第七話 レイの神殿イベント②
「で、ルカ。これ、どうするつもりなのよ」
王の御前を辞し、王子の私室に戻るなり私は彼を問い詰めた。
重厚な扉を閉めた瞬間、反射的に相手の肩を掴んで揺さぶる。
揺さぶっているのは私の身体なのに、今はそんな細かい倫理はどうでもいい。心が先に爆発する。
「どうって……」
「とぼけないでよ!神殿だよ、神殿!『祈り』を捧げるって、分かってるでしょ。私、お経も聖書も、この世界の教典の一文字も知らないんだけど!」
「……」
図星を突かれたルカは、気まずそうにふいっと目を逸らした。
その仕草が、妙に小さくて、余計に腹が立つ。
いや腹が立つっていうか、怖い。怖いのをごまかしてるだけだ。
「ねえ!今度は私の身体に閉じこもったまま、現実から逃げる気じゃないでしょうね!」
「に、逃げないよ!逃げるわけないじゃないか!」
「本当に!?信じていいのね!?ここで投げたら、私は多分、王宮の庭で土下座しながら泣くよ!」
この一ヶ月、私たちはほとんどの時間を共に過ごしてきた。
お風呂でのドタバタも、トイレの介助という屈辱的な連帯も、深夜の公務での愚痴の言い合いも。
もう隠すことなんて何一つない、ほぼ一心同体だと思っていた。
なのに、この土壇場で見せる歯切れの悪さは何?
……だめだ。
私だけでも、ルカをちゃんと信じてやらないと。
この子の『疲れた』を、もう一回見たくない。
「……ごめんね。でも本当に大丈夫だから」
ルカが、私の声で、やけに真面目なトーンを出す。
「聖女の儀式って、レイが心配してるほど大層じゃないんだ」
「そうなの?魔法の呪文を何百行も暗唱させられたりしない?」
「はは、ないない。あくまで聖女様は『象徴』だからね。民の前に姿を見せること自体に意味があるんだよ」
「象徴、ねえ……」
なんだそれ。宗教的な詐欺じゃないの?
要するに、看板娘とかキャンペーンガール的な、アイドル枠ってこと?
……いや、アイドル枠でも困る。注目が集まるほどボロが出る。
「それに……実はレイにもまだ言ってなかったんだけど」
ルカがもじもじと指先を弄り、言い出しづらそうに視線を泳がせた。
「……確信に変わったことがあるんだ」
その言い方が、あまりにも真剣で。
私の喉の奥が、かすかに乾いた。
「何よ。まだ隠し事があったの?」
「多分……レイは、本当にこの世界の『聖女』なんだと思う」
「ぶっ!……ないない!!突然どうしたのよ。寝ぼけてるの?頭でも打った!?」
「だって!見てよ。レイの身体に入った時にはあったニキビが全部きれいに治ったし、指先のささくれも一つもなくなったんだよ!?」
「えっ……?」
「ほら、見て!」
ルカがぐいっと目の前に手を差し出してくる。
……え、なにこれ。
本当に、ささくれが一つもない。
乾燥で荒れがちだった私の指先が、まるで高級エステに一年通い詰めたかのように、しっとりと吸い付くような白さを放っている。
爪の形まで整って見えるのは気のせい?
「ちょ、ちょっと待って……言われてみれば……!」
私は慌てて、目の前の『自分の顔』を両手で挟み込んだ。
確かに、ない。
コンシーラーで必死に隠してた顎の頑固なニキビも、頬に残ってた薄い跡も、跡形もなく消えている。
ここ最近、私の顔を見るたびに「今日の私、なんか盛れてる?」って能天気に思ってたけど、あれ、盛れてるんじゃない。素材がアップデートされてる。
触ってもザラつきゼロ。毛穴?どこに引っ越したの?行方不明なんだけど。
唇なんて、リップクリームもグロスも塗ってないのに、ぷるっぷる。
水分量どうなってるの。私、いつから桃になった?
しかも、目の下のクマまで薄い気がする。あの徹夜課題の戦歴を刻んだ闇が、どこかへ消えてる。
髪も、指を通すたびにツヤが増してるし……なにこれ。神の美容サブスク?
「……待って。これ、やばい。美容課金、全部いらないじゃん……」
「でしょ!?変化が少しずつだったから、僕も最初は気のせいだと思ってたんだけど……最近、確信したんだ」
ルカは私の指先を大事そうに見つめながら、畳みかけるように言った。
「視力だってそうだよ。入れ替わった当初は遠くがぼやけてたのに、今は学園の黒板の端っこまでくっきり見えるんだ」
「マジで!?それ、カラコン卒業どころか、眼鏡もいらないじゃん!私、裸眼0.3のド近眼だったんだけど!?」
私は思わず、ルカの顔を覗き込む。
裸眼なのに、黒目が前より大きい気がする。いや、気のせいじゃない。目がきらっとしてる。
なんか、光ってる。自分の目が光るって何。
「え~……聖女って、そんな美容と健康のセット効果があるの?一周年記念で身体が戻るの、ちょっと楽しみになってきたかも」
これ全部美容クリニックでなんとかしようとしたらいくらかかるのか…
美肌効果があるとわかった途端、楽しみに思えてくる自分、現金すぎる。
「……レイがそう言って笑ってくれると、僕も嬉しいよ」
ルカが、ほっとしたみたいに笑う。
なのに、その笑い方がどこかだけ、少し寂しそうで、私の胸の奥がもぞっとする。
今のルカは私の顔をしてるのに、表情の癖は完全に彼のものになっている。
「でもね。ニキビが治るのと、神殿で公衆の面前に晒されるのは別問題でしょ。具体的に、何をするの?」
「あ、そうだね。えっと……」
ルカの説明によれば、儀式は拍子抜けするほどシンプルだった。
神殿の奥にある『幸福の石』と呼ばれる、丸い石に触れて、民の幸せを願って祈る。
……ただ、それだけ。
「……『幸福の石』って、ネーミングがもう怪しいんだけど」
「うん、名前は確かに怪しいね。でも、やることは本当にそれだけなんだ」
私は腕を組んで睨む。
「本当に?」
「本当に」
「念仏とか、読経っぽい呪文は?」
「唱えないよ」
「じゃあ、阿波踊りみたいな変なダンスは?」
「しない。絶対にしない」
「変な液体を飲まされるとか?」
「ないない。健康に悪そう」
ここまでくると、逆に疑わしい。
イージーモードに見せかけて、最後にボス戦が来るやつじゃない?
「じゃあ、その石が光らなかったらどうなるの?私、たぶん光らせられないよ?」
「……それも、たぶん大丈夫」
「たぶん?」
「たぶん。うん」
ルカが、ふいっと目を逸らした。
視線の逃げ方が露骨すぎる。
その『大丈夫』で済まないから、さっきあんな真っ青な顔してたんじゃないの?
「ねえ、ルカ。嘘ついたら針千本だからね」
「えっ、まだその儀式続いてるの!?」
思わずツッコミながらも、私は深呼吸して気持ちを切り替えた。
どうせ拒否権なんてない。行くしかない。なら、せめて最悪の事態に備えておく。
「まあいいや。とりあえず私は王子の姿で横に立って、あんたをそれっぽくエスコートしてればいいんでしょ?」
「うん。……ありがとう、レイ」
「別に。私も巻き込まれてる側だし」
豪華なソファに背を預けると、背中が沈む。ふかふか。現実逃避に最適すぎる。
「でもさ、もし本当に伝説の聖女だったとしたら、ちょっと面白いよね」
「……面白くないよ。大学も留年確定したレイに、責任が重すぎるでしょ」
「それはそう」
冗談めかして笑い合う。
こうして、私の異世界聖女生活は、じわじわと『本物』の色を帯びながら、問題の神殿儀式へ向かって動き出した。
石が光るのか。
それとも、光らないことで何かが始まるのか。
私の胸の中には、期待よりずっと大きな、真っ黒な不安が渦を巻いていた。
ブックマーク、★★★★★、リアクション
よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ




