第十一話 レイのスキャンダル②
捨て台詞を残すと、バタバタバタと勢いよく浴室を飛び出していくルカ。
だだっ広い大理石の空間に、ポツンと取り残される私。
追いかけたい。でも今の私は王子で、しかも裸で、手には泡が残ってて――最悪のコンディションだ。
……シーンとした静寂の中、ライオンの口からお湯が流れ出る音だけが、空しく響いていた。
え……何、今の。
一緒にお風呂に入るのが、あたかも私の趣味で、ルカが仕方なく付き合ってくれてたみたいな言い草じゃない?
いや待って、そこじゃない。もっと致命的なやつ。
「っ待って、ルカ!!」
一秒遅れて、私は真っ青になった。
私の身体!!裸!!全裸の聖女様が、ノーガードで廊下を疾走してる!?
この城、床が大理石なんですけど!?冷たいし滑るし、何より丸見えなんですけど!?
拭く?無理無理無理。そんな余裕ない。
私は自分の身体をタオルで探す時間すら惜しく、びしょ濡れのまま浴室を飛び出した。
すでにルカの姿はない。
足音も消えてる。つまり、今ごろどこかの廊下で、聖女様が全力疾走中。終わった。
とにかくバスローブをひっつかんで羽織り、足元をビショビショに濡らしたまま走る。
裸足が床にぺたぺた当たって、やけに音が響く。髪から滴るお湯が、点々と痕を残していく。
「ルカ!開けて、お願いだから!ルカ!!」
「嫌だ!!絶対に開けない!!」
辿り着いたルカの自室。重厚な扉をバンバン叩く。
中からは、泣き出しそうで、でも意地を張った声が返ってくる。
取っ手に手を掛けるけど、がちゃりとも動かない。鍵がかかってる。籠城だ。
「ルカ、話し合おう!私が悪かったから!とにかくタオルを巻いて……!」
「レイなんて大っ嫌い!!どっか行って!!」
「ちょっと、落ち着いて――」
「…………殿下?」
凍りつくような、けれど好奇心に満ちた声が背後から聞こえた。
振り返ると、そこには目を丸くしたお手伝いさんたちが数人、トレイを手に立ち尽くしていた。
若手の侍女が三人。ベテランの執事が二人。
しかも、夜食っぽい匂いまでしてる。タイミング最悪。
全員が、口をポカーンと開けて私を見ている。
いや、見るな。見ないで。私も見ないから。
「……殿下?このようなお時間に、聖女様のお部屋の前で、その……何を……?」
何をって……。
客観的な状況を整理してみる。夜の静まり返った廊下。
髪はびしょ濡れ、裸足、バスローブ一枚という、あまりにも乱れた姿の王子様。
そんな男が、女の子の部屋を必死に叩き、締め出されて泣きついている。
……どう見ても、深夜の情事の果てに喧嘩して追い出された男の図だ。
しかも私、扉の前で必死に『開けて』って言ってる。終わった。
「ち、違うの!これには深い、海よりも深い事情が……!」
「殿下……まさか、聖女様と、そこまでの……」
「違う違う違う!誤解、特大の誤解!!これは事故!事件!」
「お若い……。我々も、殿下がお盛んなのは喜ばしい限りですが……」
「い、いつの間にか、そんな熱烈な仲になられていたとは……。夜な夜な二人でお話しされているとは伺っていましたが、まさか、お風呂までご一緒だったとは……」
「だから違うってば!!全然そういう色っぽい話じゃないの!!」
「ご安心ください、殿下。私たち、口は非常に堅いですから」
ニコニコ。全員、慈愛に満ちた笑みを浮かべている。
いや、その優しい目が一番怖い。
これ、絶対明日には「殿下と聖女様はもうできている」って城中の噂になるやつだ。
「あぁああああ!!ルカ!!出てきて今の全部否定して!!」
「嫌だ!!レイなんて知らない!大っ嫌い!!」
「え!?また大っ嫌いって言った!?しかも二回目!!」
胸が、想定外に鋭い痛みで貫かれた。
湯気で熱かったはずの身体が、すっと冷える。
本気でショックを受けている自分に、遅れて気づく。……え、私、こんなに刺さるの?
次の瞬間、沸々と湧き上がる怒りが、痛みの上に重なった。
いや、待って。今は否定タイム。論点はそこじゃない。なのに口が先に動く。
「ああ、そう!!そういう態度なのね!?そっちがその気なら、私だってあんたのことなんか知らないわよ!!」
私は啖呵を切って自分の部屋へ戻り、扉を閉め、そのまま壁に背を預け、ずるずると床に座り込んだ。
バスローブの紐がほどけかけてる。髪からまだ水が落ちる。床が冷たい。全部、最悪。
バスローブ姿、濡れた髪、そして、かつてないほどの自己嫌悪。
……ルカは、本当に私のこと嫌いになったのかな。
心臓が、情けないほど激しく波打っている。
うるさい。静かにして。今、私が一番聞きたくない音なのに。
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