聖剣、抜けました。
「あちらに見えますのがね、聖剣でございます」
目を一文字にした年配のガイドが指をさした先には地面に埋まった剣があった。ここは以前、王宮として使われていた御殿であり、つい数年前まで王が住んでいた。
「わあ、これが聖剣ですか」
「何度見ても美しい」
「これ、抜く体験が出来るって本当ですか?」
飛び交う歓喜の声、ガイドはふむふむと腕を組んで頷くとツアー客に指示を出した。
「皆さんにお配りしておいた整理券、こちら番号の一番の方から順に聖剣抜き体験を――」
すると一人一人が前へ出ると聖剣を抜き始めた、否、抜けないが、抜こうとし始めた。
本王宮では学位、競技、魔術優秀者から選別して聖剣が抜けるか、御前で一人一人試させていたが、埒が明かなかった。して現在ガイドをしているの鶴の一声、「聖剣を観光名所にしていっぱい抜いてもらいましょう」の一言で王は引越し、ガイドが王宮に住んで乗っ取る形に。今では世界各国から聖剣抜き体験を求めて参加する客が増えている。
そのガイドは成り立ちや今の自分について立て板に水の如く言葉を紡いで、気持ちよさのあまり昇天し始めていた。
聖剣抜き体験も終盤に差し掛かり、今回も聖剣を抜く者は現れなかったか、とガイドが心の中でルーティンを呟くと、最後の一人、見るからに田舎者といった今にも聖剣を抜きそうな少年が現れた。
「しょ、少年よ、その手で抜くのか」
少年の手は汚れていた、それは土ではなく鼻をほじった手、鼻くそであった。ガイドはそれはさせませんよとティッシュを渡した。
「少年よ、ふざけた格好で」
少年は仁王立ちして、ぶら下げてで寸でで届くようにぷらぷらと舐め腐った品位の欠けらも無い抜き方をしようとしていた。ガイドはやり方を教えた。
「こんなこと初めてですよ、いいですか、皆さん腰にグッと力を入れて両手で固く握りしめて上へと抜くのですよ、背筋を使ってね。なんといっても観光名所ですから、私の生活費ですから……っあ」
ガイドは抜いた。
「聖剣、抜けちゃった」
静寂。ガイドは意外にも聖剣を手入れするに留まり、私なんかかがとガイド一筋三十年、抜いたことがなかったのだ。
「どうしよ! これ!」
「どうしたんですかー」
唖然とする客をかき分けて警備員が到着、ガイドは冷や汗が止まらず、先程鼻くそを拝借した手拭きで額を拭っている。
「ついに、抜けたんですか」
「ああ、しかも、わしが」
「聖剣、持って帰りますか?」
「はい?」
「王に、聞くように頼まれていたんです。警備一筋三十年、夜中にこっそり聖剣抜き体験をしたことは忘れました、ですが王の伝言は忘れません!」
「抜け駆けじゃねえか」
「聖剣の所有者である貴方には選択肢がふたつ。王宮に聖剣を献上して頂けるなら一千億ウェンを、持ち帰るというのならここで……」
「ここで……」
ガイドは息を飲んだ、客も息を飲んだ。
「奪うまで!」
「普通に奪うまでだった!」
ガイドは聖剣を置いていった。家に持ち帰って娘に自慢することも考えたし、家を観光名所にすることも考えたが、やっぱり、剣って鋭いから怖いし、抜けなかったから可愛かったものが抜けて全身をみたら怖くなったなんて娘にはいえなかった。
数日後、聖剣があれば魔王を倒せるらしく、聖剣を使って王が勇者になった。
「誰でも使いこなせるんかいッ!」
ガイドはいいおつまみを口に放り込んだ。