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第5話 この世界の居場所と再会

ドアの向こうが、やけに静かだった。


この世界の連中は――利用価値がなくても、弱い相手を拾う。

拾って、報酬がなくても守ろうとする。


……何故だ。


結局、俺は保護されている


「準備できた? 行くよ」


返事をせず、ベッドから降りた。

足はまだ軽く震えるが、歩ける。


廊下を曲がると、扉の前に立たされた。


面談室。


雄介の記憶を掠め取ったおかげで、最低限の文字だけは読めるようになった。

里親面談、だったか。


ここに居たままでは情報が集まらない。外に出られる保証もない。

――とりあえず話を聞く。


扉が開いた。


小さな会議室だった。机が一つ。椅子が四つ。

壁際に、落ち着いた顔の職員が座っている。


その向かいに、見知らぬ二人。年上の女と、若い女。

母と姉――血の匂いがそう告げていた。


母は三十代後半か、四十に届く手前。黒髪を後ろでひとつにまとめ、目の下に泣いた跡を隠す化粧をしてそうだ

姉は、やけに整った顔をしていた。長い焦げ茶の髪に、そろえた前髪。赤紫がかった大きな瞳が、俺を見ている。



年上の女は、こちらを見て、動揺を隠しながら


「……はじめまして。佐々木と申します」


若い方も、緊張したまま視線だけは逸らさなかった。


「佐々木あやめです、よろしくね」


児相の職員が淡々と口を挟む。


「今日はお試しの面談です。本人の意思も確認します。無理はさせません」


俺は椅子に座らず、机の前で立ったまま言った。


「質問は一つでいい。――俺を拾う理由を言え」


室内の空気が、ほんの少し固まる。

職員が息を止めたのが分かった。


だが母の方は、逃げなかった。嘘っぽい笑顔も作らない。


「理由は……きれいじゃないかもしれない」


そこで一度、言葉を探すように目を伏せてから、まっすぐ言った。


「うち、弟が亡くなったの」


――来た。

人間の“死”の話だ。

俺は反射で口を挟みかけた。


「だから――」


だが、あの担当の言葉が頭をよぎる。

ここで死を軽んじる言葉を吐けば、機会ごと潰れる。


「……いいえ、なんでもない」


母は小さく息を吸ってから、静かに言った。


「代わりが欲しい、って言ったら……あなたは嫌だよね」


分かっているのか。

俺は魔族の第三王子だ。拾われる側ではない。拾う側だ。

本来なら――そう、言い切ってやりたい。


「でもね。空いた椅子と部屋は、埋まらないままなの」

「毎日そこを見るたび、胸が――ぽっかりする」


あやめが、ぎこちなくうなずく。


「それでも……誰かが一人で倒れてるのを、見て見ぬふりするのは、もう嫌なんです。」


声が震えていた。なのに、言葉は逃げない。


「湊っていう弟がね、病気で亡くなりました。」

「最後まで笑ってて……最後に、こう言ったんです」


彼が残した最後の言葉は


「『母さん姉さんもう悲しまないで、これから僕の分も元気に生きてね!

ほら見て?僕はこんーなに元気だよ、もし僕の元気が溢れ出すほど多くなったら、他の人にも分けてね!』って」


そこで、あやめの目尻に涙が溜まった。


「だけど、私たちはそんな資格はないの、彼の分まで生きる資格なんでないの、

だから、同じ境遇の子供を元気にして、幸せにして、弟の気持ちを、誰かの明日に繋げたい。」


母が、続ける。


「あなたは、私たちの穴を埋めるための人じゃない。

そんなの、湊だって望まない。だから――」


母は、まっすぐ俺を見た。


「あなたの心の“空き”を、少しでも私たちに埋めさせて。私たちが救われたいんじゃない。あなたに、ここで独りぼっちでいてほしくないの」


嘘の匂いがしない。

仲間が死んだのに負の感情も感じない、むしろ暖かくて、安心する。


……死者のために、本当にここまでやれるのか?

胸の奥が、わずかに揺れる。


あの担当の言い分は分かってる。

だが俺は、死を扱う側として確かめなければならない。


「佐々木殿、その子の遺物は残ってるか?」

「……ええ。部屋に。ちゃんと残してあるわ」


俺は一拍置いて、さらに踏み込む。


「もし、湊を蘇らせるとしたら、お前たちは、代償として何を払える?」


魔力が消えていようが、契約は別だ。

結ぶ者の寿命と、覚悟の重さで決まる。


あやめが息を止め、母が唇を噛む。

それでも母は、逃げずに言葉を探した。


「……もう一度会えるなら、伝えたいことがある。

 本当は、言いたいことが山ほどあったのに……苦しませたくなくて言えなかった」


声が揺れる。


「でも……これ以上、あの子に辛い思いをさせたくない。

 あの子は、きっと疲れてる。……だから」


母は目を伏せ、震える息で続けた。


「戻したいじゃなくて……会って、ちゃんとお別れを言いたい。謝りたい。

そんな不合格な母親の元に生まれて、本来あの年頃なら、

他の子供みたいにお母さんにいっぱい甘えて、わがままを言って、可愛がられて。なのに…なのに…」


あやめも堪えきれず、涙が落ちた。


……人間にも、ここまで澄んだ心があるのか。

いいもの見せてくれたな、これはかなり面白い。


俺は内心でだけ誓う。

ここ居る間は、貴様らの面倒を見てやろう。ちょうどこの世界の居場所にもなるし。


約束は契約と違って束縛はないが、王族の言葉は――本来、魂がいるほど重い。

俺はふっと息を吐き、話を切り上げるように言った。


「もういい。分かった。湊という者の意志は――俺が預かる」


そして、最後に一つだけ、実利を確認する。


「ただし、犬小屋みたいな場所に押し込めるのは御免だ」


職員が眉をひそめる。


「君ね? 引き取ってくださる方に対して――」


だが母が、柔らかく遮った。


「いいの。ラグくんは悪い子じゃない。慣れてないだけ」


あやめも、涙を拭いながら言った。


「うちは古民家で……引き取るためのリフォームも、ちょうど終わったところです」

「あなたのお城がどんな規模かは分からないけど、日本の家の中では……たぶん大きいほうだと思う」

「そうか」


俺は腕を組み、頷いた。


「じゃあ……お城主さま。これから、よろしくね」


俺は鼻で笑い、顎を上げた。


「よかろう。俺が貴様らを見守る代わりに――貴様らも俺を満足させろ」


「こら! だからその言い方!」


職員が立ち上がりかけた、その時。


「すみません」


母が先に頭を下げた。

だが次の瞬間、彼女は真っ直ぐ俺を見て言った。


「ラグくん。いまは、それでいい」


職員が目を丸くする。

あやめが小さく息を吸い、俺は――言葉が出なかった。


何せ、当たり前なことを言っただけだ。


俺は唇を歪めて言った。


「……話は終わりか」

「うん。今日は終わり」


母は立ち上がった。


「帰ろう。家、見に行こう。――合わなかったら、ちゃんと断っていい」


俺は一瞬、目を細めた。

断っていい?

こいつらからすれば、俺は拾われる立場だ、なのに拒む権利があるというのか?


人間のくせに……くだらない。


そう思ったのに、胸の奥が微かに熱を持つ。

職員がため息混じりにまとめる。


「では、次の手続きに移ります。車へ」


扉が開く、廊下の白い光が目に刺さる。

俺は小さく呟いた。


「……せいぜい、退屈させるなよ」


――その後。


手続きの説明が一段落したところで、職員が佐々木母に声をかけた。

「佐々木さん。今日、面談が二件ありましたけど……どちらも、見た感じは上手くいきましたね」

「ありがとうございます」


職員は書類をめくりながら、遠慮がちに続ける。


「それで、確認なんですけど……先ほどご自宅も拝見しました。確かに広いです。ただ……いきなり二人を受け入れるのは、負担になりませんか?」


母は迷いなく首を振った。


「大丈夫です。出会ってしまったら、もう縁でしょう?」

「この二人、同じ日に“見つかった”んですよね。しかも、どちらも身体が弱ってる。……見捨てられません」


職員は小さく息をついた。呆れたようで、どこか安心した顔。


「……はぁ。ほんと、あなた方みたいな人がいるから、この仕事は辞められない」


そして、俺の方をちらりと見て、口元だけで笑った。


「……ちなみに。こっちのガキと違って、もう一人の少年は、だいぶ聞き分けがいいんですけどね」


――少年。

俺は反射で睨み返したが、職員はさらりと視線を外した。

その時、廊下の向こうから、足音が近づいてきた。

現れたのは、俺と同じくらいの背丈の少年。


緑の目。

茶色い髪。

顔の片側に、紋章みたいな刻印がうっすら走っている。

――ありえない。

この世界に、あいつがいるはずが。


ここまで読んでくださって、ありがとうございます!


自分は文章の投稿などすべてはほぼ初めてで、

まだまだ勉強中です。気になるところがあれば、

そっと教えていただけるととても助かります。

感想や指摘など一言でも

反応をいただけると、ものすごく励みになります。

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