第五話 レイの入浴契約①
おそるおそる振り返る。
そこには、私の言いつけを忠実に守って、ぎゅっと目を瞑り、何も言っていないのに万歳ポーズで固まっている私がいた。
……いや、なんで万歳を続けてるの。そこは融通きかせて。無理か。真面目だもんね。
「だめだめだめ!!煩悩退散!無心、私は今、無心なんだから!!」
「わわっ、ど、どうしたのレイ!?急に叫んで!」
「なんでもない!ほら、さっさと入っちゃおう!!」
「……じゃ、じゃあ……入ろう、か?」
って確認してくる声まで甘いの、やめてほしい。状況と声の温度差で脳が壊れる。
私は目を瞑ったままのルカの手首をつかみ、誘導するようにして巨大な浴槽へ足を踏み入れた。
この一日、異世界転生、性別逆転、聖女詐欺、不慣れな学園生活……ずっと気を張りっぱなしだったせいだろう。
肌を叩くたっぷりのお湯の熱が、驚くほど深く身に染みる。
風呂キャンを提案してたけど、ルカの言う通り、入ってよかったかもしれない。
「……あったかい……」
思わず、心からの声が漏れた。
湯気の向こうから、鼻をくすぐる上品なバラの香り。
というか、大輪のバラがめちゃくちゃ浮いてる。浮いてる量が多い。贅沢が暴力。
「ね、ねえ……レイ……」
「なに?まだ目は開けちゃダメだよ」
「わかってる。あの……その……髪、洗ってくれるかな?」
「…………は?」
「目を瞑ったままだと、上手く洗えないし……」
「私が!?私の髪を!?私が洗うの!?」
「う、うん……お願い……」
湯船に浸かってもなお、律儀に両手を上げて目を瞑り続けているルカ。
そんな風に、私の声で、私の顔で、捨てられた子犬みたいに弱々しく頼まれたら……断れるはずがないじゃない。
「……わかったわよ。もう……」
私は大きくため息をつきながら、一度浴槽から出て、腰のバスタオルをがっちり巻き直した。
指先で結び目を確認する。二回。三回。しつこいのは自覚してる。
「転ばないようにね、。あと、走らない、急に振り返らない。あと、変な声出さない」
「変な声って……不可抗力なのに……」
「言い訳しない。不可抗力禁止。今日は私が法律」
ルカの手を引き、洗い場の椅子に座らせる。
まずはシャワーで髪を濡らしていく。温かい水が、指の間を流れ落ちていく感触。
……これ、私の髪。私の頭皮。なのに、他人の世話みたいだ。
「……目、しっかり瞑ってるよね?」
「うん……絶対に開けない」
シャンプーを手に取り、自分の髪に指を差し込んだ。
泡がふわっと立って、バラとは別の甘い香りが湯気に混じる。
ルカの肩が、少しだけほっと緩んだ。
……くすぐったいとか言うなよ、と私は心の中で先に釘を刺した。
「……何これ。自分で洗ってた時と、全然手触りが違うんだけど」
「ふふ、そうなの?不思議だね」
「うん。信じられないくらいサラッサラ。シルク……いや、シルク以上。指がすべる」
「あ……ああ、気持ちいい……」
「黙って。今、集中してるから」
泡をたっぷり立てて、指先で頭皮をほどくみたいに揉み込むと、ルカは私の顔で、溶けそうなほど幸せそうな表情を浮かべた。
目は瞑ったままなのに、眉尻だけがふにゃっと緩む。口元も、勝手にほどける。
……なんだろうこれ。
美容師というより、高級な血統書付きの犬を洗ってるトリマーにでもなった気分。
しかも犬の顔が自分。複雑すぎて頭が痛い。変な汗まで出る。
「……レイって、本当に優しいね」
「は?優しくない。あんたが頼りないから仕方なく、作業してるだけ」
「そんなことないよ。朝からずっと、僕のこと助けてくれて……僕を一人にしないでいてくれる」
「……別に。転ばれたら困るし」
言い返したのに、胸の奥がむず痒い。
照れる。いや、照れてたまるか。相手は私の皮をかぶった男だぞ。
なのにその声、私の声。距離感がバグる。感情が迷子。
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