第六話 レイの王太子としての一週間①
絶望の異世界王子生活は、怒涛の勢いで一週間が過ぎた。
この短期間で、私はルーカスという王子の日常について、嫌というほど理解してしまった。
……というか、理解せざるを得なかった。逃げられない。体も名前も、全部『殿下』だ。
結論から言うと、この王子、忙しすぎる。
ブラック企業の若手社員だって、もう少し有給を消化してるはずだ。
なんなら、若手社員はまだ『体調不良』という言い訳が使える。私は使えない。王子だもの。
午前中は学園で『聖女』の護衛をこなし、城に戻った瞬間からが本番。
公務、執務、そして国王であるあのおじさん――どうやらルカの実の父親らしい――に引きずり回される。
街の視察。軍の訓練。隣国からの使者の接待。
息をつく暇?ない。
王太子って、こんなに大変な職業だったの?
「殿下、次は財務大臣との定例会議です。休憩時間は五分となっております」
「殿下、こちらの書類に目を通し、署名を。緊急の案件です」
「殿下、明朝の建国記念式典のリハーサルを。……殿下、寝ておいでですか?」
寝ないでいられるか!
誰よこのスケジュール組んだ無能は!無能というか、鬼。
ひどい時は夕食を口にする暇すらなく、空腹と疲労で意識が朦朧としたまま日付が変わることもしばしば。
十六歳の子供にこんな働かせるなんて、確実に児相案件でしょ。
しかも被害者が王太子。洒落にならない。
一方、私の身体を謳歌しているルカはといえば。
毎日、欠かさず笑顔でキラキラの、インスタグラマーも真っ青な映え生活を満喫している。
今日も今日とて、放課後はクラスメートの女子たちに囲まれ、キャッキャと楽しそうに学園下のおすすめスイーツ巡りに出かけていった。
護衛?公務?責務?知らない子ですね、って顔で。私の顔で。
……何、この天国と地獄の差。
理不尽が過ぎて、全米が泣くレベルなんだけど。いや、日本も泣く。私が泣く。
夜更け。
ようやく這うようにして自室に戻ると、ルカが満開のひまわりみたいな笑顔で箱を差し出してきた。
「ただいまー!今日も楽しかったよ、レイ。これ、お土産に買ってきたんだ。一緒に食べよう?」
私は、もはや疲労という概念が服を着て歩いているような顔で、それを受け取る。
受け取る手が重い。腕も重い。まぶたはもっと重い。
「…………ありがとう。今日は、何を食べたのよ」
「えへへ。今日はね、クロッカンが有名なお店に行ってきたんだよ。あとは色鮮やかなマカロンと、季節のフルーツタルト。あ、帰りにクレープも食べちゃった♪」
……ピキッ、と。私の中で、何かが音を立てて断裂した。
疲労の糸が切れたのか、理性の鎖が外れたのか。どっちでもいい。とにかく切れた。
私はお土産の箱をテーブルにそっと置き、ルカの両腕をがっしりと掴んだ。
「え?れ、レイ……?顔が般若みたいだよ?」
返答する代わりに、私は私をベッドへ押し倒した。
バフッ、と贅沢なマットレスが沈み込み、私の身体が弾む。弾むな。今は弾むな。
「ええっ!?ちょっ、な、なに!?レイ、どうしたの!?」
怯えるような、けれどどこか恥じらうような表情。
私の顔で見上げてくるルカ。
その顔を見たら普通はブレーキがかかるはずなのに、今日は違う。
私は一週間分の怨念を溜めている。
脇。二の腕。お腹周り。腰。そして、ふくらはぎから太ももにかけて。容赦なく、念入りに、触りまくる。
指先が沈む。戻る。沈む。戻る。……やめろ、その弾力。
「わっ……く、くすぐったいよ!ぷっ、あははははっ!!や、やめてレイ!そこ、弱いのっ!!」
私はルカの抗議も無視して、私の身体の各所を検品を続ける。
ルカが笑い転げながら暴れる。
私の顔で、私の声で、世界一可愛らしく悶絶している。
……いや、そんなことに騙されてはいけない。
可愛いのは仕様だ。問題は別にある。
手のひらから伝わってくる、この確かな『質感』の増量。
わずかだけど、確実に増えている。ぷに、が。ぷに、が。
……間違いない。
「……やっぱりだ。私、……太ってる!!!」
「えっ!?」
私は震撼した。ルカを指差し、断罪の声を上げる。
「なんか、見るたびに顔がふっくらしたなと思ってたの!確信したわ、間違いなく太ってる!この二の腕のぷにぷに感、何よ!太ももだって、一週間前より確実に『密』になってるじゃない!!」
ルカが毎日連日持ってくるお土産。
そして本人が店で平らげているであろう糖分の塊たち。
マカロン、フルーツタルト、クレープ、シュークリーム、タルト、モンブラン……。
甘いものの列挙が、そのまま私の死刑宣告みたいに聞こえる。
「一週間で何万キロカロリー分のスイーツを摂取したの!?アスリートか!!いや、アスリートでもそんな食べない!!」
王宮の栄養満点な三食をしっかり食べた上で、さらにこれだけの甘味を毎日。
こんだけ食べてるんだから、逆に太らない方がおかしい。
登下校は馬車で、しかも運動ゼロ。糖は消えない。
「こんなの、あと三百日以上も続いたら、元に戻った時にはもう手遅れ!お気に入りのジーパンも入らなくなるし、日本の友達に『誰?』って言われちゃうじゃん!私の二十年間の体型維持努力を、たった一週間で崩壊させる気!?」
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