第九話 ルカの初恋①
最近、僕の胸の奥はずっと、ざわざわともやもやしている。
理由は、たぶん分かっている。分かっているのに、言葉にしたくなくて、喉の奥に飲み込んでしまう。
「大丈夫?それ、重いよね。私が持つよ」
「その新しい髪飾り、すごく似合ってるね。瞳の色が引き立つよ」
「あ、制服のリボンが曲がってる。ちょっとじっとしてて、直してあげるから」
「どっちが似合う?……うーん、その肌色ならこっちの淡いブルーかな。待って、こっちの華やかなピンクも捨てがたいね」
「あ、人数分の取り皿、私がもらってくるから。みんなは座ってて」
レイは、誰に対しても平等に優しい。
元々の女の子として持っていたであろう、圧倒的な気配りスキルと、コミュニケーション能力。そして紳士的。
相手との空気を読んで、必要な分だけ差し出して、さらりと引く。そういう優しさだ。
そのせいか、レイを見る女生徒たちの視線が、一ヶ月前とは明らかに違ってきた。
最初は入れ替わる前と同じ距離感だったのに、今は――好意。憧れ。期待。あと、確実に『恋』の色。
「ねえ、聖女様。今日はお昼休み、殿下もお誘いしませんこと?」
「え?あ、うん……」
「殿下って、どんな食べ物がお好きなのかしら。以前より、ずっと表情が豊かになられて……なんだかドキドキしてしまいます」
「お、お肉……とかかな?たぶん」
僕は笑顔を作りながら、内心では必死に頭を回す。
知らない。僕は、レイが本当に好きな食べ物を、まだちゃんと聞いたことがなかった。
彼女はいつも、僕が持っていったお土産を「美味しいね」って笑って食べてくれるから。それで安心してしまっていた。
僕は曖昧に頷いて、心の中でこっそり決める。
今夜、ちゃんと聞こう。好きなものも、嫌いなものも。全部。
「お休みの日は、何をされて過ごしてらっしゃるのかしら。お忍びで街へ行かれたりするのかしら」
「え、えっと……読書、とかかな……?」
読書どころじゃない。
僕が処理できなかったような書類を、王子の僕の部屋で片付けている。
文句を言いながら、でも投げ出さずに。完璧に。
「殿下は次の夜会に参加はされないのかしら。ぜひ、最初の一曲をお相手していただきたくて……」
「や、夜会……?」
質問攻め。正直きつい。
うまく答えられない自分が情けないし、答えられない原因がレイのことを知らないなのが、もっと情けない。
でも、変わったのは女生徒だけじゃなかった。
学園全体、そして城の中での評価まで、うなぎ登りに上がっていた。
「この魔導経済の問題、解ける者はいますか?では、殿下」
「はい」
レイがスッと手を挙げる。
迷いのない筆致で、黒板に数式と論理をスラスラと書き連ね、最後にチョークを軽く叩いて振り返る。
その瞬間、教室の空気が納得に変わるのが分かる。
「素晴らしい!これこそ王太子に求められる叡智だ!」
先生が感極まって拍手する。
男子生徒同士の熱い討論でも、レイは驚くほどの発言力を発揮していた。
「殿下はどうお考えですか?この税制について、ご意見を」
「そうですね。まず前提として、この施策がもたらす長期的なインフレリスクを考慮すべきかと。たとえば――」
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