表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】入れ替わり聖女は恋を知る~王子だった僕が、初恋で世界一かわいくなるまで~  作者: 木風


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

16/58

第六話 レイの王太子としての一週間②

私の中で『入浴契約』に続く、新しい地獄が確定した。

敵は、王でも女神でも魔王でもない。糖と脂だ。

しかも私の身体に、私のいない場所で、着実に蓄積されていく。


「わ、わわっ……ご、ごめん……。なんか、何を食べても美味しくて、みんなが『美味しいですね聖女様』って言ってくれるのが嬉しくて……全然、そんなこと考えてなかった……」

「これから夏なのに、ノースリ着れないじゃない!!」


ルカが涙目で縮こまる。

……あざとい。あざといけれど、許されない。

だってこれは、私の身体。私の人生。私のジーパン。


私の異世界での戦いは、魔王との戦いじゃなかった。

『自分の身体の代謝』との戦いへと、静かに、しかし確実に変わろうとしていた。


怒鳴り散らした私を前に、ルカが耳まで垂れ下がった子犬みたいにしゅんと縮こまった。


「毎日が……楽しくて……」


その消え入りそうな呟きに、私の胸が不意にちくりと痛む。


……考えてみれば、たった十六歳の少年なのだ。

私が今、吐血しそうな思いでこなしているこのブラックなスケジュールを、ルカはずっと一人で背負ってきた。

公務、執務、視察、訓練、延々と続く会議。

息をつく暇もないのに、誰にも弱音は吐けない。王太子だから。


それを思えば、誰にも文句を言われず、好きな時に好きな場所へ行ける今の生活が、彼にとってどれほど眩しい解放なのか――。

私は、叱られた子犬みたいに肩を落とす私を見下ろしながら、深く息を吐き出した。

怒りの熱が、少しずつ冷めていく。

代わりに、じわっと別の感情が滲んでくるのが腹立つ。


「も~……わかったわよ。食べてもいい」

「……え、食べていいの?禁止にしないの?」


パッと顔を上げたルカの瞳が、これ以上ないほどキラキラと輝き出した。

……だから、その顔でその目を使うな。反則。


「仕方ないでしょ。せっかくの休暇中なんだから。楽しい記憶は大切」


言いかけて、私は指を立てた。


「……その代わり!適度に運動。夜十時以降の間食は禁止。あと、今の体重がデッドライン。ここから一グラムでも増えたら、その時はスイーツ断食刑ね」

「うんっ、約束する!」

「軽っ」

「……やっぱりレイは優しいね」

「優しいのハードル、低すぎない?これ、二十歳として当然の健康管理アドバイスだから」

「ううん。僕にとっては、誰よりも優しいよ」


にこっと、花が綻ぶみたいに微笑む私の顔。

可愛い。悔しい。

自分の顔なのに、中身がピュアなだけで破壊力が跳ね上がるなんて、反則にも程がある。


「レイとも、今度一緒に行きたいな。僕が見つけた美味しいスイーツ巡り」

「……いいね。そのためにも、溜まってる公務を少しは手伝ってよ」

「え!?で、でも、僕はレイみたいにできない……」

「大丈夫。できるようにする。教えられることは教えるよ」


私は笑いながら、ルカの隣にごろんと寝転がって、右手の小指を彼の方へ差し出した。


「なに、これ?」

「約束の指切り。……まさか、したことないの?」

「……一度も、ないかも」


マジか、王子様。

そんな基本の遊びも知らずに育ったなんて、どれだけ王太子だけの生活が詰め込まれてきたのよ。


私はぐいっと私の手を引き寄せ、戸惑うルカの小指に自分の小指を無理やり絡ませた。


「いい?復唱して。ゆ~びき~り、げんまん、うそついたら、は~りせんぼん、の~ます。指きった!」


リズムに乗せて歌いながら、小指を上下に力強く振る。

ちょっと強め。勢い大事。儀式だから。


「……なにそれ、変な歌」

「『指切り』の儀式。嘘をついたら針を千本飲まされるっていう、なかなか過激なルールなんだけどね」

「怖い……。でも、なんだか楽しいね。指が繋がってるみたいで」


ルカが本当に嬉しそうに、クスクスと喉を鳴らして笑った。

その笑い声が、部屋の空気を少しだけ明るくする。


「……楽しみだな。レイと一緒に、街に出るの」

「ん。私も楽しみにしておく。……さーて、それじゃあ、あと一踏ん張りして終わらせちゃいますか!」


視界の端には、まだ片付いていない書類が山のように積まれている。

現実に戻れば、そこは絶望のブラック職場。逃げ場なし。王子の机。王子の仕事。


「僕、お茶を淹れてくるよ。レイの好きな……ストレートでいい?」

「うん、お願い。熱めでね」

「は~い!」


ルカが軽やかな足取りで部屋を出ていく。

一人になって、私は大きく伸びをしながら天井を見上げた。


「…………あと三百五十八日、か」


長い。絶望的に長い。

でも、あいつのあんな笑顔を見せられると、まあ、身代わり生活も悪くないかな……なんて思えてしまうから不思議。


……私、いつからこんなに『こなすだけ』の毎日になってたんだろう。

大学に入って、バイトして、山のような課題に追われて。

いつの間にか心に余裕がなくなって、こんな風に全力で笑うことを忘れていた気がする。

いや、笑ってはいた。笑ってたはず。でも、こういう笑い方じゃなかった。


「レイ、お待たせ。とびきりの茶葉を使ったよ」

「ありがと。……ふぅ、美味しい」


差し出されたカップを両手で包み、一口飲む。

熱いお茶が、疲れた体にじわりと活力を注ぎ込んでくれる。

肩の奥のこわばりが、ほんの少し緩む。


「よし、やろっかな!」


私は書類に向き直った。

ルカが自然に隣に座り、一緒に書類を覗き込んでくる。

その距離が、いつの間にか当たり前になりつつあるのが、少しだけ怖い。


「これは、北の村からの陳情書?なんて書いてあるの?」

「えっとね、これは……」


説明しながら、ペンを走らせる。

こうして、私の波乱に満ちた異世界王子生活一週間目は、これまでにないほど穏やかで、ほんの少し温かい空気の中で幕を閉じた。

ブックマーク、★★★★★、リアクション

よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ