報告と、選ばれし道
ケンは涙を流しながら、ゆっくりと銃をホルスターに戻した。震えが、少し収まる。声に、僅かな安堵が混じる。
「悪いが、ワシがお前が戦えない壊れてる理由を報告するから……お前はワシの壊れてる理由を報告してくれへんか? ワシのはお前と違って皆に見えへんねん……」
エリカは弱々しく微笑んだ。痛みが再び体を蝕むが、彼女の目は希望を宿す。
「はい...私の傷と...あなたの心の傷...二人分の報告を...生きるために...」
ケンは再びエリカを背負い上げた。汗が滴り、足が重いが、歩みを進める。キャンプの灯りが、近づいてくる。ジャングルの闇が、二人の影を長く伸ばす。
「ありがとうな……最後の踏ん張りどころや……キャンプ地に帰ろう……ワシが壊れんように、何でもいいから言っておいてくれ……」
エリカは背中にしがみつき、囁くように言った。声は弱いが、温かさを帯びる。
「あなたの...好きな食べ物は何ですか? 私...いつか作ってあげたいです...」
ケンの足音が、ジャングルの闇を進む。銃声は遠く、鳥の鳴き声が不気味に響く。エリカの言葉が、ケンの心に小さな灯りをともす。彼は息を切らしながら、答える。
「...カレーや。辛い奴がええ。熱いジャングルで、汗かきながら食うんが...生きてるって感じるんや...」
エリカの笑みが、背中で広がる。痛みが引くわけではないが、心が少し軽くなる。
「カレー...覚えました。帰ったら、作ります。二人で...食べて、笑いましょう...」
二人は黙々と進んだ。ケンの背中が、エリカの体重で揺れる。時折、ケンの震えが伝わり、エリカはそっと手を握る。ジャングルの蔓が絡みつき、虫の羽音が耳を劈く。敵の影が、木々の間で揺らめく幻のように見えるが、ケンはそれを振り払う。エリカの息が、浅くなるたび、彼は足を速める。
「もう少しや...灯りが見える。味方の声が聞こえる...」
キャンプの輪郭が、ようやく浮かび上がった。テントの灯りが揺れ、兵士たちの話し声が風に乗る。ケンは最後の力を振り絞り、エリカを地面に降ろした。彼女の傷口から血が滲み、顔は蒼白だ。ケンは周囲に叫ぶ。
「医務室! 負傷者だ! 腹部貫通銃創! 早く!」
兵士たちが駆け寄り、エリカを担架に載せる。彼女は朦朧とした意識の中で、ケンの手を離さない。
「...報告...忘れないで...あなたの心の傷も...」
ケンは頷き、医務兵に引き継ぐ。自分は後回しだ。だが、仲間の一人が彼の顔を見て、眉をひそめる。
「おい、ケン。お前、顔色悪いぞ。震えてるじゃねえか。」
ケンは無理に笑みを浮かべ、言葉を紡ぐ。散った仲間たちの顔を思い浮かべながら。
「...壊れたんや。心がな。こいつの傷を報告するついでに、ワシのも頼むわ。見えへん傷やけど...戦えへんくなるくらいに、壊れてる。」
医務テントの幕が閉じ、夜のジャングルが静かに息を潜める。エリカは手術室へ運ばれ、ケンはカウンセリングの列に加わった。報告書には、二人の傷が記される。肉体のもの、心のもの。どちらも、戦いの代償だ。




