダメだ……って思ったら、口が勝手に動いてて……」
ガシガシと頭を掻きながら、改めて謝る。
大立ち回りを演じたのはいい。いや、よくない。よくないんだけど、問題はその先。
一国の王太子の婚約が、口約束の『ノリ』で済まされるはずがない。
明日には山のような書類。署名。証人。家系図。たぶん変な古語の誓いの文言。
聞いたこともない古臭い儀式の準備が、雪崩みたいに始まるだろう。
よりによって、あと七ヶ月後にはこの世界から消えていなくなる私と、婚約なんて宣言しちゃって……どうすんのよ、これ。
どこでどう落とす?誰にどう説明する?そもそも――。
何より、ルカの気持ちを全く聞いてないのに……
「ルカに『婚約者』がいないのは知っていたけど、ひょっとしたら、学園に密かに好きな子とか、いたかもしれないよね?」
「す、好きな人!?!?!?」
恐る恐る尋ねて、ちらっとルカを見ると、私の身体がソファからスプリングつきの人形みたいに飛び跳ねた。
勢いがすごい。三メートルは浮いた気がする。いや、マジでちょっと浮いた。
「う、うん。だから、もしその子との仲を邪魔しちゃったなら、すぐにでも婚約破棄っていうの?公に撤回する準備も――」
「いない!そんなの、天地がひっくり返ってもいないし、婚約破棄もしない!絶対に、死んでもしないから!!」
「え?そうなの?そんな必死に否定しなくても……」
顔をゆでダコみたいに真っ赤にして、即答。
それも全力の速攻否定だ。なんかやたら必死だし……。
……っていうか、私に怒って、この一ヶ月も無視して避けてたんじゃないの?
あんなに冷戦状態だったのに、こんな一瞬で機嫌が直るものなの?
ルカって、繊細そうなメンタルかと思いきや、実はものすごく単純なんじゃ……。
ルカは時折、てれてれした表情を見せたかと思ったら、急に思い出したように目をぎゅっと閉じたりしている。
スカートのフリルを握りしめたり、もじもじと膝をすり合わせたり。
だから、なんで私の見た目のはずなのに、そんなに小動物みたいな愛嬌を振りまけるのよ。
ずるい。反則。
その豪華なドレスだって、やたら似合ってるんだけど。
プリンセスか。……いや、聖女だったわ。もう、どっちでもいい、可愛い。
「……ねえ、じゃあさ。婚約記念に、キスでもしとく?」
「えぇぇえええ!?き、き、きすっ!?って、あの、例のキス!?唇と唇が触れ合うやつ!?ど、え……本当のやつ!?」
冗談半分、本気半分でからかってみると、ルカは案の定、大パニックに陥った。
立ち上がっては座り、また立ち上がっては部屋をうろうろ。
ドレスの裾を踏みそうになって、自分で自分につまずきかけてる。危ない。
落ち着きがないなんてもんじゃない。
この慌てふためく顔も仕草も、どうしても可愛く見えてくるんだよね。
思わず、この手で抱きしめて守ってあげたくなってしまう。
「言っておくけど、私、ファーストキスじゃないからね」
「そ……そうなの……?」
途端にしゅん、としおれる。
耳の先まで真っ赤なのは変わらないけれど、目だけが少しだけ泳いで、どこか寂しげだ。こっちまで胸がきゅっとする。
「そりゃそうでしょ。向こうの世界じゃ大学生だし、彼氏くらいいたわよ。……だから、嫌ならやめとくけど?」
さらっと告げて、ぐいっとルカが座るソファの端へ身体を寄せる。
距離、数センチ。吐息がかかるほど近い。
ルカがごくり、と唾を飲む音が聞こえた気がした。
私は自分の頬にそっと手を添えて、蕩けるような声で囁く。
「目、……瞑って?」
優しく、けれど少しだけ王子のトーンを混ぜた低めの声で。
ルカの顔が、過去最高記録を更新するほど真っ赤になった。
『ぼっ』という発火音が聞こえてきそうな熱量だ。
人間ってこんなに赤くなれるんだ。頭のてっぺんから湯気が出てる幻覚まで見える。
ルカは瞳を潤ませ、意を決したようにぎゅっと強く目を閉じた。
震える長い睫毛。少しだけ、誘うように開かれた唇。
マジで私の顔なのに……自分の顔に欲情しそうになるなんて、脳の回路がバグりそう。
でも、それ以上に、私の心臓がうるさい。どくん、どくんって、耳まで響く。
顔を近づけると、ルカの微かな息遣いが頬に当たる。
甘い、夜会の菓子の残り香に誘われるようにして――私は、ルカの額に、ちゅっと小さくキスをした。
「えっ?」
ブックマーク、★★★★★、リアクション
よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ




