第一話 レイの異世界転生の幕開け②
そして。
目覚めた場所は、やたらと広大なベッドの上だった。
天蓋付き。シーツはシルク。枕はなぜか六個。
寝返りを打っただけで、ふわっ、と身体が沈む。ホテルの最上階とかじゃない。
明らかに人間一人が寝るサイズじゃない。
……だったわけだけど。
私は反射でベッドから転がり落ち、逃げ込むように個室トイレに籠城した。
そう、あの大理石と金のやつ。現実味が最悪なやつ。
「……夢オチ来い。夢オチ来て、お願いっ!」
右のほっぺたをつねる。痛い。
左のほっぺたを全力でつねる。もっと痛い。
三回目。全力で引っ張る。……涙が出るほど激痛。ちゃんと涙が滲むあたり、現実味が嫌すぎる。
「え、あれ正夢だったの?嘘でしょ……?」
待って。落ち着け。思考を整理して。
つまり私は、本当に、ガチで、あの知らないイケメン男の子と入れ替わってる――そういうこと?
そう認めた瞬間、脳内に赤字で点滅する、最大の懸念事項にぶち当たった。
「!……私の身体!!今、あの男の子があの中に入ってるの!?何してんの!?変なことしてないよね!?脱いだり触ったりしてないよね!?っていうか、私のスマホのパスワード特定されてないよね!?」
ブラウザの履歴。SNSの裏垢。友人とのくだらないLINE。
バイト先の愚痴。メモアプリに残した黒歴史。
思い当たる『死』が多すぎて、逆に息が止まった。
とんでもない社会的死の危機に気づいた、その瞬間。
トイレの外からドタバタと慌ただしい足音が近づいてきた。近い。速い。数も多い。
「殿下!ルーカス殿下、お急ぎください!!ついに『聖女様』が見つかったとのことです!!」
扉越しに響く、切羽詰まった男の声。
「はぁっ!?殿下って誰よ!?聖女って何!?ここは日本じゃないの!?」
返事を待つ気がないらしい。
ガチャン、と外から強引に鍵が開けられた。いや、鍵かけてたよね?私、さっき命懸けで――!
プライバシーのかけらもない。
勢いよくドアを開け放ち、私を……いや、この美少年の体を有無を言わさず引きずり出したのは、燕尾服に身を包んだ『いかにも』な執事然とした男性だった。
背筋が針みたいに真っすぐで、目が笑ってない。
「ちょっ、ストップ!鍵かけてたよね!?あと私の尊厳!!」
「お待たせいたしました、皆様!殿下はお目覚めでいらっしゃいます!すぐに準備を!!」
「待って待って、まずは話し合いをしましょう!私は今、人体入れ替えの被害者――」
「さあ、こちらへ!一刻を争います!」
「人の話を聞いてえええええええ!!」
私の叫びは廊下の高い天井に吸い込まれ、綺麗に反響して消えた。
気づけば大人数のお仕着せ係に囲まれている。
手伝ってもらいながら――というか、完全に逃げ場のない包囲網の中で半ば強制的に、やたらと金糸銀糸が踊る装飾過多な服を着せられた。
これ、見たことあるわ。
夢の国で王子様が着てるやつだ。
ずっしりと肩に食い込む重厚なマントに、窮屈な立ち襟。
胸元の飾りは多いのに、呼吸は浅くなり動きにくいことこの上ない。
……絶対、一時間で肩凝り爆発する。
というか、こんなに細いのに装備は重い。バランス悪すぎる。
もしこれが夢なら、いい加減に目が覚めてもいいはずだ。
ほっぺたをあんなに強くつねったんだから。
けれど一向に醒める気配はない。
それどころか。
石造りの廊下のひんやりとした冷気。靴音の乾いた反響。
どこかに焚かれている古い香木の匂い。
衣装のシルクが肌をなでる感触。
時間が経つごとに、五感が突きつけてくるリアリティは増すばかりだ。
わけもわからぬまま案内されたのは、映画のセットをそのまま拡張したような、天井のやたら高い部屋。
――なんだっけ。あぁ、さっきの執事が『謁見の間』って言ってた。
重い扉が開くと同時に、空気が変わる。
ざわ、と絹が擦れる音。視線が一斉に刺さる。
奥の豪華な玉座には、威厳という言葉をそのまま擬人化したような髭面のおじさんと、薔薇みたいに美しいのに氷みたいに冷ややかなおばさんが鎮座している。
……王様と、王妃。そう呼ぶしかない圧。
そして、赤絨毯が敷かれた花道の先に、その人物は立っていた。
苺柄の、ネルパジャマを着た私。
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