第三話 レイの最初の試練②
密室。二人。……狭い。
肩が触れそうで触れない距離。息の逃げ場がない。
個室特有の洗剤っぽい匂いと、しん、とした静けさが妙に生々しい。
……何これ。なんの羞恥プレイ?新手の拷問?
しかも自分相手。地獄のセルフサービスじゃん。
手伝うと言った手前、引くに引けない。
けれど、自分の身体のトイレを介助するなんて、精神的ダメージが甚大すぎる。
かといって、無防備に彼に任せるのは絶対に嫌だ。
私の知らない間に、私の体が何をされるか分かったもんじゃない。怖すぎる。
「……じゃ、いい?目を瞑って。そのまま両手を上げて、万歳して」
「ええぇっ!?万歳!?どうして!?」
ルカが私の顔で驚愕し、声を裏返した。
その顔が本気で焦ってるから、こっちの胃までキュッとなる。
「いいから!私が下着を下ろしたら、すぐ出る。終わったら呼んで。約束よ。絶対に目は開けないでね!」
「う、うん……わかった。約束する……」
観念して万歳をしたルカのスカートの中へ、私は意を決して手を突っ込んだ。
二十年間、当たり前みたいに繰り返してきた動作。
なのに、なんでこんなに心臓がうるさいの。
耳元で鳴ってる。うるさい。黙れ。
「うぅっ……やっぱり、死ぬほど恥ずかしいよぉ……」
ルカの声が震えている。泣きそうだ。
「いや、きついのは全部私の方だからね!?自分の下着に自分で手を突っ込んでるんだよ!?脳がバグるんだけど!」
「あ、そっか……。そうだよね、レイの方が大変だよね……」
「私の顔で真っ赤にならないでくれる!?こっちまで頭おかしくなるから!!」
半ばヤケクソで、綿百パーセント素材のパンツを膝まで一気に引き下ろす。
「ひゃうんっ」
……変な声出すな!もう!
思わず拳を握りしめる。深呼吸。深呼吸。
「そのまま座って。いい?繰り返すけど絶対に目は開けないで。万が一開けたら、末代まで呪うからね!」
「う、うん……!」
捨て台詞を残して個室を飛び出し、私は廊下の壁にもたれたまま、ずるずると床に座り込んだ。
背中に伝わる壁の冷たさが、変に優しい。
誰もいない冷たい廊下。湿った石の匂い。遠くの喧騒が嘘みたいに薄い。
「……え、嘘。きっつ……。何これ……」
朝からの出来事が、怒涛の濁流となって一気に押し寄せてきた。
目覚めたら男。股間には謎の制御不能な『アレ』。
王子様。聖女詐欺。そしてトドメのトイレ介助。
あまりの理不尽さに、笑うしかなくて、でも笑えなくて、目の奥が熱くなる。
……泣きそうなのに、私の股間が、何を血迷ったか微妙な反応を示していることに気づき、私は戦慄した。
違う違う違う。今じゃない。今だけは空気を読め。読めってば。
「はぁ!?なんで!?今このタイミングで!?馬鹿なの!?」
なんで『コレ』はこんなに空気が読めないのか。
自分の身体を、自分の今の身体でエロい目で見ているみたいな、極悪非道な自己嫌悪が喉までせり上がる。
「私、私自身に……?意味わかんない!自分大好きっ子か私は!!」
小声で絶叫して頭を掻きむしった、その時。
個室の中から、微かな水音。続いて衣擦れ。
私は反射で両耳を塞いだ。
塞いだところで、想像が勝手に音を作ってくるのが、なお最悪だ。
「聞きたくない……聞きたくない……!音姫……音姫をこの世界に実装はよっ!……さもなくば死を!!」
ここはまさに、生き地獄の最前線だった。
「……レイ~~。終わったよ……。もう入っても、大丈夫」
か細い声で呼ばれ、私は幽霊みたいな足取りで再び個室へ戻る。
そこには、言いつけを守って目を瞑り、律儀に万歳を続けているルカの姿。
真面目か。真面目すぎる。
私は無言でパンツを上げ、スカートを整え、呼吸を整え、最後にもう一度、鍵を確認する。意味ないのに。
手が少し震えていて、私は自分に腹が立った。
「……よし。いいわよ、終わった」
「ありがとう、レイ……」
ゆっくり目を開けたルカが、涙を浮かべた瞳で私を見つめてくる。
その顔が、さっきの『聖女』じゃなくて、ただの子どもみたいで、胸が少しだけ痛い。
「本当に……ごめんね。僕のせいで、嫌な思いをさせて……」
「……いいよ、もう。慣れる気はさらさらないけど、責任は取らせるからね。ちゃんと、一年分」
そう言いながら、私は深いため息を吐いた。
燃え尽きた灰みたいな気分で、ルカの手を引いて旧校舎を後にする。
足が、やけに重い。廊下の埃が舞って、光の筋がゆらゆら揺れる。
この世界に来てから、まだ半日も経ってないのに。
ブックマーク、★★★★★、リアクション
よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ




