第五話 レイの入浴契約②
「……次、身体、洗って」
「はぁ!?」
「え……だって、さっき触ったらだめって、レイが……
「確かに言った!言ったよ!!覚えてるけど!!感情が全力で拒否してくるんだってば!!」
深呼吸。吸って、吐いて。肺が足りない。
冷静に考えれば、ただの女同士のお風呂と変わらないはず。たぶん。
けれど今の私の視界には、男の腕。男の肩幅。男の腰。
触れる相手は、女の身体。私の胸。私の肌。
このねじれ構造のせいで、羞恥心がカンストして爆発しそう。
私はボディソープを手に取り、まずは無難な背中から手を滑らせた。
泡が肌の上でふわっと広がって、指先がつるりと逃げる。温度も、柔らかさも、いつもより一段リアルに感じるのが最悪。
「ひゃうんっ」
「動かないで!……っ、なんでそんなに肌が過敏なのよ!」
思わず、頭をぺちっと叩く。軽く。ほんとに軽く。
するとルカが私の声で「ご、ごめん……」って小さく言って、また身を縮める。
だから縮こまらないで。こっちが悪者みたいになる。
次は、前だ。
……前!?いや、待って。心の準備。
石鹸の泡で滑りが良くなった私の指が、自分の身体をなぞっていく。
「ちょ、ちょっと待ってレイ!!」
「なによ、動かないでって言ってるでしょ!」
「前は……前だけは、自分で洗うから!!」
「いや!!前こそダメ!!あんたに無闇に触られたくない箇所ナンバーワンでしょ、そこ!!」
「……っ」
お互いの声が大きくなって、大理石の壁に反響する。
湯気の中で、自分の声と自分の声がぶつかって、余計に頭がおかしくなりそうだ。
……っていうか。改めて見ると、私の身体、やたら綺麗じゃない!?
肩のラインにある二連の小さな黒子。
自分だった時は邪魔だな、くらいにしか思ってなかったのに、今こうして他人の視点で見ると、妙に目を引く。
変に色っぽい位置にある気がして、視線が迷子になる。
それに、胸の感触も……え、自分で洗ってた時、こんなに柔らかかったっけ?
泡で滑る分、余計に形がわかる。わかりたくないのに、わかる。
「ん……ぁ、レイ……」
「変な声、出さないでえええええ!!!」
違う。想像するな。これは作業。メンテ。洗車と同じ。そう、洗車。
無心……無心になれ……。
なんで自分の身体を洗うだけで、フルマラソン後みたいな疲弊感を味わわなきゃいけないの。
「お、終わった……。もういいよ、上がろうか」
「じゃ、じゃあ次は、僕が僕の身体を……」
「はぁ!?私は自分で洗う!一秒でも早くここから出たいの!」
「えぇぇ……ずるいよ……」
「当たり前でしょ!!今の私、限界!!」
なんとか命からがらお風呂を終え、パジャマ姿で部屋に戻る。
髪は乾いてるのに、魂が湿ってる。体は軽いのに、心が重い。
二人はベッドの上に、魂が抜けたみたいな顔で倒れ込んだ。
「疲れた……。一生分の羞恥心、使い果たした気がする……」
「うん……僕も、心臓が止まるかと思った……。途中、三回くらい」
ルカが枕を頭に被り、下から覗くように私を仰ぎ見てくる。
その目が、今はやけに素直で、さっきの聖女スマイルよりずっと子どもっぽい。
「ねえ、レイ……」
「なに。もう一言も喋る気力ないんだけど」
「これ、あと三百六十四日……続けるんだよね……?」
「…………言わないで」
「明日も、お風呂……毎日……」
「やめてええ!!本気で考えたくない!!」
絶望しかない。
私は枕に顔を埋め、足をばたばたさせた。
一年……これを毎日?私の精神、それまで保つの?
すると、ルカが布団越しに、そっと私の腕に手を重ねてきた。
触れ方が遠慮がちで、なのに温かい。
逃げ道を塞ぐんじゃなくて、そこにいるだけの触れ方。
「でも……ありがとう。本当に助かったよ、レイ」
「……っ。……どういたしまして」
不意打ちの感謝に、私は小さく、そっけなく返す。
喉の奥が、少しだけ詰まるのが悔しい。
こうして、波瀾万丈すぎる異世界王子生活は、極限の疲労困憊と共に幕を閉じた。
……いや、閉じてない。今日は閉じただけ。まだ一日目。
明日からどうしよう。
本気で、この『入浴契約』を見直さないと、別の意味で死ぬ。
ブックマーク、★★★★★、リアクション
よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ




