第十話 レイの聖女詐欺②
「わぁ……!」
「聖女様だ!本当に現世に舞い降りたんだ!」
「なんてお美しい……!」
地鳴りみたいな歓声が上がる。
あーあ、ハードルが上がりまくってるじゃない。
隣のルカは完全に顔面蒼白で、繋いでいる私の手まで凍りつきそうだった。
指が白くなるほど力が入っていて、呼吸も浅い。私は気づかれないように握り返し、親指で一度だけ背中を撫でた。落ち着け。ここで倒れたら、私も巻き添えだ。
「ル〜カ!大丈夫だってば。ほら、口角上げて。笑って!」
私は小声で囁きながら、彼――私の顔をした聖女様の頬を、指先でくいっと持ち上げた。
柔らかい。……自分の頬なのに腹立つくらい柔らかい。
「だって……レイ……僕、もし何も起きなかったら……」
「ぷっ。何も起きないのなんて、わかりきってたじゃん」
「そうだけど……」
「いい?私はただの女子大生。でも今の私の見た目は、誰がどう見ても完璧な聖女なの。客観的に見て非の打ち所がないんだから、胸を張って!」
トン、と背中を力強く押す。……いや、押したのは私の身体だけど。
それでもルカは一瞬だけ肩をすくめて、すぐに小さく頷いた。
「う、うん……頑張るよ」
心細そうで、でも決意を仕舞い込んだ背中。私はその後ろ姿を見守る。
本当は腕を取ってエスコートしてやりたい。けれど儀式の最中は王子も一歩下がらなければならない――
『威厳』とか『距離感』とか、めんどくさいルールだ。
天井が馬鹿みたいに高い神殿の中、足音がやけに大きく反響する。
香の匂いが濃く、空気が重い。ルカは祭壇に向かって、一人で歩いていく。
祭壇に鎮座しているのは、透明な丸い石。
あれが『幸福の石』か。ライトみたいな光源は見当たらないのに、石だけが淡く艶めいている気がする。
静寂の中、ルカが震える手をその石に添えた。
……静かだ。心臓の音が聞こえそうなほどの沈黙。誰かが息を呑む気配まで伝染する。
けれど、石は何の変化も見せない。
なるほど。ルカが言っていた『大丈夫』の理由が、今ならわかる。
最前列の私ですら、石がどうなっているのか判別しにくいほど、祭壇の周囲は薄暗い。しかも距離がある。要するに、見えたって言い張ったもん勝ちだ。
……でも、このまま終わらせるわけにはいかない。
ルカに自信を持ってほしい。彼がこの先、堂々と笑えるようになってほしい。
聖女として崇められるなら、その土台くらいは私が作る。今だけは、悪役でもいい。
「……光ってる。なんて神々しいんだ……」
私は誰に言うでもなく、しかし周囲に確実に届く大きさで呟いた。
少し大げさに。芝居がかった、儀式っぽいトーンで。
「え?」
隣に立っていた、いかにも信心深そうな貴族のおじさんが即反応した。
ほら来た。食いつきがいい。
「えっ、今……殿下、光ったとおっしゃいましたか?私には、よく見えませんが……」
「ええ?何を言っているんです。あんなに眩い光が溢れているというのに。……まさか、あなたには見えないのですか?」
「あ……ええ、いや……その……」
「……そうですか。あんなに神々しい奇跡が起きているのに。ひょっとして、信心が……足りない?」
私は冷徹な王子の表情を作り、意地悪く囁いた。
声量は小さく。でも言葉は刺す。王子の立場って便利だな。
「も、もちろん見えますとも!!おお、なんと!光り輝いております!!奇跡だ!!」
「そうです!さすが聖女様!国を照らす慈悲の光だ!!」
おじさんが焦って叫ぶ。それに合わせて、私もさらに声を張り上げた。
するとその会話は、さざなみみたいに神殿中へ広がっていく。
人の耳って、都合のいい言葉だけ拾うよね。
「光った!今、光ったぞ!」
「私にも見えた!ありがたい!」
「おお、なんて眩い後光だ……!」
「聖女様万歳!!」
集団心理とは恐ろしい。まさに『裸の王様』状態。
誰かが『見えた』と言えば、見えない自分を恥じる人々が次々と同意し、やがてそれは確信へと変わる。
……この国、だいぶチョロい。いや、私が悪いのか。
「聖女様!!」
「奇跡の再来だ!!」
神殿は割れんばかりの拍手と熱狂に包まれた。
あまりの騒ぎに、祭壇の前でルカが呆然と振り返る。
目が合った。彼は状況を把握したのか、私の小賢しい小芝居に気づき、ぷっと吹き出しそうになるのを必死に堪えている。唇がひくひくしてる。
ちょっと、聖女なんだから笑わないの!厳かにしないと……!
私は目配せで叱る。……つもりだったのに。
ルカの表情はこれまでにないほど柔らかく、肩の力が抜けて、解き放たれたみたいに明るくなっていた。
それを見た瞬間、胸の奥の固いものが少しだけ溶けた。よし。成功。
こうして、聖女は国中の人々に『本物』として認められたのだ。たぶん。勢いで。
「聖女様、ありがとうございます!」
「どうか我が家にも祝福を!」
熱狂的な人々に囲まれ、またルカがおろおろと緊張し始める。
指先が私の手を探して、迷子みたいにうろつく。私はそっと手を差し入れて繋いだ。
少しばかりの罪悪感はある。あるけど――今は、彼のこの穏やかな笑顔を守れるなら、詐欺師にだってなってやる。
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