置き去られた兵士
ジャングルの奥深く、湿った空気が肺を圧迫する。銃声の残響が木々の葉を震わせ、土と血の臭いが混じり合う戦場だった。女兵士のエリカは、腹部に受けた銃弾の傷を押さえもせず、泥濁った地面に仰向けに倒れていた。
20代半ばの彼女は、軍帽の下から覗く金色の髪が汗と泥で固まり、制服は血で染まり、息は浅く途切れがちだった。
仲間たちは前進を続け、彼女を置き去りにした。生還の見込みがないと判断されたのだ。
エリカの目は空を仰ぎ、僅かに微笑みを浮かべる。痛みはもう、遠い霧のようにぼんやりしていた。
「もう十分です。私はここで終わりなんです。」
その声に、近くの茂みから荒い息遣いが聞こえた。
男兵士のケン、30歳を過ぎたベテランが、銃を構えながら近づいてきた。髭の伸びた顔は疲労で青白く、目には狂気の影がちらつく。
彼はエリカの傍らに膝をつき、吐き捨てるように言った。声は関西訛りが強く、苛立ちが滲む。
「お前みたいなヤツが一番嫌いや、ボケ」
エリカの目が見開かれ、弱々しい声が漏れた。驚きと痛みが、彼女の胸を締めつける。
「な...何故ですか? 私は...仲間なのに...」
ケンはエリカの足元に視線を落とし、苛立たしげに舌打ちした。彼女の足は銃創で腫れ上がり、感染の兆しが見える。
彼は腰のポーチから包帯を取り出し、無造作に巻き始めながら、言葉を続ける。だがその手は、意外に丁寧だった。ジャングルの蔓が足に絡みつき、遠くで爆音が響く中、彼の指は震えながらも止まらない。
「何がもう十分ですじゃボケ……ほら見てみ……もう仲間って言葉が出てきた……」
エリカの頰に、涙が一筋伝った。震える手で、ケンの腕を掴む。指先が冷たく、力がない。
「ど...どうして...私なんかを...」
ケンの手が止まらず、簡易的な応急処置を続ける。泥と血を拭い、包帯をきつく巻きつける。声は低く、怒りが抑えきれない。
「もうムカつくだけやから喋るなボケ……死にたくもないし、助けて欲しいと思ってんねやろ……それなのに理想の兵でいなきゃいけないみたいなわけのわからん演技してやがる……」
エリカの喉から、嗚咽が漏れた。抑えていた感情が、堰を切ったように溢れ出す。彼女は体を震わせ、声を絞り出す。
「...ごめんなさい...本当は...本当は死にたくなかった...」
ケンは包帯を結び終え、ふうと息を吐いた。ジャングルの蒸し暑さが、彼の額に汗を浮かべる。周囲の木々が、敵の気配を孕んでざわめく。ケンは独り言のように、だがエリカに聞こえるように呟いた。言葉の端に、自身の疲弊が滲む。
「命令やから戦う……命令やから殺す……敵も味方もそういうヤツばっかやから、ワシも感覚麻痺して頭おかしくなりかけとんねん……」
エリカはか細い声で手を伸ばした。指先が、ケンの袖に触れる。痛みが体を蝕む中、彼女の目は必死に彼を捉える。
「...一緒に...帰って...もらえませんか...? 私も...戦いたくない...」