第十一話 レイのスキャンダル①
身体が入れ替わってから三ヶ月。
私……というか、外見が私で中身がルカである『聖女』が国中に認められてから、週末のルカは殺人的な過密スケジュールをこなすようになっていた。
「聖女様、こちらへ。孤児院の子供たちがお待ちです」
「聖女様、どうか病床の母に祈りを」
「聖女様、神殿のバラに祝福を授けてください」
呼ばれるたびに、私の顔をしたルカが小さく肩をすくめて、それでも笑顔を作る。
その笑顔の裏側が見えるから、こっちは胃が痛い。……いや、いつも胃が痛い。
平日は、私が学園帰りに王太子の公務と執務をこなし、ルカが聖女として茶会や社交に出る。
午後は王子、夕方は学生、夜は執務。ルカはルカで、聖女の微笑みと祈りと愛想笑い。
お互い忙しいせいで、ゆっくり話せるのは深夜。
それも寝る直前、私が自分の身体を洗うお風呂タイムだけという、ほぼすれ違いの毎日だ。
もともと重圧で心が壊れかけていたルカだ。
偽物の『聖女』を演じ続けるプレッシャーに、また潰されてしまわないか。気が気ではない。
「ねえ。ルカ、本当に無理してない?限界なら、少し公務を減らすよう私から進言するけど」
もはや恒例行事となった二人でのお風呂。
入れ替わってから三ヶ月、私たちはこの湿り気たっぷりの空間で、裸の付き合い……もとい、唯一の本音の時間を共有してきた。
湯気で鏡は白く曇り、石造りの浴室はやけに声が響く。外では噴水の音。ここだけ、世界が切り離されているみたい。
正直、トイレの方はもう自分で行かせるようにしているけれど、お風呂だけは中身が男であるルカに、私の身体を隅々まで洗わせることに強烈な抵抗がある。
だから未だに、私がルカの身体を洗うという奇妙なサービスを続けている。もう三ヶ月。慣れる気配は、ゼロ。
「うん……大丈夫だよ、レイ。皆が喜んでくれるのが、今はすごく嬉しいんだ」
ルカは微笑んではいるけれど、その顔には隠しきれない疲労が滲んでいる。
肩に手を置いた瞬間、骨が薄い。温かい湯の中なのに、どこか冷たい。
連日のご褒美スイーツで一時期は少しふっくらしたと思った身体は、気が付けば元よりも細くなったようにすら見える。
湯船に浸かる鎖骨のラインが鋭く、腕も私の記憶にあるよりずっと華奢だ。泡を流す指先が、思わず慎重になる。
「でもさ。一年経てば、私は元の世界に戻るんだし」
「……」
「あんまり国民を『聖女』に依存させるのは良くないんじゃないかな。私が去った後、『象徴』が無くなったら、残された後見人のルカが困るでしょ?」
ルカの髪をシャンプーしながら、私は何気なく続けた。泡がふわっと立って、甘い香りが広がる。
……言い方、もう少し柔らかくできたはず。なのに、止まらない。
「それに、聖女の仕事にかまけて、肝心の王太子の実務を全然教えられてないし。一年後、戻った瞬間にルカの立場が戻ってしまったら……」
どんどんルカの肩が沈んでいく。
湯の表面に、小さく波が立った。……しまった。
せっかくルカがやる気を出して社会貢献しているのに、正論をぶつけすぎて水を差してしまっただろうか。
「……もう!レイには関係ないじゃん!」
シャンプーの泡を流した途端、ルカが弾かれたように立ち上がった。
お風呂中は目を瞑る約束なのに、彼は潤んだ瞳をしっかり見開き、私を睨みつける。
頬が赤い。湯気のせいだけじゃない。
「はぁ?何よ、その逆ギレ。私はルカの将来を心配して――」
「キレてなんかない!言い方が気に入らないだけだ!」
「いや、完全にキレてる顔よ、それ」
「キレてないもん!!……レイなんて、僕の彼氏でもないくせに余計なこと言わないでよ!!」
「いや……確かに彼氏じゃないけど。って、え?」
……彼氏?待って。
胸の奥が、湯船に沈めたみたいにどくんと重く跳ねた。
「ちょっと待って、今の発言いろいろおかしい……」
「え?」
「なんで、いつのまに私の方が男ポジになってんの?」
「あ、あれ?そっか……今の僕は女の子で、レイは……えっと……」
ルカが凍りつく。
濡れた髪からポタポタとお湯が滴り、床に小さな水音が落ちる。
私の顔が、みるみるうちに林檎みたいに真っ赤に染まっていく。
なんなのよ。突然そんな乙女な顔をして……。
「……もう知らない!レイとなんて、もう二度とお風呂入ってあげないから!!」
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